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氷の女王  作者: 中川 篤
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二幕 氷の女王と桜おばさん



 両親はぼくたちが幼い頃、事故で死んだ。交通事故だった。後にはぼくと氷の女王だけが残り、ぼくたちは母親の姉にあたる桜おばさんに引き取られた。

 ぼくたちのおばにあたる桜おばさんは絵を描いている人で、数年前、糖尿病を患って以来、目をとても悪くした。桜おばさんは絵をそれから描けていないし、桜おばさんには氷の女王とぼく以外、家族と呼べるような人間はいなかった。


 氷の女王は桜おばさんの、弾けるような笑い声が好きだった。家族として受け入れてくれたことも心の底から感謝していた。だから今の、大好きな絵も描けず、日々ふさいで暗くなってしまったおばさんを見ると、彼女は心が痛んだ。


 ――「ただいま……いまかえったよ」

 氷の女王は言った。声には元気がない。


 ――「あ痛っ!」

 足元に突き刺さるようなものがあった。プラスチックの破片だった。見ると本棚の一部が凹んで、上に乗っかっていてラジカセが落下していた。足元には液タブが転がっている。


(桜おばさんは、私のいない間に、これを投げつけたのだろうか?)

 桜おばさんは黙って、テレビに目を向けている。夕方の報道番組の陰気なニュースが室内にひびいた。


       ☆


――「おばさん、桜おばさん……これ、おばさんの商売道具……何で投げたりするの?」

 桜おばさんは黙ってテレビを見続けていた。室内の温度が下がった。

 そのとき。


 ピンポーン! とチャイムが鳴る。そしてどたどたっと。


――「ただいまあ!」

 と、少年野球から帰ってきたぼくの、元気いっぱいな声がした。


 氷の女王は居た堪れなくなった。ぼくを突き飛ばして、その場から逃げるように家を出た。もしそのままそこにいたらおばさんの口からどんな言葉が出てくるかわからないから。そして自分にはそれに耐えることはできないだろうと分かっていたから。


       ☆


 それでも氷の女王は引かなかった。弟の夕食の準備をしなくてはならない。桜おばさんは私が居なくては何かと不自由だろう。おばさんは弱いが、私はちがう。私は強い。だから。

 だから、私は引かないんだ。彼女は足を桜おばさんの家へまた向ける。氷の女王は本当に強い子で、そして脆かった。




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