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016. 朽ちゆくものと、聖水

 私の知る都市や街はもう無いのかもしれない――

 あまりに大きくて重い情報に、愕然とせざるをえないです。けれど――今ここに晃生さんがいる。クロも、龍石も、その神社もある。

 人は……滅亡近くまでいったのに、再生の日の後を生き抜いてきたのです――。


 ならば私が今ここで狼狽える理由は……ありません。私の取る行動も、それに則しましょう――。


「説明――ありがとうございます。人間が、そのような災害も越えて生きてきていることに……とても敬意を感じました――」


 けれど同時に、私の胸には疑問も浮かび上がってきました。

 崩壊した世界で、科学に代わって生まれたアーティファクト。それはおそらく人々が望む、生活に必要な能力が基本のはず……。

 あの暗闇を作り出すアーティファクトは、何故、何のために存在するのか――


「話を戻させてもらって良いでしょうか――あの暗闇、そんなに大変な事態だったのでしょうか?」


 俯いて自分の考えに浸っていた私が顔を上げると、二人が私の顔をじっと見ていたことに気がつきました。


 ちょ……晃生さんも割と整った顔をされているので、朝日も登ってきて、色んな意味で眩しいのですが。


「あの暗闇は、結界系アーティファクト。範囲内の者の目をくらませ、動きを制限するタイプの物――。作られた当初、世界はまだ荒れておってな……賊の動きを封じるために作られた物だったのだ」


 黒くて長めの黒髪をさらりと掻き上げながらクロが言います。

 なるほど……必要な『抑止力』だったのですね――。


「あの結界内でアーティファクトを使うのは難しく、よほどの使い手でないと無理だ。

 結界を張った者も動きに制限がかかるため、使用されなくなっていった古の物じゃな。

 それが使用されているということは、適応者が現れたのだろう」

「――――」


 クロの言葉を聞くと、晃生さんが何か難しそうな顔をして口元に手を当てて言いました。


「そのアーティファクト……何かの文献で読んだ記憶がある――管理を任されているのはおそらく(うち)だ――」

「え……⁉︎」


 じゃあ……晃生さんの家の関係者が――?


「晃生さんの家は……龍石を守るために動いているのでは……ないのですか――?」


 晃生さんが龍石を守ろうとしているから、てっきりそうだと思っていたのですが……


「俺は本家の長男だが……視る力がなくて爪弾きにされてるんだ――一族にとっては穀潰しなんだよ……」


 どこか冗談めかして言う晃生さんですが、とてもそうは思えませんでした。その言葉の裏に隠れた苦しみが伝わってくるようで、胸が痛くなります――


「そして一族は、龍石神社の保全に前向きではない。理由は――聖水は公の物で、保全をしても大した見返りがないからだ」


 憤るように――晃生さんは言いました……


 晃生さんがそのような扱いを受けているだなんて、想像もしていませんでした――だって……今ならわかります。彼の刺繍した虫除けのマントから発せられる光の強さは、クロの纏う光と同等のものだから――――


 それに……晃生さんから聞いた聖水の効力は、今を生きる人たちに必要なものなのでは……?


「アーティファクトの研究が進み、聖水に変わる技術も発見されてきたのであろう。泉から流れゆく先に大きな病院も建ったのだ。

 我に代わるものができるのは良いことではないか」

「そんな――」

「古き物が壊れれば、代わりの物が出てくるものだ。それが本当に必要な物であるなら……尚のことだ」


 クロの言葉に納得できず、私は聞きました。


「もし代わりの物が出てこなかったら?」

「出てこないなら、それは人々にとっての試練が始まるということだ。

 そうなれば晃生、お主の力がとても稀有なものだと知れるだろう」


 千里眼とやらで、そこまで見えているのでしょうか――そう言うクロの表情は変わらず、自分が朽ちていくことより、晃生さんのことを思っているのだとわかります……


「またお前はそういうことを……俺は嫌だからな。お前のいない世の中なんて――」

「そう言うな……形ある物はいつかは朽ちる時が来るものだ」


 きっと……何度もそう言う話をしてきたのでしょう……二人の様子からそう感じました。けど私も――理解はできますが納得できません……。


「――この話はここまでだ」


 この手の話、おそらくどこまでいっても平行線なのでしょう。晃生さんが自らその話題をおわりにしました。


「ところでクロ、結界は問題ないのか?」

「あぁ。やつは無効化のアーティファクトで結界を一時的に解いただけなのでな」

「そうか……できるだけ結界外に出るなよ? 俺たちは本家の方に顔を出してくるから」

「――了解した」


 二人とも、意見の違いなんてなかったかのように話をしていて、私だけが胸にシコリを抱えたまま――。

 置いてけぼり感を感じている自分に気づいて、その幼さに苦笑してしまいます。


「本家か。トウマの説明をしにいくのだな?」

「あぁ。元の世界に戻る手助けをするから、その間の滞在を報告に、な――。

 服とか食材とか、俺ではどうにもしにくい問題があるから……」


 申し訳なさそうに言う晃生さん。


「――お手数おかけして申し訳ないです――」


 自分のせいで今以上に晃生さんの肩身が狭くなるかと思うと、自分の力無さに憤りを感じざるを得ません……


「――少し待て――」


 クロはそう言うと、両の手を胸の前で合わせます。すると風が渦巻き、クロの長い髪を天にそよがせました。

 突然の風に一瞬だけ目を瞑り薄目を開くと、クロの両手の間にフワリと浮かぶ瓢箪が一つ――。


「コレを手土産にしたらいい」


 私の顔と同じくらいの大きさで、コルクとは違う何か別の物で栓のされた瓢箪を、クロが晃生さんに手渡しました。


「――聖水か?」

「そうだ。今回助けに来てくれたことの礼と、よければしばらくこのアーティファクトをしばらく借り受けさせてもらいたいと思ってな」


 クロは手にしたままのライカを指して言いました。


「もちろん大丈夫です! ライカ、クロの力になってあげてね」


 語りかけると、ライカは三回点滅をして返事をくれました。


「ふふふ、お返事ありがとう」


 手元から離れるのは寂しいけれど――作った作品が誰かの力になれるというのは、ハンドメイドに携わる者としてこの上ない喜びだから――


 そう思いながらふと、晃生さんの手の瓢箪を見ました。すると、アーティファクトと同様な光が見えてきて――


「この瓢箪、水色と緑の混ざったような光が見えますね――」

「もしかして――病も怪我も、毒にすら効くと言われてた頃のクオリティか――⁉︎」


 そう晃生さんが問うと、ふわりと風が吹きクロはどこか遠くを見るような目をして言います。


「保証しよう」

「――これがあれば……今起きている問題も解決できるかもしれんな――」


 そう呟く晃生さんの目には、何か決意のような光が見える気がします。


 そして私たちは、クロが聖域に戻るのを見届けてから本家へと向かいました。

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