020. 凛とした空気を纏う人
「百――⁉︎」
思わず声が出てしまいました。
だって、一日八時間労働で週休二日と考えたら時間が足りないですし……マクラメ作品を長時間作り続けるのは難しいと聞いたことがあったので――
マクラメ。
これは糸を使って編んでいく技法の一つで、いつか私もやってみたいと思っているハンドメイドでもあります。けれども、私が“作りたい”と思ったものは、初見ではとても無理そうで。まだ手をつけたことのない技術――。
「シンプルなタイプのマクラメに見えますけど、そこまでの数を作るとなると、手がつりそうですね――」
「トウマもできるのか?」
「いえ、やってみたいとは思ってるんですが……調べれば調べるほど、作り方を理解するのにまとまった時間が欲しいなと感じたので、まだなんです」
「俺もあまり得意とはいえないんだが、それの作り方でよかったら、時間のある時に教えようか?」
「いいんですか⁉︎」
「もちろんだ」
なんと目の前で教えていただけると。こんなに有難いことはないです――!
「ありがとうございます!」
晃生さんは棚から出した文箱のような物を、丸テーブルの上に置きながら言いました。
「そうだ。よかったらそこにある書でも読んで待っていてくれ」
晃生さんの指した方を見ると、押し入れのすぐ横の壁に、旅館だったらテレビなどが置かれていそうな場所があって、そこが本棚になっていました。
「アーティファクトの……教本のようなものもありますか?」
「――それなら棚の一番左下だ」
そこに並んでいる本は、その殆どが和綴じ本のようで、背表紙からは何の本なのか判別がつきません。言われた通り、一番左下の厚さが二センチくらいの本を引き出してみると、表紙には筆文字で『アーティファクト』と書かれていました。
古そうな本ですね……
少し黄ばんだ白い紙に、長い月日を感じます。
「では……ちょっと読ませていただきます」
そうして私は、晃生さんが手紙を書いている間、その本を読むことにしました。
内容は、晃生さんから聞いていたアーティファクトの成り立ちから始まり、素材別の能力表、神器と呼ばれるアーティファクトのリストまでもが記されていました。
中でも興味がわいたのは、神器と呼ばれるものの中にもかなりの率で素材に宿るはずの力とは違う“例外”的な能力を持っている物があるということ――
面白いですね……この神器なんか、素材からは火に関係する力となるはずなのに、風を操る能力を持っていると――。
それは、ガーネットの細石が底面に、中央付近にはチャトンカットの、大きめなスワロが封入されている鉱石レジンのオブジェでした。
表面には色とりどりのVカットスワロが付けられていて、どの角度から見ても素敵なのだろうなと予測ができます。
これがどうやったら風の力に? と、研究好きな血が騒ぎます。
「ふーっ。なんとか朝食がくるまでに書き終われそうだ」
座ったまま両手を上げて、背筋を伸ばしながら晃生さんが言いました。
「お疲れ様です」
そうか、朝ごはんはこちらでいただけるのですね――。晃生さんにはもちろんのことですが、この本家にも何かお礼はしなければならないですね……あまり乗り気にはなれませんが。
その時です。部屋の外に人の気配があることに気が付きました。
「失礼。晃生、いますね?」
女性の声……それも晃生さんのことを呼び捨てで。一体、どなたなのでしょうか――――?
「あぁ……どうぞ」
襖がスルスルと開けられると、淡く光沢のあるクリーム色の着物に身を包んだ女性が、茶色い風呂敷包みを手に立っていました。
薄桃色と金色の桜模様の入った金蘭の美しい帯がチラリと見え、着物と合わせてその質の高さが一目でわかります。
間違いなく本家の方、ですよね――。お年は晃生さんより少し年上でしょうか……? 凛とした空気を纏う、とても美しい女で――
その女は、音もなく室内へとやってくると、私の手前で静かに膝をつき、流れるような所作で正座しました。晃生さんも手を止めてその向かい側に座ったので、私は本をちゃぶ台の上に置いて、晃生さんの少し後ろに正座します。
「あなたが何やら少女を連れてきて、しばらく面倒を見たいと聞きましたが――そちらのお方?」
「はい。母上、お食事はもう済まされたので?」
ははうえ⁉︎
あまりの若さに、晃生さんはいったい何歳の時の子なのでしょうか、と二人を眺めてしまいます。
「いえ、風輝に話を聞いてすぐにこれを取りに行っていたので」
そう言って差し出してきたのは、手にしていた風呂敷包。
「家ではもう使えない着物などを入れておきました。こちらをお使いなさい」
「――ありがとうございます――
ですが先ほど下働きの者たちに借りれるよう頼んで――」
「……あなたはその少女を下働きとして迎えたいのですか?」
無表情で、冷たくピシャリと言い放つお母様。
「――!――それはないです。彼女は……トウマは、俺にとっては大切な客人です」
大切な客人……。
そう言われて心が温かく、穏やかで嬉しい気持ちをジワリと感じます。
「ならば。こちらを使いなさい」
「――ではありがたく……」
晃生さんはそう言うと、深々と頭を下げてその包みを受け取りました。
晃生さんとのやりとりから“仲の良い親子”でないことは感じ取れます……。その表情には揺らぎがなく、何をどう感じてるのかもわかりません。
もしかしたら、必死に感情を隠しているのかもしれませんが――
「あの……」
呼びかけると、晃生さんのお母様は、私の方を見ました。
けれど、その表情からはやはり何の感情も感じられず――。
この方が何を思って服を貸してくださるのか、いまいちわかりかねますが……
晃生さんに習って、私も同じように頭を下げました。
「ありがとうございます」




