端末
「ひ、酷い目にあった」
長時間真っ暗闇に慣らされていた俺たちの目は、急激にもたらされた希望の光によって焼き尽くされんところであった。薄ぼんやりと光に慣れてきた目に映ったのは、未だ悶え苦しんで硬そうな床に転がるクラスメイト達。すぐ後ろにいた3人も例に漏れないようだ。自然を溢れる涙を拭いながら、周囲を見渡す。
ざらざらとした質感の、煉瓦を組み合わせて作られたかのような床に、消えかかった大きな魔法陣のようなものが床一面に見て取れる。暗闇の中では酷く広く感じたが、広さは自分たちがいた教室の広さ程度のようだ。40人近くいた最初期と比べ、退学や中退でいなくなりもはや20名しかいないクラスなので、若干余裕のある広さに感じる。
「うおっ!」
思案していると、ふいに服の裾を思い切り引っ張られ、思わず声をあげてしまった。
「何すんだよ!」
「ね、ねぇこれ見て!」
「が、骸骨じゃねぇのこれ……」
「うー目がいってぇ。ん? なんかダイイングメッセージみてぇな格好だな?」
メグミが服をひっぱり、涙目で指をさしているところを見ると、確かに白骨死体が見て取れる。レンは露骨に及び腰で、サトシに至っては警戒心もなく近づき、まじまじと白骨死体が伸ばした手の先を見ていた。そのまま声に出して俺たちに伝える。
「ここは地獄の100階層。帰りたければ登れ。その先に希望はある?」
「は? 100階層って……」
サトシが読んだ文言に対して、レンが惚けたかのように言い淀み。
「登れってことは、ち、地下100階ってこと?」
メグミが震えながら服を掴む手に力を込める。
「まぁ、この情報から推測できるのはそうっぽいけど、鵜呑みにするには状況がわからなすぎるな」
信じられない気持ちと、信じたくない気持ちから確定の先送りを試みる。
「今はまだ絶望している暇はないだろ? 少なくとも真っ暗闇っていう状況は好転したんだし、さくら先生と今後の方針を話し合わないとな」
とりあえず今は、頼りなくても大人の意見が欲しい。さっき響いた声も全員に聞こえたものなのか確認し、この白骨死体のメッセージも共有しなくてはいけない。そんなことを3人に話す。
「相変わらず冷静だよな。ヒロトって」
「た、頼りにしてるからね」
「負けねぇかんな!」
「サトシはなぜ対抗意識を燃やすんだ! 俺は負けていいから勝手に頑張ってくれ!」
鬱屈とした気持ちも、この3人がいればなんとかなりそうな気がするから不思議だ。先生のところに向かおうかと思っていたが、俺たちが動いてこの状況になったことは周知の事実なので、自然と周りの方から俺たちの方に全員が集まってきているようだ。一番に駆け寄ってきたのはさくら先生だった。何人かが白骨死体に悲鳴をあげていたが、今は状況確認が優先事項だ。
「け、怪我はないですか? もう無茶しちゃだめですよ? 先生に頼ってくださいね?」
正直頼りないけれど、ここで素直にそんなことを言えば角が立つし、周囲も変に同調しかねないので、無難に返す。実際に大人といえるのはさくら先生だけだしな。
「あぁ、すみません。たまたま状況が好転できそうだったのは俺だけっぽかったんで。ここからは頼らせてもらいますよ」
「えぇ、そうしてください。それで、私は頭の中に声が響いたんですが、皆さんもそのような状況でしたか?」
俺たちが聞いた内容と、全員が聞いた声は一緒のようだった。パンドラシステムや、DPとは一体なんなのかとざわつきはじめると、また頭に中に声が響く。
『対象者達の把握を完了しました。パンドラシステムに接続する端末を創造してください。ダンジョンポイントであるDPを配布します。各自の端末から確認を推奨します。DPストアも順次使用可能です。』
相変わらず一方的で無機質な声が脳内に響き、疑問よりも先に、端末を創造しなければという思考に染まる。大体のクラスメイトは、手のひらに慣れ親しんだスマートフォンを創造したようだ。
「わわ、これが端末?」
さくら先生は、腕にスマートウォッチのようなものがいつの間にか装着されている。
「ってこれ、私のスマホじゃん!」
メグミは、デコってあるいつも持っていたスマホを手に持っている。
「まぁ、いきなり端末とか言われてもな。おぉ、でも新品同様だぞ」
サトシはガラケー。いわゆるパカパカだ。頑固にも使い続けてボロボロだったはずだが、新品のように綺麗な端末をパカパカと開いたり閉じたりしている。
「うん。いいね。欲しかったんだよこれ」
レンは……重そうなメカメカしいゴーグルをつけていた。いわゆるヘッドマウントディスプレイってやつだ。かっこいいけどさ。それずっとつけてんのか? レンよ。
「なんだよその目は! いいだろ、端末って言われて思いついたのがこれだったんだから」
「重くないのか? それ」
「ふふふ、それが全く重くない上に周囲も普通に見れるぜ」
「まじか」
レンと俺がバカ話をしていると、メグミが脇腹をつついてきた。
「ってかヒロトさ。何も持ってなくない?」
「パカパカはいいぞ。パカパカは!」
「お前も一緒にロマンを求めようか!」
「ふふふ、それがなぁ。すでに俺は装着しているのさ」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、俺の顔を見つめる3人にドヤ顔をしていると、それぞれは恐らく画面に、俺は視界に文字が浮かび上がった。
『ダンジョンストアをインストールします。以後DPストアと明記されます。対象⚫︎&$ ヒロトは、功績達成者です。初期ボーナスDP50に加え、ボーナスDP100を付与します』






