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こわいなあ、こわいなあ

作者: 雉白書屋

 夜、とあるバーにやってきた彼と友人。久しぶりの再会で、楽しい気分だったのだが、どうも友人は浮かない表情で、何かに怯えているようだった。


「なあ、さっきからオドオドしてるけど、どうしたんだ? 楽しく飲もうぜ!」と、彼は少しおどけて言った。すると、友人は低い声でぼそりと答えた。


「怖いんだよ……」


「怖い? 怖いって何が? このバーが? ははは、ぼったくりバーではないと思うけどな」


「車だよ……」


「車? 車の何が怖いんだよ」


「毎日のように車に殺される人がいるじゃないか……」


「はあ? 車に殺される?」


「道を歩いているとき、思わないのか……? 鉄の塊がすごいスピードで横を通っていくんだぞ。ガードレールがないところもあるし、危険な運転をする人もいるじゃないか……」


「ああ、交通事故の話か。まあ、それは怖いけど、交通事故に遭う確率なんて宝くじに当たるようなもんだろ?」


「宝くじを買うときは当たる気がするとか言うくせに、よくそんなのんきでいられるな……」


「いやいや、まあ……」


 彼は面倒に感じ始めた。どうやら友人は神経症を発症したらしい。職場でうまくいっていないのかもしれない。暗い気分をうつされる前に切り上げたいが、街で偶然会い、こちらから飲みに誘った手前、それも気が引ける。


「なあ、それなら警戒して歩けばいいじゃないか。上から降ってくるわけでもないし、車道側を避けるとかさ」


「でも、車が店に突っ込んでくるってニュースもよくあるし……」


「だから、店の中でも警戒していればいいだろう」


「でも、すごい速さだし、気づいたときにはもう……」


「だから、そんな事故、滅多に起きないって。仮に起きたとしても、せいぜい友達の知り合いとか、親戚の友達とか、身近な話じゃないだろう」


「でも、お前がその立場になることもあり得るし……」


「そりゃ可能性はゼロじゃないけど、自分が事故に遭うとは思わないな。気にしすぎなんだよ」


「乗るのも怖い。突然ブレーキが効かなくなるかも……」


「よほど古い車じゃない限り、それはないだろ。メーカーもちゃんと検査してるし」


「でも、検査不正のニュースもあったし……」


「いや、確かにその手のニュースはちょくちょくあるけど、大丈夫だよ。小まめに点検していればさ」


「でも、車屋で不正車検があったし、なんなら壊されるかも……」


「いや、あったけどさ……」


「煽り運転されたらどうする? ぶつけられたら?」


「だから、ニュースやSNSで見て身近に感じるだけで、レアケースだってば」


「自分の不注意で事故を起こすかも……」


「そこは気をつけろよ」


「怖い、怖い……」


「じゃあもう、車に乗らなきゃいいだろ。電車使えよ」


「でも、電車も怖いんだ……」


「なんでだよ」


「車両と駅のホームの隙間に落ちるかもしれない……」


「小学生かよ。落ちても助けてもらえるだろ」


「痴漢の冤罪にあうかも……」


「急に大人だな。それはまあ怖いけど、それこそレアケースだろ。気をつけていれば勘違いされることもないだろう」


「ホームで突き飛ばされるかも……」


「そういう事件も、これまで一回か二回あったかどうかって話だろう。それに端っこで待たなければいいんだ」


「怖いなあ、怖いなあ……」


「なんだよ、まだ何かあるのかよ……」


「外食したら食中毒になるかも……」


「たまにニュースで見るけど、食中毒なんかそうそうならないって。不衛生な店には行かなきゃいいんだし」


「既製品でも食中毒になるかも……」


「それもたまにあるけどさ……」


「ゴキブリとか虫が入っているかも……」


「なんかあった気がするけどさ……」


「怖い、怖い、怖い……」


「もういいだろ……」


「スマホで写真を撮られてSNSで晒されるかも……」


「それもちょくちょくあるけど、どうせすぐに忘れられるって。その次の週にはまた別の誰かが晒し者になるから」


「それは、お前だったりして……」


「急に嫌なことを言うなよ。おれは晒されるような悪いこととか、変な動きもしないし」


「ただ禿げているだけで写真を撮られて馬鹿にされるんだぞ……」


「禿げてないし。大体、SNSで晒されるといっても、そんな大勢が見るものでもないだろ」


「でも、ネットには一生残るから……」


「だから、そういうのは次々と新しいのが出てきて古いものは埋もれていって、実質消えてるようなものだから大丈夫だよ。今まで話してたことも全部みんな、気にせず普通に生きてるんだってば」


「それが普通、当たり前になっているのが怖い……」


「そんなこと言ってもしょうがないだろ。現状を変えられるわけでもないし。はははっ、政治家にでもなってみるか?」


「怖い……不祥事を起こした政治家がのうのうと活動しているのが怖い……」


「しまった、藪蛇だったか」


「腐敗した権力者の開き直りが怖い……」


「はいはいはい、裏金とか宗教絡みとかだろ? もう、世の中そういうもんなんだってば」


「国が右肩下がりなのに、誰も気にしていないのが怖い……」


「そのうち上がるよ」


「少子化、地球温暖化、移民問題、地震、ウイルス、AI、不況、若い世代の凶悪犯罪、老後の生活……」


「もうスケールが大きすぎて気にならない。それに、そういうときこそ酒だろ。飲もうぜ。酒で避ける。なんてな、ははははっ」


「寒い……」


「人のギャグを寒いで片づけるな。ほら、ここ奢るから、もう一杯注文しろよ」


「肝臓……怖い」


「飲み過ぎなきゃ大丈夫だって……はあ……」


「お前も怖いか……?」


「まあ、少しはな……」


「そんな不安もこの幸運サプリ、『極開丸』を飲めば一気に解消されるんだ。会員になれば安く買えるし、自分の紹介で友達や知り合いが会員になればその分のマージンも入るんだよ。特別に一パックあげるから、会員になろう。ああ、それから今度セミナーがあるんだ。一緒に行こう」


「いや、怖い……」

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