013. 黒ずくめの男
あんな刀で切りつけられたら、もうどうにもならない――!
そう考えて目を瞑ると、聞こえてきたのは澄んだ金属音。
キィイイイン!
「――⁈――」
衝撃はほぼなく、恐る恐る目を開いてみると……どうやら私は、立った場所から一ミリも動いていないようでした。
フワリと何か、自然のものではなさそうな、甘いのにピリッと刺激を感じる香りが漂ってきて顔を上げると、黒ずくめの人の方がしゃがみ込んでいます。何故――?
「この攻撃すら防ぐだと――一体どんなレベルのアーティファクトだ⁉︎」
驚愕の声は、低い男性のもの。
その人はスッと立ち上がると刀をしまい、私の方に両掌を向けてきました。
今度は何を――
「結界無効化!」
男の声が聞こえると同時に、虹色の結界が霧散するように光を失っていきます。まずい――!
「――!――」
身構えるものの、そのスピードについていけず。あっという間に私は背後から肩越しに腕を回され、首をガッチリと捕らえられてしまいました。このまま締め上げられたら――
「あなた――一体何者⁉︎ 何が目的なの⁉︎」
この状況、自分でなんとかできるとは思えないですが、何か情報だけでも、と思いながら私は問いかけます。
龍石を狙うだなんて、どんな利点がこの人にあるのか。龍石の作り出す聖水は、この世の全ての人に益のあるものだろうに、何故――
「……俺は……依頼されただけだ――」
後ろから聞こえたその声に、何か迷いのようなものを感じてしまう……。
この人は今まさに自分を拘束している相手なのに――この人が殺し屋とかいう職業であるなら命の危機だというのに――――。
……先ほどから感じ続けている『もの』が私に危機的な状況での余裕のようなものを感じさせているのでしょうか――?
拘束されていない手の先で、私はポーチの感触を確かめました。
そう……先ほどから輝き続けているオレンジ色の光の主を――――
「そうですか……」
これが効かなかったら、こうする。それもダメだったならああする。と、私は自分の行動のパターンをいくつか決めました。
力が足りなければ、拘束されたままビチビチとしているだけの魚のようになってしまうでしょうけど……何もしないよりは――!
「では……依頼達成は諦めてください」
スゥッと息を吸い、軽く吐く。そして私は動きました。
まずは勢いよく手を振り上げ、男の腕に拳を当てます。
「ぐぁっ」
振り上げた拳を腕に受け、男は小さくうめきました。
次は勢いよく手を振り下げて太もも辺りに当てる!
「――‼︎――」
男は声にならない呻き声のようなものをあげて、拘束する手を緩めました。
いまだ!
私はすかさず男に手を振り払い距離を取ろうと石段の方へ向かいます。
数歩手前で振り向き身構えると――男は悶絶してうずくまっていました。
え……そこまで……?
ただ振り払うためだけにやった動作が、自分より大きな男性を悶絶させている。その異様な事態に、次に何をしたらいいのか戸惑っていると、突然風が渦を巻き、私の背後に何かの気配が――。
深い森の香り、コレは――
「そのまま動くなよ」
晃生さんではない、けれど聞いたことのある声……この人は――!
ぽん、と左肩に手を置かれた感覚がすると、右肩の上からすうっと長い手が伸びてきて、青白く光りだしました。
「水よ、そこの曲者を排除せよ!」
彼がそう言うと、その手の先から出た水が黒ずくめの男を大きな木の幹へと押し飛ばしました。
男は呻き声と共に気を失ったのか、そこから動かず。ひとまずの危機は脱したのかなと私は胸を撫で下ろしました。
「よく来てくれた。大事ないか?」
「ありがとうございます、大丈夫です――龍石……さま」