四幕 氷の女王とおりこうちゃん
氷の女王は今日も学校へ行く。学校なんて爆破されればいいのにと思うこともあるんだけど、桜おばさんを悲しませるわけには行けないので、しっかりと授業に出るのだ。
授業態度は真面目だったが、氷の女王の成績は芳しくない。
自分よりも努力してそうない、お茶らけた子がテストで75点とか80点とかいった点数を取っているのを見ると、氷の女王は人生って不公平だと感じる。ちなみに氷の女王の数学の今期のテストは100点満点中23点だった。
教室の後方、窓際の席で、グラウンドをじっと眺めていると、後ろのほうから動画かなんかの馬鹿話をしているのが聴こえてきた。三人の男子はYouTubeを見せあって、何が面白いのかどっとウケている。
氷の女王は、見ているのはきっと低俗な動画にちがいないと決め込んだ。
(ガキ……)
そう、氷の女王は心の中で毒づいた。グラウンドでも、やはりバレーボールをぶつけあっている光景が広がっている。ガキばかりだ。そりゃ氷の女王だって、エンタメや流行ものは好きだ。アニメだってYouTubeだって、そこら辺の女子高生並みには見る。
サンリオが好きだ。ハローキティが好きだ。グッズをしこたま持っている。
でもそんなことは誰にも言わない。言ってもいい気がするんだが、彼女は言わなかった。
本当は話したくてたまらないのだけど、思春期特有のアイデンティティー崩壊を恐れて、それがどうしても口に出せないのだ。
彼女はうつむく。そして机にうっぷす。とにかくもう、お昼だった。
――「食堂、……行こ」
――「あっ……す」
彼女が席を立つと、そばにいた同じクラスの線の細そうな「おりこうちゃん」が、何か言おうとしてやめて、さっと道を開けた。モーゼにでもなった気分だった。氷の女王は他のクラスメイトから様付けで呼ばれている。
☆
――「いま、何か言おうとした?」
クラスメイトのリコこと「おりこうちゃん」に優しく問いかける。リコはいつも勉強しているか本を読んでいるイメージしかないので、クラスでおりこうちゃんと呼ばれていた。
――「す、すみません今、どきますって、……言おうとしてました」
――「ふーん」
――「スミマセン……」
――「何で謝るの? 別に悪いことしてないでしょ」
――「はい……」
言い方が少し威圧的だったかな、と氷の女王は反省した。そりゃ私だって、普通のコミュニケーションがとりたい。でも、どっかで何かがこじれてしまう。
――「ねえ」
――「は、はい」
――「食べに行くの?」
(こういうところだ! その上これじゃ、私がいつも一人で食べてるから仲間が欲しくって誘ってるみたいじゃない!)
氷の女王が冷静さを顔に張り付け、内心ではビックビックしながら相手の返答を待っていると、おりこうちゃんはわりと不通に、
――「実は、いつも一人で食べてるから……」
と、どこか照れたように言った。
――「じゃあ……、行く?」
氷の女王は割と勇気を出して言ったのだ。もしこのとき「え……」とか言われたら、きっと氷の女王は立ち直れない。彼女は覚悟していた。
けど割と拍子抜けに、
――「あ、行く?」
と、おりこうちゃんは言った。
氷の女王はやっぱり「冷静で平然」を顔にはり付けながら、内心は嬉しくてうれしくて仕方がなかった。もう今日は赤飯にしよう、それくらい思っていた。
☆
――「この席にする?」と、氷の女王。
――「じゃあ、清川村さんは(ということにしておくが)何、食べますか?」
――「えっと、きつねうどん。折原さんは(ということにするんだが)何にするの?」
――「わたしも、なら、それにしようかな」
注文するメニューを決めると、二人は席を立った。
学食は学生でいっぱいだ。坊主頭の野球部の連中が四五人でひと固まりにカレーやラーメンと一緒にプロテインを飲み食いしている一角があれば、校内でも地味な連中がかたまっている一角もある。教室で食う弁当派と違い、学食派の連中は比較的明るいやつが多い気がする。
きつねうどんはこの学食でも比較的コスパのいいメニューだった。券売機並んできつねうどんの券を購入すると、調理場のおばちゃんたちがいるところで食券を渡した。
出来上がりの時間を待つまでの間、そしてテーブルに戻るまでの間、二人はじっと押し黙っていた。いただきますを二人で言い、氷の女王が一口目を口にいれようとしたところで、
――「美味しい?」
と、おりこうちゃんが訊く。
それがなんだか保護者のような口調に思え、氷の女王は甘えたい衝動にかられたが、口には出さなかった。「美味しい……」「よかった」、そういってうどんをすする。