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荒廃の魔装騎士《マギア・グレイヴ》  作者: Red/春日玲音


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急変!

「御屋形様っ! 大変ですっ!!」


執務室の扉が乱暴に開かれ、鋭い声が空気を切り裂いた。

書類と地図が散らばる机の向こうで、レイは思わず肩を強張らせる。ほんの一瞬前まで、膝の上に腰掛けたケイトと軽口を交わし、張り詰めた日常から逃げるような時間を過ごしていたというのに、その空気は一瞬で霧散した。


伝令の顔は蒼白だった。息も整わぬまま、報告が叩きつけられる。


アスラム連邦に与する北の小国、レイズからの救援要請。

しかも同時に、ヴォルフガング領内では小規模とはいえ反乱が発生。守備と鎮圧に兵を割かれ、もはや援軍を差し向ける余力がないという。


「……そうか」


短く息を吐き、レイはケイトをそっと降ろした。彼女も状況を悟ったのか、冗談めいた笑みは消え、真剣な眼差しでレイを見る。


「レギオンには、工房で補給を受けた後、速やかにレイズへ向かってほしいとのことです!」


その言葉が終わるより早く、レイは机に広げられた地図に手を伸ばした。視線は南へ、そして北へと素早く走る。

――ここからなら、直接レイズに向かう方が早い。工房に立ち寄れば時間を食う。だが、挟撃の形を取れるのはこちらだ。


「……補給前、か」


一瞬だけ、眉が寄る。懸念は確かにあった。だが、迷いは長く続かなかった。


「構わん。レギオンを南へ向かわせろ。直接レイズに入る」

「はっ!」


即断だった。命令は迷いなく、鋼のように冷えている。


レイズが無事なら、現地で補給を受けることもできる。そう心の中で算段をつけながら、同時に別の名が脳裏をよぎる。

――フラム。


気がかりではある。だが今は、どうしても後回しにせざるを得ない。そう理解しながらも、その「後回し」という判断に、どこか胸の奥が軽くなるのをレイは否定できなかった。


責務と感情、その狭間で一瞬だけ揺れたのち、レイは立ち上がる。


「戦だ。準備を急げ」


その一言で、執務室の空気は完全に戦時のものへと切り替わった。

レギオンは動き出す。南へ、そしてレイズへ。

迫る戦火の只中へ向かって。



レギオンが稜線を越えた瞬間、視界が大きく開けた。

乾いた風の向こう、盆地の中央に広がるのは、レイズの首都ライデン。白壁の都市は要塞化された外郭に守られ、重層的な防衛陣地が幾何学模様のように配置されている。


だが、その外周を取り囲むように、黒鉄の影が蠢いていた。

多数のマギアグレイヴ。アスラム連邦に敵対する部隊だ。地上型を中心とした編成が、都市を締め上げるように包囲している。


「……まだ、均衡は保っているな」


レイは艦橋の前面スクリーンを見据え、静かに呟いた。

ライデンの防衛は厚い。対地砲座、迎撃用結界、即応部隊。いずれもよく整備され、敵は決定打を欠いたまま膠着状態に陥っている。


そして、ライデンにとっての数少ない幸運――

敵軍に、空戦型マギアグレイヴがほとんど見当たらない。


「制空は……取れるな」


レギオンの格納庫には、空を主戦場とする機体が数多く眠っている。

というより、レギオンが空飛ぶ船である以上、空を飛ぶことが出来る機体が多くなるのは当然のことだ。

この戦場条件なら、主導権は握れる。


レイは即座に指示を飛ばした。


「アスカ、セシリー、カティナ。出撃準備。制空権を確保する」


返答は間髪入れずに返ってくる。


――アスカの《シグルドリーファ》。

――セシリーの《ゲルヒルデ》。

――カティナの《ジークルーネ》。


いずれも空戦可能な人型魔装機兵(マギアナイト)しかも各パイロット専用型だ。熟練の操縦者が乗る以上、過剰と言っていい戦力だった。


「敵航空戦力を排除後、包囲網を外側から切り崩す。深追いはするな」


三機が射出されると同時に、青白い推進光が空を裂いた。

雲を突き抜け、陽光の中へ躍り出た瞬間、戦場の空気が変わる。

上空を制した者が、この戦を制する――その原則が、今まさに形になろうとしていた。


レイは一拍置き、別の回線を開く。


「こちらレギオン。盟主レイ・カスガだ。レイズ首脳部、応答せよ」


通信が繋がるまでのわずかな沈黙。その間にも、スクリーンの端では、敵のマギアグレイヴが次々と撃墜されていく光点が映し出されていた。


「救援に来た。これより攻撃を開始し、敵を押し返す」


冷静で、揺るぎない声だった。

包囲された首都の上空で、風向きは確実に変わりつつある。


ライデンは、まだ落ちていない。

そして今、反撃の時が訪れようとしていた。



雲海を切り裂くように、シグルドリーファが舞った。


ピンクがかった白銀――淡い薔薇色を宿した装甲が陽光を弾き、きらめきながら空を翔ける。その美しさとは裏腹に、挙動は苛烈で、獲物を逃さぬ猛禽そのものだった。


「遅いっ!」


アスカの声と同時に、機体が急降下する。

敵のマギアグレイヴが慌てて機首を上げた瞬間、すでに射線は外れていた。


シグルドリーファは三次元機動を限界まで引き出し、空中で鋭角に反転。推進器が唸り、空気が悲鳴を上げる。敵機の背後――死角に回り込むまで、わずか一瞬。


光条が走った。


白銀の刃が振るわれるように、ビームブレードが敵機を薙ぎ払う。

装甲は抵抗する間もなく裂け、マギアグレイヴは火球となって墜ちていった。


「まずは一機!」


アスカは次の獲物へ視線を移す。


敵編隊が散開し、包囲を試みるが、その動きは鈍い。地上戦を主とする機体では、高高度・高速域での追従など不可能だった。


シグルドリーファが宙を滑るように加速する。

残像を残し、ピンクがかった白銀の閃光が敵陣を横断するたび、マギアグレイヴが次々と切り裂かれていく。


機関砲の曳光が背後をかすめるが、当たらない。

当たるはずがない。


「ほらほら、どうしたのっ!遅いのも嫌われちゃうゾ♪」


軽やかな言葉とは裏腹に、動きは冷酷だった。

敵機の上を取り、下を取り、重力すら味方につける。


最後の一機が逃走を図った瞬間、シグルドリーファは上空から急降下。

太陽を背負い、白銀の翼が影を落とす。


一閃。


ピンクの光が空に花開き、敵機は粉砕された。


爆炎の向こうで、シグルドリーファは優雅に減速し、再び空を支配する位置へと舞い上がる。

煌めく装甲には、傷一つない。


アスカのドックファイトは、戦闘ではなく――

制空権を奪い取るための、圧倒的な“舞踏”だった。



「ほぇぇ~、アスカセンパイ、張り切ってるぅ。私も負けてられないね。ここで活躍して、御屋形様にご褒美をもらうんだからね」


のんびりとした声音が通信に流れる。

だが、その声とは裏腹に――セシリーの瞳は、真っ直ぐ戦場を捉えていた。


ゲルヒルデが前進する。

重厚な機体は、シグルドリーファのような軽やかさこそないが、空を割る安定感は圧倒的だった。推進器が低く唸り、機体が戦闘高度へと滑り込む。


本格的な実戦は、これが初めて。

胸の奥に、確かに緊張はある。だがそれを悟らせぬよう、セシリーはあえて軽口を叩く。呼吸を整え、指先の感覚に意識を集中させる。


「よーし……来た来た」


正面から迫る敵マギアグレイヴ三機。

迎撃態勢を取る間もなく、ゲルヒルデの主砲が火を噴いた。


轟音。

空気が震え、眩い閃光が直線を描く。


一射で、一機が蒸発した。

装甲も、機体構造も、抵抗という概念を許されず、光の奔流に呑み込まれる。


「……あ、当たった」


驚いたように呟きながらも、セシリーの操縦は止まらない。

即座に姿勢制御、次弾装填。敵の反撃を予測し、射線をずらしながら高度を変える。


敵のフレアボムがかすめる。

だが、ゲルヒルデは揺るがない。


「火力勝負なら、負けないんだからっ!」


副砲が連続して咆哮する。

広範囲に拡散する弾幕が空域を覆い、回避行動を取った敵機を強引に押し潰す。


二機目が爆散。

三機目は逃げようと旋回するが、その背を逃さない。


セシリーは、ほんのわずかに操縦桿を引いた。

精密な計算のもと、ゲルヒルデが角度を修正する。


「えいっ」


短い掛け声と同時に、最大出力。

主砲の一撃が敵機を貫き、空に火の花を咲かせた。


残骸が落下していく中、ゲルヒルデは悠然と空域を制圧する。

初陣とは思えぬほど大胆で、そして正確無比な戦いぶり。


セシリーは小さく息を吐き、にへらと笑った。


「ふふ……これ、意外と楽しいかも」


その背後で、制空戦は確実に決着へと向かっていた。

それを確認すると、セシリーは地上に降り、城壁の前へと立ちふさがる。

ここから先は通さない。

彼女はもう、守られるだけの存在ではない。

ゲルヒルデと共に、守る側の一人の戦士として、堂々と戦場に立つのだった。

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