【連載版始めました】服毒して生き残ったら王太子妃になれるって本当ですか?【連作短編①】
見目麗しく、聡くて優しいと言われているシーダム王国のルートロック王太子には王太子妃候補の希望者が殺到しており、その座を狙うしたたかな者が大勢いた。
「ルートロック王太子殿下。そろそろ王太子妃を決めていただかないと困ります。シーダム王国の民も王太子妃を決めていただくことでこの国の安寧と安泰を感じることができるのです」
ルートロック王太子の傍に長年仕えている側近のサルフが、執務室で机に噛り付いているルートロック王太子に王太子妃の重要性を解く。
「サルフ……その話は、もう何度も耳にタコができるくらい聞いているから、理解している」
「ルートロック殿下……せめて殿下のお好みの女性などご要望がございましたら、第一次選考を先に行い、殿下と謁見する女性は予め少なくしておきますゆえ……」
「ふぅむ。私の希望の女性か……」
ルートロックは、椅子の背にもたれて顎に手をあてる。あまり、女性に関する好みを考えたことがないからだ。
「例えば……体つきがふくよかな女性が良いとか、逆に華奢な女性が良いとかございませんか?」
「そうだな。私の傍にいて共に王国を支えてもらえるなら、体型は気にならないな」
「左様でございますか……。それでは、お顔はいかがでしょうか。見た目が綺麗で美しい女性だとルートロック殿下ととてもお似合いかと思いますし、逆に幼い顔つきの女性であれば、仲睦ましくてほほえましくて釣り合いがとれるような気もいたしますが……」
側近のサルフの手元には、王太子妃候補の令嬢名簿が公爵家から順に始まり、侯爵、伯爵、辺境伯だけでなく子爵、男爵と連なっている。さすがに子爵、男爵と王家からあまりに爵位がかけ離れている家からは招きたくないとサルフは考えているのだが、ルートロック殿下の好みを最優先して、幅広い選択肢の中から人選をした方が良いと思っていた。
「顔も……その女性の個性だから、特にこだわりはないかな。綺麗でもいいし、可愛くてもいいし、別に不美人であっても性格が良くて将来、国母としてふさわしいのであれば、気にならないな」
「左様でございますか……」
サルフは小さいため息をつく。
(ルートロック殿下のこだわりが無さすぎるのも……王太子妃を決める上では困ったものだなぁ)
かと言って、側近であるサルフが勝手に女性を決めるわけにはいかない。
「ちなみに、爵位は公爵家のご令嬢からできる限り選ぶ方が品位、品格を保つ上で良いとは思いますが、それでよろしいでしょうか?」
世間では聡い王になりそうだと言われ始めているルートロックは、顔を上げて不思議そうな顔をする。
「なぜ、慣例に則って決めようとするのだ? サルフ……当たり前だと思われて定着していることにこだわったり固執するなといつも言っているだろう? 爵位を深く考えずに、ふさわしい女性がいるならば王太子妃にしたら良いではないか」
ルートロックは王太子殿下の立場であるにも関わらず独特な考え方を持っているが、この考え方に賛同して心から納得できている臣下は少ない。
しかし、ルートロックが王国を良くしようと改革を試みて、成功を収めているという実績を考えると、あながち爵位にこだわっても、良い王太子妃が来ないのかもしれないとも、サルフは僅かながら思っている。
(どうしたものか……)
サルフは、王太子妃をふるいにかけようにも、妙齢のご令嬢の人数が多すぎてどのように選ぶのが良いのか、妃の選考方法が全く浮かんでこない。このままでは、爵位を持つ女性全員を王宮に招いて選ぶしかなくなる。
サルフの困惑した顔を見ていたルートロックは良い案が浮かんだのか、急に王太子妃選考会にやる気をみせる。
「サルフ……お前に任せてばかりで悪かったな。私も自分の目で女性を確かめた方が早いかもしれない。王宮で開かれる夜会に参加していない令嬢もいるだろうし、会話をしたことがない者も多いだろうからな」
サルフはルートロック殿下が妃を娶ることに、前向きに取り組もうとしている気持ちの変化を感じて、ルートロック王太子殿下ご自身の目で探そうと時間を割いてくれる気になったというだけで舞い上がっていた。
まさか……あんな無理な提案を出すとは思わずに……。
■■■
今日は、王太子妃候補に載っていた爵位を持つ女性総勢38名が王宮の広間に集まっている。こんなにも女性が押し寄せてしまっているのは、子爵、男爵を含む妙齢の令嬢を王太子の名の下でお招きしたからに他ならない。
王宮が送った招待状には「王太子妃を選ぶために、王宮にお越しください」というような旨が記載されていたため、広間に集まる女性は妃になろうと躍起になっていた。
誰もがみな、自分が一番ルートロック王太子殿下のお傍にいるのが相応しいと思っているので、ドレス、宝石、髪型、爪先の至る所まで入念に着飾っている。
気合の入った令嬢たちは、広間に王太子殿下が入場してくるのを今か今かと心待ちにして、気分も高揚していた。
そこに、賢王の頭角を現しているルートロック王太子殿下が入場してくると、一気に会場は華やかになり色めき立つ。
広間に通されているのは、王太子妃候補ばかりで各家の護衛や付き添いの男性は別室にて待機しているため、女性の歓喜の黄色い悲鳴が上がる。
「まぁ! 何て素敵なの!」
「お顔立ちだけでなく、体格もとても素晴らしいですわね!!」
「美しすぎて、言葉で言い表せませんわ……」
ルートロックの王族としての一挙手一投足の所作が美しく、場内から感嘆の声が漏れている。
そんな中、ルートロック殿下の着席を確認したサルフは、王太子妃選考会開始の合図をする。
「皆様、本日はお集まり下さりありがとうございます。只今より、王太子妃候補者の選考会を行います。恐れ入りますが、お一人ずつ別室にご案内致しますので、お名前を呼ばれましたご令嬢から順次お連れいたします。お名前が呼ばれますまでは、こちらでどうぞご歓談くださいませ」
サルフはこの時まで、ルートロック殿下とご令嬢を別室に通して少し会話をしてもらえれば、ある程度妃候補が絞りこめるだろうと安易な気持ちでいた。
サルフが順番に案内をしようと令嬢の名前を呼ぼうとした時。
急に王太子であるルートロックがサルフの次なる言葉を制して立ち上がり、広間にいる令嬢に声をかける。
サルフの考えが、ルートロック殿下のそれに及ばないことは今まで何度もあったのだが、今回は大人しく令嬢と数分お話をして直感で王太子妃をご自分で決めてくれるのだろうと、サルフはルートロック殿下の考えを見誤っていた。
「いや。別室に案内する前に、本当に別室に行く意志があるのか、尋ねたい」
サルフを含め、会場にいた綺麗に着飾った王太子妃候補の女性たちの頭の中に疑問符が浮かぶ。
ルートロック殿下の発言内容が脳内でうまく処理できなかったからだ。
それに気が付いたルートロックが補足説明を自ら行う。
「王太子妃の候補としてここにいるご令嬢は、それなりの覚悟をしてここまで足を運んだと推察される」
横で、サルフはふむふむと軽く頷く。
将来、王国の国母となるのだから、この場にいる女性はそれを覚悟をしてこの場に集っているに決まっている。
「私は、そなたたちの覚悟を確認させていただきたい」
サルフを含め、会場にいる全ての者が頷きながらルートロック殿下がどうやって確認するつもりなのだろうと、次の言葉を静かに待つ。
「別室に来ていただいた者には毒を飲んでもらう。様々な毒を用意している。お腹を下すだけの毒、生涯子を産めなくなる毒、嘔吐してしまう毒、身体に痺れが残る毒、あとは死に至る毒……だ」
そこまで、ルートロック殿下が説明をすると、悲鳴と共にその場で気を失う者、顔色を真っ青にする者、滑稽な提案を冗談だと受け取る者、三者三様の表情が飛び交い、なかなか収拾がつかない。
服毒させるという前代未聞の王太子妃の選考方法に、会場にいる全ての人間、当人であるルートロック殿下以外の人は困惑している。
「どの毒を飲むかはわからないようになっているから、ご自分の直感で盃を選び取っていただき、判断してくれ。何が起こったとしても、私は責任はとれないからな。死に至る毒を手にする確率は五分の一だ」
そこまでのルートロック王太子殿下の言葉を聞くと、この人物が本気なのだとわかり誰もが口をつぐむ。
「恐れながら、殿下……もちろん、この場で辞退しても宜しいのですよね?」
側近のサルフは、気を失っている女性を横目に見ながら、辞退しても良いのだと殿下の意志を確認する。
「あぁ。もちろんだ。無理に危険を冒してまで服毒をしなくても構わない。辞退したい者は辞退して、ゆっくり庭園に用意した飲み物を飲んで帰られると良い。……あぁ、安心してくれたまえ。庭園の飲み物には毒は入っていないから、ゆっくり味わってくれたまえ」
(何てとんでもない発言をしているんだ)
側近であるサルフも、ルートロック殿下の真意がわからずにあたふたしている。
しかし、辞退を申し出る令嬢が次々と現れ、会場にいた妃候補となる女性の数が瞬く間に減っていく……。
(こんな条件にしてしまったら、誰一人としてご令嬢が残るわけないじゃないか……何の為の王太子妃選びだ!)
サルフは、王太子妃が決まることは数年遠のいたなと心の中で悪態をつく。
(全く、この変わり者のルートロック殿下には本当に困ったものだ……)
そう思いながら、綺麗に着飾っていたのに意気消沈して足元もおぼつかない状態で出口の扉に向かう令嬢たちの姿を見ると、申し訳ない気持ちにすらなってくる。
列をなして、ルートロック殿下に辞退する非礼を詫びながら退室していく女性たちがズラッと並んでいるのに、一人ポツンと顎に手をあてて何かを思案している、水色の飾り気の少ない衣装を身に着けた令嬢が会場の中央に佇んでいることに、サルフは気が付く。
同じタイミングでルートロック殿下もその女性に気が付いたようで、視線でサルフにあの女性はどこの誰だと問うてくる。
サルフは慌てて、名簿を見て、もう一度その女性の顔を見る。
(はて? 初めてお目にかかるご令嬢のようだ)
いままでの王宮主催の夜会に参加したことがない令嬢だということだけはわかる。
辞退する女性の列はまだ出口に向かって続いている。
すると、その佇んでいた水色のドレスの女性が、そっと手を挙げる。
それに気が付いたサルフは、その女性に視線を合わせて、コクンと頷く。
「あの……発言をお許しいただけますか?」
落ち着いた声音で静かに発せられた声に、出口に向かって列をなしていた女性たちが一斉に振り向き、訝し気にその女性に注目する。
「どうぞ、お話ください」
サルフがその令嬢に発言を許可をすると、その令嬢はルートロック殿下に視線を定めて、澄みきった声で質問を投げ掛けた。
「服毒をして生き残ったら、王太子妃になれるということですよね? 王太子妃になれるのは本当でしょうか?」
その女性の発言に、まだ会場に残っていた女性たちは、ここに頭のおかしい女性がいるのだとざわめき出す。
そのざわめきをルートロックは手で制して、静かにするように促してから返事をする。
「あぁ。その通りだ。まず服毒して生き残れたら……という条件がつくがな」
そのルートロック殿下の返事を聞いて、再びその女性は服毒するのか思案している様子を見せる。
周りの女性も、ひそひそとどこの家の令嬢かとか、止めて差し上げるべきだとか話を始めている。
誰も人の死に関わりたくないから、服毒を阻止しようとする女性は優しい女性に違いないのだが、ルートロックはそういう女性を求めてはいない。
「そうですね。一度、別室に案内していただけますでしょうか? 盃を見てから、やはり辞退することも可能ですか?」
果敢にも服毒に挑戦しようとしている令嬢がいるのだとわかると、辞退する女性の中には勇者をみているかのように尊敬の眼差しで見つめる者まで出てくる。
「あぁ。もちろん、盃を見てから毒を煽るかどうか決めても構わない。辞退するのはどのタイミングでもいいぞ」
ルートロックは、挑戦してくれる女性がまさか本当に現れるとは思っていなかったので、喉で静かにクツクツと笑う。
(ルートロック王太子殿下のあの目は本気だ。必ず死に至る薬を別室に用意しているはず)
それを感じとったサルフは万が一のことがあってはならないので、急いで王宮の医師を別室近くに呼び寄せるのと同時に、この猛者のような行動を起こす人物の名前を本人に問うてみる。
「ご令嬢。確認の為、お名前を伺っても宜しいですかな」
サルフは万が一の時に、どこの爵位を持つ家に謝罪をしないといけないのか、勢力と派閥争いなども含めて考えて名前を確認する。
「申し遅れました。私はヘルムント辺境伯の娘、アラマンダ=ヘルムントでございます」
サルフは、美しいカーテシーをしているその娘の名を聞いて納得がいく。
王国の東の位置が軍事上重要となっており、その辺境伯は敵国からの侵入を阻止するための要となっている場所を守っているのだ。王宮から遠く離れているため、馬車に乗っても3週間ほどかかるので、今回の王太子妃選考会には間に合わず参加できるはずもないと思い込んでいた。
だからこそ、今まで一度も王宮の夜会に参加したことがないことに納得がいった。
(もしかして、騎乗でここまでやってきたのだろうか)
選抜をする案内状を出してから、今日までの日数を考えるとこの目の前の女性が馬車ではなく、騎乗で王宮まで来たように思えてならない。
もしくは、たまたま王都の近くに滞在していたのだろうか。
ルートロックは椅子から立ち上がって、水色のドレスがよく似合っているアラマンダの傍まで来るとエスコートをするような仕草をとり、彼女の手を自分のひじに絡ませた。
周りの女性には、死へと続く道案内人のようにルートロック殿下が映っていたかもしれない。
辞退する女性たちは、ルートロック殿下とアラマンダの二人が手に取ってほほ笑みながら歩く姿を見ても、今から毒を選びに行く姿には到底思えなかった。
その二人の姿を見て、本当はルートロック殿下は冗談を言っただけで、一気に王太子妃候補が減った今、その座を狙えるのではないかと思ってしまう令嬢も出てきてしまう。
サルフに「自分も別室に案内して欲しい」と辞退を取りやめて、懇願してくる令嬢が数人出てきてしまった。
「ご令嬢。悪いことは言いません。本当にルートロック殿下は毒を飲んで下さいとおっしゃったのあれば、確実に毒をご用意するお方です。毒の種類の見分けがつかないようでしたら、大変危険です。ご辞退なされた方が宜しいですよ。ルートロック殿下は本気で死にいたる毒を用意されるようなお方ですから……」
そのサルフの真剣な表情と諭すような言葉を聞いて、やはり冗談ではなく別室には本物の毒が用意されていることに思い至った女性たちは、自分の浅はかな判断を恥じて思い直し、やはり辞退することを申し出た。
■■■
別室には、ルートロック殿下とアラマンダ、そして王宮の医師二名、サルフの計五名が集まり、ルートロック殿下とアラマンダは一つの丸いテーブルに置かれた五杯の盃を二人で立った状態で囲んでいる。
サルフは、ルートロック殿下は盃に入っている毒の種類が解っているのだと知っている。
(ルートロック殿下は毒の色、匂い、溶け具合など全て把握している。このアラマンダと名乗る女性もそれだけの知識を持ち合わせているということだろうか……)
アラマンダも、盃を手に取り、光に透かして液体の色を確認したり、匂いを嗅いでみたり、薬の溶け具合を目で確認しているような行動をとっている。
「ルートロック殿下。これは、お腹を下す毒でございますね……こちらが、嘔吐……。あら、本当に死に至る毒が用意されているのですね!!」
アラマンダはルートロック殿下が嘘を述べていないことがわかり、頬を染めて喜びを表現している。
その不思議な光景を目の当たりにしながら、この令嬢が間違いなく死に至る毒を見極める実力を有していることをサルフは確信する。
「そして……これが、痺れる毒で、こちらが子が産めなくなる毒ですね? あら。これは絶対に飲めませんね。次代を担う子が成せないのは困りますから……」
(何を言っているんだ、このご令嬢は)
サルフは、このアラマンダ嬢の発言が理解しがたくて眉をひそめる。
(絶対に飲んではいけないのは、死に至る毒に決まっている。死んだら子も成せないに決まっているではないか)
「それで、アラマンダ嬢はどの毒を飲むつもりなのだ?」
ルートロック殿下は、笑いながらアラマンダに問うてみる。もちろん、先ほど、アラマンダが言っている毒が正解かどうかは教える気はない。アラマンダが毒の種類を勘違いしていたとしたら……嘔吐する毒だと勘違いして死に至る毒だということもありえるのだ。
「そうですわねぇ。子は成したいので、こちらの毒にいたします」
「それで、良いのだな?」
「はい」
ルートロックもサルフもその毒を選ぶことはないと思っていた。
アラマンダは毒に対する知識もあるのに……だ。
なんと、アラマンダは躊躇うこともなく「死に至る毒だ」と自分で宣言していた盃を右手にとる。
「ルートロック殿下も、ご一緒にいかがですか?」
末恐ろしい発言をアラマンダはルートロック殿下に申し出る。
その発言を聞いて、笑いながら返事をする殿下もどうかとサルフは思う。
(この二人は完全にイカれている!)
「そうだな。では、アラマンダ嬢に盃を選んでいただこうかな。どれで乾杯したら良いだろうか」
死に至る盃は一つしかないのだから、あとはどれを選んでも死ぬ危険性はない。
「そうですわね。では、こちらの盃をお願いいたします」
そういうと、アラマンダは先ほど身体が痺れる毒だと言っていた盃を手にとり、ルートロック殿下の手のひらにそっとのせる。
サルフはここまできたら、この二人を止めることはできないとわかっている。
アラマンダが死に至ったたら、辺境伯に何とお伝えすれば良いだろうかと謝罪の言葉を頭に思い描く。
「では、ルートロック殿下。乾杯して下さいますか?」
「そうだな」
二人は高く盃を掲げ、楽しそうな笑顔で微笑み合っている。
(馬鹿な。アラマンダ嬢は最後にルートロック殿下と乾杯をして、その美しい笑顔を見ながら生を終えたいという志願者に違いない)
そうサルフは考え、この後の惨事を想像してどうすることもできない自分と王宮医師二人は青ざめた状態で成り行きを見守る。
「では、二人の幸せを願って乾杯!」
「乾杯!」
そういうとルートロック殿下とアラマンダは一気に盃を飲み干して、最高の笑顔で微笑む。
アラマンダが嚥下しようとするその直前、何を思ったのかルートロック殿下は隣で満面の笑みで立っているアラマンダの腰を左手でグッと引きつけ、アラマンダの顎に右手を添えて深い口づけする。
(馬鹿な!)
サルフは目の前の光景が信じられなくて目を疑った。
ルートロック殿下は死に至る毒を口に含んだ状態のアラマンダに口をつけた。しかも、すぐにその口を離そうとしない。
(このままでは間違ってルートロック殿下の口にも毒が入ってしまう!!)
サルフは咄嗟に、ルートロック殿下とアラマンダを引きはがそうとする。
しかし、それを察知したルートロックは目だけでサルフを阻止して、その場から動くなと視線を送り、サルフは微動だにできなくなる。
その深い深い情熱的ともいえる口づけは、とても長く感じた。
アラマンダの生が終わりを告げるから、敢えて長い口づけを思い出にしてあげているのかとも思える。そして、アラマンダが口に含んでいたものを嚥下した途端、ガクンと床に崩れ落ちた。
その姿を見た、王宮医師とサルフはアラマンダに駆け寄ると、すぐさま脈をとったり、飲み込んだ毒を特定しようとする。
すると、崩れ落ちたアラマンダが突然笑い出す。
「うふふふふふふ」
「ア、アラマンダ嬢!! 大丈夫なのですか?!」
サルフは慌てて、アラマンダの身体に問題がないのか彼女の顔色を確認する。
「えぇ。無事生きておりますね。それにしてもルートロック殿下、初めての口づけなのにいくら何でも長すぎますわ。おかげで腰が抜けてしまいましたもの」
「ははは。それは、すまなかったな。アラマンダ嬢があまりに魅力的だったので、恋に落ちてしまったようだ」
サルフと王宮医師は、何が起こっているのか理解できずしばらくルートロック殿下とアラマンダのやり取りをただ静かに見守っていた。彼らの真意が全くわからないからだ。
「アラマンダ嬢。そなたは本当に博識なのだな」
「いえいえ。毒を見極めるのは大事ですからね。ルートロック殿下のお母様であらせられる王妃陛下は毒が原因で崩御されておりますから、王太子妃にも毒の危険性を危惧されております殿下の心情は察しているつもりですわ」
「まさか、毒の無毒化を指示してくるとは、思っていなかったがな。てっきり、死に至る毒以外を選んで服毒すると思っていたんだが、まさかあの組み合わせで選んでくるとは思っていなかった。一本取られたな」
「光栄でございます。どうしてもルートロック殿下と乾杯をしてみたくなったのです。一緒に乾杯をした殿下がどう行動するのかも、私自身、確認させていただきたかったのです」
サルフの頭から、未だ疑問符が消えることはない。
(どういうことだ?)
その訝し気に見つめるサルフに気が付き、ルートロック殿下は種明かしをするようにアラマンダに伝える。
「私は、辺境伯ということもあり、たびたび隣国から毒が持ち込まれることがあります。ですので、幼い頃より毒の判別ができるように訓練しており、毒も定期的に摂取しているので、毒に対する耐性があるのです。ルートロック殿下がご用意された死にいたる毒は二つの毒を混ぜ合わせることで中和して無毒化することができるのです。……それが、先ほど、ルートロック殿下に手渡した身体が痺れてしまう毒なのですが、私が死に至る毒を服毒したら、ルートロック殿下がどうして下さるのか、つまり私を王太子妃として認めて下さるのか知りたくて、わざと中和する毒を殿下にお渡しして乾杯を懇願したのです。私が毒を煽ったあと、その盃をそのまま私の口に流し込んで下さればよかったのですが、まさか……あそこまで情熱的な口づけをしていただけるとは……想像しておりませんでしたわ」
「ははは。それだけアラマンダ嬢が欲しくてたまらなくなったのだよ。驚かせてすまなかったね」
「殿下も毒を中和して無毒化するのに適した条件が36度で、しっかり攪拌する必要があるということをご存じだったのでしょう? だからあんなにも激しかったのですね……」
「しっかり、二液を混ぜた方が効果が高いだろう? 無毒化するなら徹底的にする必要があるからな」
ルートロック殿下とアラマンダは、二人で手を取ってほほ笑み合っている。
(単なる口づけではなくて、二液を攪拌して36度になるようにしてからアラマンダ嬢はそれを摂取したのか……)
サルフは先ほどのルートロック殿下のとっていた行動の意味を理解する。
「未婚の女性に口づけをしたのだから、もちろん責任をとる必要があるな」
ルートロック殿下のこの発言で、王太子妃はアラマンダに決まったということを告げている。
臣下としては、喜ばしいことなのだが、本当にさっきのは肝が冷えた。
(それにしても、好みを何も伝えないルートロック殿下がここまで、心を許せる女性に出えて本当に良かった……)
この奇想天外な行動を起こす二人のおかげで、この王国が安泰になるだろうとサルフは確信した。
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