レイズ国の攻防
城塞レイズの指令塔に、張り詰めた空気が満ちていた。
「――国王様っ!救援ですっ!アスラムの軍が来てくれましたっ!」
扉を跳ね開け、息を切らした通信使が叫ぶ。その声は、戦況報告に慣れ切った将兵たちの耳にも、ひときわ明るく響いた。
「そうか、間に合ったか……」
玉座に腰掛けるシュタイン・ハウヴァー・レイズは、静かに息を吐いた。短い言葉だったが、その声音には、長く胸に押し込めていた重圧が解ける気配が滲んでいた。拳を握りしめていたことに、今さらながら気づく。
――アスラム連邦に加盟した判断は、間違っていなかった。
窓の外では、遠く地平線の向こうに、鉄と魔導の光を反射しながら、踊るように飛ぶ機体。煌めきが走るとともに爆炎が上がる。アスラムのマギアグレイヴ部隊だ。
そしてその後方から姿を現す、黒鉄に輝く巨体……マギアクルーザーレギオン。盟主の旗艦として紹介されたことのある、その威容は、羨ましくもあり、頼もしいものだった。
マギアグレイヴの台頭。
それは本来、この西方に生きる人々にとって、まだ「遠い東の国の出来事」に過ぎなかった。
東から来る脅威に備えるべきだという声はあった。だからこそ、東とあえて手を結ぼうとする旧アスラム・クーデター派の主張も、東の脅威に対抗するために連邦として団結しようとする新生アスラム連邦の呼びかけも、理解はできた。
だが、あくまでも、まだ、遠い国の出来事だと、長らく西方諸国の耳には届かなかったのだ。
だが、シュタインは違った。
レイズ王国のような小国の王であるからこそ、彼は「兆し」に敏感だった。
初めてマギアグレイヴを目にしたとき――巨大な装甲と魔導機関が融合し、従来の戦術を無意味に塗り替える存在を前にして、シュタインは直感した。
(これが主流になる戦場だ)
そして同時に、はっきりとした恐怖を覚えた。
この流れに乗り遅れた国は、生き残れない、と。
ゆえに彼は決断した。
周囲の反対を押しのけ、新生アスラム連邦への早期加盟を明言したのだ。
負担は大きかった。
技術供与の代償、工廠の拡張、資源の再配分――国内では不満と反発が渦巻いた。それでもシュタインは退かなかった。結果として、レイズは他国に先駆け、マギアグレイヴの運用と量産に関するノウハウを手に入れることができた。
そして今。
他国のマギアグレイヴによる侵攻という、最悪の形で「予見」は現実となった。
もし、あの時決断していなければ――量産体制を整えていなければ――今頃、王都ライデンは蹂躙され、占拠され、歴史から消えていたに違いない。
通信装置が低く唸り、接続を知らせる光が灯る。
「……レイズ国王、シュタインだ。レイ殿、此度の救援、心より感謝する」
画面の向こうに映るのは、アスラム連邦の盟主。
シュタインは背筋を正し、はっきりと頭を下げた。その胸には、自らの選択への誇りと、ようやく掴んだ未来への確信が宿っていた。
戦いは、まだ終わっていない。
だが、少なくとも――レイズは、孤立してはいなかった。
◇
「もぅっ!アスカ様も、セシリーちゃんも、わきが甘いんだからぁっ!」
軽やかな、それでいて戦場には似つかわしくない調子の声が、瓦礫に覆われた高台に響いた。
次の瞬間――
乾いた破裂音が一つ。
アスカの背後、低空を滑るように迫っていたギブルフライヤーのコンバーターが、正確無比な一撃に貫かれる。魔導推進器は火花を散らし、機体は制御を失って錐揉み回転しながら地面へと叩きつけられ、爆炎を上げた。
「ほらほら、後ろ後ろ!」
その声とほぼ同時に、カティナは次弾を装填していた。
身を伏せたまま、無駄のない動作で銃身をわずかにずらす。
狙いはセシリー。
否、その背後、瓦礫の陰に潜み、今まさに魔導弾を放とうとしていたゴブロンだ。
引き金。
圧縮魔力弾が空気を裂き、ゴブロンの頭部を直撃する。
次の瞬間、鈍い破裂音とともに肉片と装甲片が四散し、胴体だけが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「……ったく、二人とも目立ちすぎなんだから」
カティナは小さく肩をすくめながらも、口元はわずかに緩んでいた。
彼女の位置は、戦場を俯瞰できる崩れた鐘楼の上。
ジークルーネのもう一つの戦い方――遠距離狙撃に特化した援護戦闘だ。
派手に前線を駆け、剣と魔導を振るう者たちとは対照的に、彼女は影に溶け、静かに引き金を引き続ける。
視界に入る敵を即座に識別し、脅威度を瞬時に判断。
飛行型、指揮個体、狙撃個体――優先順位は明確だった。
また一機、ギブルフライヤーが高度を下げる。
カティナは呼吸を整え、わずかに風向きを読む。
――撃てる。
引き金を引くと同時に、魔導銃の反動が肩に伝わる。
弾丸は機体の関節部を正確に穿ち、空中で不自然な姿勢のまま停止したかと思うと、そのままバラバラに分解されるように落下していった。
「はい、一丁上がりっと」
愚痴は零す。
前線で派手に立ち回る二人のせいで、援護に回らざるを得ないことも、確かに本音だ。
それでも――
カティナは、引き金にかけた指を離しながら、小さく息を弾ませた。
守れている。
自分の一撃で、仲間が無傷で戦い続けられている。
その事実が、何よりも嬉しかった。
次の標的を探しながら、彼女は再びスコープを覗き込む。
戦場の喧騒の中、ただ一人、静かに、確実に。
カティナの戦いは、今日も影の中で続いていた。
◇
「とりあえずは……片が付いたか」
レイはレギオンのブリッジで戦場を見渡し、低くつぶやいた。
爆煙と魔力残滓が漂う中、先ほどまで密度を保っていた敵の包囲網は、すでに形を失っている。
アスカたちの突破は決定的だった。
制空権を確保し、戦線を押し広げ、要所を潰し、敵の連携を断ち切ったことで、包囲という概念そのものが崩壊している。
敵マギアグレイヴの一部は戦線を維持しきれず、進路を反転――逃亡を図っているのが、はっきりと見て取れた。
「……頃合いだな」
レイは短く息を吐き、背後に控える副官へと視線を向ける。
「ケイト、レギオスを借りるぞ」
「はい。お気をつけて、マイロード」
ケイトは一礼し、即座に格納庫へと指示を飛ばす。
重厚な装甲を纏ったレギオスが起動し、魔導機関が低く唸りを上げた。
乗り込んだレイが操縦桿を引くと、レギオスは軽々と飛び出し、戦場へと飛び込んでいく。
――新たな援軍の出現。
その事実は、敵にとって致命的だった。
すでに崩れかけていた士気は、レギオスの威容を目にした瞬間、完全に折れる。
「引け!」「退却だ!」
統制の取れない叫びが飛び交い、マギアグレイヴ部隊は一斉に背を向けた。
逃げる、逃げる、逃げる。
もはや戦線を立て直そうとする意志すら感じられない。
好機と見たレイズ軍は追撃に移ろうとする。
だが、その動きを、レイの声が制した。
『深追いはするな。隊列を保て。これ以上、損害を出す必要はない』
冷静で、揺るぎのない命令だった。
まだ戦いは終わっていない。
ここで無理に追えば、伏兵や反転攻勢を招きかねない。
勝っているからこそ、退く勇気が必要だった。
レギオスの操縦席から、レイは戦場全体を見下ろす。
瓦礫、残骸、そして立ち上る煙の向こうに、退却していく敵影。
――これは、ただの序章だ。
とりあえず危機は脱した。しかし敵を潰したわけではない。
今日の勝利は、流れを掴んだに過ぎないのだ。
レイは静かに目を細めた。
敵はどこだ?なぜレイズを狙った?偶然か、必然か?狙いはどこにある?
わからないことばかりだ。
ただ一ついえる事は、今後、否応なく戦火に飲み込まれて行くという事。
生きるために戦いを強要されていく……それは間違いなかった。
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