014. クロ
「ありがとうございます、大丈夫です――龍石……さま」
私が振り向きながら言うと、龍石は無感情な表情で淡々と述べる。
「クロ。この……人の姿の時はそう呼んでくれ。ところでお主、名は?」
「……トウマです……」
御神体ということはいわば神で――。そんな人を呼び捨てにしろと? しかもそんな犬の名前みたいな――
「クロ! 間に合ったか⁉︎ 大丈夫かトウマ⁈」
晃生さんが石段の上から叫びつつ降りてきます。
「はい……なんとか――!」
晃生さんが呼び捨てにしているなら……と、私は助けてもらったお礼を伝えます。
「クロ、助けてくれてありがとうございます」
「いや、なんの。それに――わしが来ずともお主一人でなんとかしていただろう」
そう言って龍が私のポーチを指しました。
ポーチは先ほどのオレンジ色や赤青緑、様々な光が脈打つように放たれていて、ちょっと目がチカチカします。
やっぱりこの子達――――
「体力強化に火と水と風、さらに光のアーティファクトもあるのか……それぞれの力も強そうだ。このようにレベルの高いアーティファクトを持つお主、一体何者なのだ――?
どこか懐かしいような匂いも混ざっている気がするが……お主この時代の者ではないな?」
突然バレました。というか気づかれました。
「匂いでわかるんですか……?」
「我は人より様々な感覚が鋭いからな」
「二人とも、無事でよかった……!」
数段飛ばしで降りてきた晃生さんは、膝にキテルのか、両膝を抑えて屈みながら龍石の人を見上げました。
「クロ、やっぱり……そいつがあったら神域の外にも出れるんだな」
「そのようだ」
クロが着物の懐から光り輝くライカを取り出し言いました。
なるほど。晃生さんがライカを龍石に届け、動けるようになった龍石が私を助けに来てくれたんですね――
「晃生よ、我が動けるまで賊を退けてくれて感謝する」
「イイってことよ。俺はクロに……できる限り長くこの世にいて欲しいからな――」
重そうに体を起こして晃生さんが言いました。よく見ると、頬には一筋の赤い線が……。着物の袖も腕のあたりがスッパリ切れています。
「晃生さん、怪我は――」
「かすり傷だ。大丈夫だよ」
ぽんぽん、と頭を撫でられて。
もぅ、これで二回目……!
なんなんでしょうかね、この……親戚のおじさんみたいな感覚は。
歳の差もあってか、色っぽいものは全く感じないのだけれど、妙な安心感を感じます――
「ところで、あの黒ずくめの人はどうしますか? 龍石を狙ったのは依頼されたから、と言ってましたが――」
「ひとまず拘束して、背後関係を調べるつもりだが……。クロ、お前の千里眼で何かわかるか?」
千里眼、そんな力まで――。
クロがその場で目を瞑ると、何故だか感覚が研ぎ澄まされてきました。木々のざわめきがとても大きく感じられたかと思うと、ビュウっと風が渦巻きながら空へと昇ります。
「――いや、そこまでは視えん」
「そうか……じゃあ――」
少しだけ申し訳なさそうに言うクロへ、晃生さんが何かを言おうとしたその時、突然辺り一面が暗闇に包まれ――
「なんだこれは⁈」
まるで目を瞑ったかのように、自分の体も、すぐそこの二人の姿も見えません。アーティファクト達の光さえも。
けれど幸いなことに声は聞こえる――。
暗闇で見えないなら、いっそのこと目を瞑ってしまえ。そう思って目を閉じ、二人の声と息遣いに集中してみました。
「晃生、慌てるな。今では珍しいアーティファクトの力だ――」
「暗闇な上に動きまで阻害されて、慌てるなという方が無理なんだが――」
動きを――?
試しに手をワキワキしたり、軽く屈伸したりしてみますが、私の体は今まで通り動かせるようでした。
その時、黒ずくめの男がいるはずの方向から不自然な木々のざわめきが聞こえてきました。
「どうやら曲者の仲間が来たようだ……」
「くそっ救出に来たか――」
見えないと、敵がどこにいるのかもわからないから動くに動けない。
アーティファクトの光も見えないし――――そう思って、見えないことを承知で自分のポーチのある方を見てみると――オレンジのような、黄色のような光が見えます。私はハッとして目を開けました。けれど目に映るのは暗闇だけ。
この光っている子は――?
ポーチに手を当ててみると、視界が突然開けて周りがハッキリと見えました。けれどただ明るくなったのではないとすぐに気づきます。なぜならすべての色合いがまるで古い写真のようにセピアがかった色になっていたから。
原理とか、そんなものは後でいい。と、私は顔を上げました。すると目に入ってきたのは二つの影。
気を失っているらしきぐったりとした黒ずくめを、もう一人の黒ずくめが背に背負ったところのようでした。
そして、その黒ずくめはこちら――明らかに『私』の方を見ていました。
あちらからはこちらが見えている――?
時間にして数秒こちらを見ていた黒ずくめは、ふい、と森の方に視線を移し、その奥へと向かって行きました――。
フワリと風が吹き、あの時と同じ――甘くてピリッとした香りが漂ってきたかと思うと、視界は明るくなりました。
「くそ……やっぱり逃げられたか――」