018. 晃生の弟、風輝
扉を開くと、鼠色の袴に薄青い色の着物を着た男性が木桶を持って立っていました。
「晃生か――こんな時間に何の用だ?」
身長は晃生さんと同じくらいで髪は少し茶色がかったショートカット。目にかからない程度の前髪をサラリとさせています。
「風輝――お前こそ、早いな」
髪質は似ていないけど、顔は少し似ている気がするし名前も――晃生さんのご兄弟……?
「ん? その……少女は――?」
少女、ですか。
まぁ……見た目は十四、五に見えるようなので。しょうがないですね……。
「昨晩、龍石神社で出会ったんだがな……」
チラリと横目で私を見て言う晃生さん。
私は“お任せします”という気持ちを込めて、目を瞑り、頷きました。
「名前はトウマというらしいが……どうやらこれまでの記憶を失ってるらしくて。
トウマ、紹介しておこう。こっちは俺の弟の風輝だ」
「どうも、はじめまして」
やっぱり弟さん。
私はぺこりと軽くお辞儀をしました。
「記憶が戻るまで世話をしてやりたくて連れて来た。
離れで面倒を見るつもりだが、食料と衣服はちょっと……助けてもらいたくてな……」
ふぅん、と言いながら私の方を見る風輝さん。
その目は何を捉えているのか――頭から足まで、まるで品定めでもするかのように見ると、少し驚いたように目を開いて言います。
「変わった娘だな……龍石の気配が見えるが……会ったのか?」
「――⁉︎――」
「――あぁ、どうやら龍石に近い力を持っているらしくてな。
今朝なんかは龍石が呼んでいる夢を見たと言うんで神社に向かったら、賊と出会して。
アーティファクトのことは何も覚えていないらしいのに、手持ちの物を駆使して賊を追い払ってくれたんだ」
龍石の気配て……いったい彼には何がどういうふうに見えているのか――
そして何故か、私が賊を追い返したことにされてますが……私は無表情のまま風輝さんを見ました。
「ふぅん、晃生よりは役に立ちそうだな――」
そう言った後、風輝さんの目の色が変わりました――まるで私を値踏みするかのような目に――。そして薄く笑みを浮かべながら言います。
「なんなら本家で世話してもいいんじゃないか? 親父に掛け合ってやろうか?」
「――――」
利用価値がありそうだから本家へどうぞ? 冗談じゃない――
「ご厚意はありがたいですが、結構です」
「――ほぅ、何故?」
私の口から飛び出た言葉に、風輝さんは一見冷静を装い、先ほどと変わらない笑顔で聞いてきました。
けど、木桶の中の水が不規則に震えているので、心内ではどのように思っているのか――
「晃生さんにはご迷惑かもしれませんが……私は記憶のない状態であまり沢山の人がいる場所にいたくありません。
何より……今、信用できると感じているのは晃生さんだけなので」
私の言葉から何かを察したのか、風輝さんは眉を顰めて私を見ました。
言わない方が良かったかも……最後の一言――。
しまった、と思いながらも私は涼しい顔で風輝さんを見続けました。
「ま、本人の希望もあって、だな……。
できるだけ本家に迷惑をかけないようにするから――。ところでよければそれ、持って行こうか? 台所へ運ぶのだろう?」
晃生さんが口を挟んでくれたおかげで、私のヒートアップしそうだった感情が一瞬で、しゅんっと収まりました。
SNSと対面の違いはあるけれど、自分の口から出る言葉に――気をつけようと思ったばかりなのに……。
あまりの怒りに我を忘れるところでした……
それにしても……“嫌な想い”は微塵も感じませんね――ただただ、怒りが込み上げてきます。
「――じゃあ頼む」
そう言いながら、ずいっと木桶を差し出して晃生さんに渡すと、風輝さんは私を睨んでから背を向けて母屋の方へと向かいました。
ふと見ると、入ってすぐ右手に井戸があって、彼はそこで水を汲んできたのでしょう。井戸の周りにはまだ跳ねたばかりの水の跡があります。
「こっちだ。所々段差があるから、足元に気をつけてな」
晃生さんが、柔らかい笑顔でそう言いました。
「……すみません、少しヒートアップしちゃいました……」
「いや、許容範囲内だろう。その調子で気をつけてくれれば良いよ」
晃生さんはたぶん――どんな大変なことになっても、自分がどうにかする、と……そう思っているのでしょう――――
私は――私が晃生さんの力になりたいのに――