サイド:アスカ その2
「はぁ………。」
「何、アスカ、恋煩い?」
私がため息をついてると、一つ上の先輩の京子さんが声をかけてくる。
「あ、京子さん。何で溜息吐いたら恋煩いなんですかぁ?」
私がそういうと、京子さんはふふんと笑って言う。
「だって、明日香ちゃんは仕事にかけるオンナ、じゃないでしょ?だったらオトメの悩みは恋以外にないじゃないの?」
……大きく外れていないって言うのがつらい。
というか、春日センパイの事は、アレから気にはなっているけど、恋してるのとは、また違うと思う。
あの後、私が出社したら、課長に呼び出され、「やめないで欲しい」と頭を下げられた。
色々聞いたら、やっぱり打ち合わせというのは口実だったという事。
事が事だけに騒ぎを大きくしたくないとの事で、盛岡センパイは体調不良という事で、プロジェクトリーダーを外れ、私には、当別ボーナスと特別休暇が頂けるらしい。
まぁ、私としても、あまり蒸し返されたくない事でもあったので、もらえるものはしっかりと貰って、その件はなかったことにしたのだが……。
「失礼ですねぇ、こう見えても悩み多き年頃なのですよ?」
私は、脳裏に浮かぶ春日センパイの姿を振り払い、京子さんにそう反論する。
「ふーん、で、相手は誰?」
「……聞いてないですね。」
私はそれ以上反論する気はなくなり、話題を変えることにする。
「それより、忘年会の話ですよぉ。なんかやれって、なにすればいいんですかぁ?というよりまだ夏ですよ?忘年会の話って早くないです?」
私がそういうと、京子さんが笑いながら言う。
「ウチは、これから忙しくなるからねぇ、今の内に言っておかないと忘れちゃうのよ。」
「今の内……って、忘年会シーズンまで、4か月以上あるんですよ?いくらなんでも……。」
……私はこの時、本気でそう思っていたのだけど、その後、京子さんが笑っていた意味を知ったのは、その忘年会直前になってからだった。
◇
「……そう言うわけだから、今の内に考えておかないと、苦労するのよ。」
私は、遅めのお昼休憩の時に、新入社員の女の子にそう諭す。
あれから1年が経ち、私にも、後輩が出来た。
その後輩に、伝統になった「早すぎる忘年会の出し物の告知」をしている所だ。
そして、1年も会社に居ればわかってくる……この行為に、まったく意味のない事が。
「成程ぉ、それが「アスにゃん」誕生秘話なのですね。」
「……あのね、めぐちゃん、私がいつ「アスにゃん」の話をしたのかなぁ?」
ww太氏は、キャッキャと笑う新入社員を嗜める。
「だってぇ、準備の時間がなくて、昔の冬コミに使ったコスを流用して誤魔化そうとんでしょ?」
「コス、言うなぁっ!……」
そう、あの時の私は、忙しさのあまり、思考がおかしくなっていたのだ。
「忘年会って、要はお祭りよね?」
そんな風に考えた、当時の私を殴ってやりたい。
……まぁ、そのおかげで、春日センパイとの距離が縮まったのも確かなんだけどね。
「それより、今日、でしたよね?」
「うん、今日こそ先輩を口説き落とす。」
「頑張ってくださいねぇ。」
「ウン、頑張るよ。」
いつも定時に帰るセンパイを口説き落とすため、私は今日一緒に帰ることを決めていた。
その時間を確保するために、めぐちゃんを始めとして、何人かには少し負担をかけているけど、センパイさえ口説き落とせば、充分お返しが出来る。
去年のあの事件の後から、私はセンパイの事を見てきた。
すると、今までの悪い噂に隠されてきたものが見えてくる。
センパイの関わっているプロジェクトが堕ちたことは一度もない。
それどころか、その時のプロジェクトリーダーは、必ずと言っていいほど、重要で、一番時間がかかる部分を、センパイに押し付けている。
にもかかわらず、センパイは、普段通りやる気を見せず、定時で帰宅し、それでいて自分の仕事をこなすどころか、他人のフォロー迄さりげなくしていた。
……まぁ、フォローしてあげてるのは女の子に限定しているのが、なんとなくイラつくんですけど。
勿論、私も何度か一緒のプロジェクトになったこともあり、フォローも十分してもらったこともある。
ただ、私の場合、他の人よりセンパイに絡んでいたから、より一杯フォローを受けていた。
……アスにゃんを見せてからは、何も言わなくても、別チームでも、フォローしてくれているのは、「あすにゃん」がお気に召してもらえた証拠だと追うけど……ちょっと複雑。
とにかく、現在、私が携わっているプロジェクトがヤバい。
どれくらいヤバいかというと、このままいけば、締め切り前1週間は、乙女がおふろにも入れずに会社で泊まり込まなければいけない、というぐらいヤバい。
そして、そんな事になろうものなら、めぐちゃんを始め、私以外の女子社員は、まず退職するだろう。……ってか、私だって、春日センパイの事が無ければ辞めるに違いない。
そんな目に合わないように、私はは今日、春日センパイにヘルプを頼む役目を仰せつかったのだ。
……まぁ、そのついでに、センパイとの関係をすすめてもいいよね?
………。
そんな下心を抱いて、センパイとのデート?に臨んだのだけど……、
……マズい、飲み過ぎてクラクラする……。
ちょっといい雰囲気のレストランで食事でもして、それから……と考えていたのに、気付けばセンパイの部屋で、センパイの手作り?の食事も頂いて……。素面じゃいられないよぉ。
……ダメだぁ……酔って何をしゃべったか覚えてないやぁ……。センパイの顔が近づいて来る……、キスされちゃうのかな?かな?……あ、されてる……、センパイ好きぃ……。
私が覚えているのはそこまでだった。
気づいたら、私はベッドに寝ていて、センパイは机に向って何かしてる……。
……普通、ここで放置なんかする?センパイのヘタレ!
まだ、アルコールが残っている頭の中で、センパイに毒つきながら、私はそのまま、再び意識を手放す。……なんだか、センパイに抱きしめられている気がした……。
◇
「………うん、確かに、センパイの部屋のベッドで寝てたはず。」
私は、そう声にだしてみる。
……うん、現状が変わらないのは分かった。
周りは一面の森。
そして、何故か頭に生えた猫耳。自分で触っても確かに感触がある処から、これはカチューシャでもつけ耳でもない本物だという事が分かる。
頭の中によぎる「異世界転移」という言葉。
「あぁ、うん、これがそうかぁ。」
ラノベでよく疑似体験をしたが、実際自分の身に起きれば……。
「迷惑以外の何物でもないわね」
アレは、社会に対し、何の責任もない学生やニート達だから喜べるのであって、重要なプロジェクトにかかわる身としては、無断欠勤の所為でどれだけ迷惑をかけるか?と考えるだけで恐ろしい。
それ以上に……。
「クゥッ、愛する二人を引き裂く神様なんて……あったら絶対責任取らせてやるっ!」
そう大声で叫んでみる。
……まぁ、私の片思いなんだけどさ。
でも、記憶違いじゃないなら、センパイ、キスしたよね?
って事は、彼氏彼女の関係になるのも時間の問題だった?
そう考えたら、今の状況にムカついてくる。
「……神様のぉ……バカぁぁぁぁっ!」
私は内側からせり上がってくるムカムカを、思いっきり声に乗せて叫んだ。
「ひぃっ!」
突背後から悲鳴が上がる。
振り返れば、女の子が、ナイフとロープを持って倒れていた。
この後の明日香ちゃんについてはまた後日。
次回から、零サイドに戻ります。
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