雪の国のお姫様 その3
レイの目がわずかに細まった。
「面倒なことになったな。」
彼は躊躇なくフラムの肩をつかみ、騎士型マギアグレイヴ――アルテーの胸部ハッチへと押し込んだ。
「きゃっ……!?」
狭い操縦席の補助シートに押し込まれ、フラムは目を白黒させる。
「質問はあとだ。死にたくなきゃ黙って座ってろ。」
レイはそう言うと、自分もコックピットに飛び乗り、シートをロックした。
魔核が唸り、装甲が震え、アルテーの背部推進器が青白く光を帯びる。
地面が吹き飛び、周囲の土煙が一気に散った。
騎士型マギアグレイヴが重量を無視したかのようにふわりと浮き、次の瞬間には轟音とともに空へ跳躍する。
「ま、空の上ならしばらく追いつかれねぇだろ。」
レイが軽口を叩いた直後、遠方から複数の魔力反応――敵の群れが迫る警告音が鳴り響いた。
フラムは安全ベルトを握りしめながら、胸の鼓動が止まらないのを感じていた。
アルテーが大気を裂いて上昇する。
推進器の轟音がフラムの鼓膜を揺らし、体は座席に押し付けられた。
「きゃあっ――!」
視界が一瞬で地平から雲へと切り替わる。
「しっかり掴まってろ。振り落とされても拾いには戻らねぇぞ。」
レイが軽く笑う声。
冗談のようでいて、その手はすでに操縦桿を正確にさばいていた。
レーダーが警告音を連打する。
二十を超える敵影が空中に散開、編隊を組みながらアルテーを追う。
フラムの目には黒い点が次々と広がり、不気味な光を放つマギアグレイヴの機影となるのが見えた。
「来るぞ。」
レイの言葉と同時に、空を裂く魔光弾が雨のように降り注いだ。
機体が大きく横滑りし、視界が斜めに傾く。
「ひっ――!」
フラムはベルトを握りしめ、必死に悲鳴を飲み込んだ。
アルテーは機体を翻し、逆噴射で急停止すると、そのまま背面飛行に移る。
追撃してきた敵の一機が進路を誤り、青白い光刃で切り裂かれるように爆散した。
「一機。」
レイがまるで数取りのように淡々と呟く。
さらに敵機が左右から迫る。
アルテーの腕部に固定された長剣がすれ違いざまに、短い閃光をきらめかせる。
標的が次々と火花を散らし、墜ちていく。
「どうなってるの……こんな速さ……!」
フラムは恐怖で体を固めながら、初めて見る本物の“戦い”に目を奪われた。
恐ろしいのに、視線を逸らせない。
しかし、敵の数はまだ多い。
四方から挟み撃ちを仕掛けるように陣形を変え、残りのマギアグレイヴが包囲網を狭めていく。
「ちっ、数だけは揃えてやがる。」
レイは唇の端を吊り上げると、機体を急降下させ――次の瞬間、再び急上昇しながら敵の中央へ突っ込んだ。
「きゃぁぁぁぁぁっーーーーーーっ!!」
振動でフラムの体はシートごと浮き、思わず悲鳴を上げる。
「まだ落ちたくねぇだろ?もう少し我慢しろ!」
冗談めかした声が返ってくるが、少女には笑う余裕などない。ただただ震えながら、レイの邪魔にならないようにと身を縮こませるのだった。
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敵の数が圧倒的になり、アルテーの周囲で爆炎と閃光が交錯する。
「くっ……数が多すぎる!」
当初の20機……その半数以上を落としたはずだ。しかし敵の数が一向に減る様子はない。
敵も、こちらの戦力を脅威と見たのか、増援を呼んだのだろう。
「だ、大丈夫なの……。」
フラムの声は、恐怖と緊張で震えていた。
その時――視界の端に、今までとは違う動きが映る。
濃緑の装甲に赤い縁取り、仮面を付けた操縦者が乗る、新型マギアグレイヴが悠然と現れた。
「――これは!」
レイの表情が引き締まる。
攻撃パターンがこれまでの敵と明らかに違う。高速で旋回し、魔光弾を正確に放ってくる。
「くそっ!」
あの機動力に対抗するには、騎士剣以外の外部装備を持たない今のアルテーにはいささか厳しいものがある。しかも、フラムというお荷物迄抱えているのだ。
アルテーは被弾し、背部推進器が炎を上げる。
制御が一瞬乱れ、巨大な機体は不安定に揺れながら――近くにある森……、嵐の森と呼ばれる樹海へと墜落していった。
樹々が折れ、土煙が立ち上る。
フラムはシートに押し付けられ、顔を覆う。
「ひっ……いやっ……!」
新型機が追撃しようと前方に進む。
だが、空を切り裂く鋭い魔力反応が二筋、現れた。
「――間に合った?」
空から響く声。
同時に、アスカのシグルドリーファが旋回し、赤い光弾を次々と放ち、周りのマギアグレイヴを撃ち落としていく。
新型機はカティナのジークルーネとセシリーのゲルヒルデ、そしてケイトのレギオスに囲まれ、攻撃の隙を突かれて防戦に回らざるを得ない。
「撤退するぞ!」
仮面の男はそう言い放ち、遠くの空へと逃げ去った。
◇
森の上空は静寂を取り戻す。
しかし、地上にはアルテーの機体残骸と、揺れる木々、立ち込める煙――戦いの跡だけが残された。
フラムはまだ心臓が止まらず、息を整えながらも、胸の奥で安堵がわずかに膨らんだ。
「……助かった……」
だが、戦場の上空で見た恐怖と、新型機の存在――。
少女の胸には、まだ戦いが終わったとは言えない重みが残っていた。
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嵐の森の木々に囲まれ、アルテーの機体は地面に沈むように横たわっていた。
木の葉がざわめき、樹間から差し込む光が揺れる。土と焦げた金属の匂いが漂う中、フラムは小さく肩を震わせて座っていた。
「しばらく動けそうにないな。」
レイは機体の外装を確認しながら淡々と言った。
「魔核の再起動に時間がかかる。俺たちがここにいる場所は、安全圏とは言えないが……まぁ、しばらくはこのままか。」
フラムは視線を手元に落としたまま、声を震わせる。
「そ、そうですか……二人っきりで……ここで……」
言葉が途切れ、彼女は小さく息をつく。
胸の内で、先ほどの戦闘の恐怖がまだ残っているのだ。
フラムは身を縮こませながらレイを警戒する。
「……あ、あの、あまり……近づかないでください……」
小さな声で言いながらも、手は膝の上でぎゅっと組み、体をわずかに後ろに引いた。
レイは眉をひそめ、少し首をかしげる。
「……そんなに警戒しなくても襲いやしないぞ?」
その口調は軽く冗談めかしているが、目は真剣だった。
「え、ええ……でも……だって……この森で二人きりですし……」
フラムは顔を半分背け、声を震わせる。
「……殿方は……その……戦いの後は気が高ぶると…………その……女性の身体で、それを鎮めると……その……」
言葉が途切れ、手は無意識に膝の上で握りしめられた。
レイはふと顔を上げ、彼女を見た。
「……襲ったりしないから安心しろ。」
その口調は軽く冗談めかしているが、目は真剣だった。
「そ、そんなこと……」
フラムは慌てて顔を背ける。
心臓が早鐘のように打ち、両手は膝の上でぎゅっと組まれていた。
「でも……どうしていいか……わからなくて……」
「まあ、今は身動き取れないし、落ち着けってことだ。」
レイは片手を機体に置き、少しだけ微笑む。
森の静寂と、わずかな風に揺れる木々のざわめきが、フラムの胸の不安をより際立たせる。
「でも……」
「……はぁ……いいから落ち着け。」
レイは機体の一部に片手を置き、淡々と告げる。
「今は俺を疑ったところで、動けねぇ状況は変わらねぇ。それに、先ほどの新型を撃退したのは俺の仲間だ。今、俺を探しているだろうから、少し待てば救援が来る。だからそれまで大人しくしててくれ。」
フラムは小さく息を吐き、目をぱちぱちと瞬かせる。
体は硬直したまま、視線だけはレイから離さず、警戒を解かない。
恐怖と緊張で心臓が早鐘のように打ち、体中の力が抜けない。
「……わかりました……」
小さく頷き、フラムはゆっくりと息を整える。
恐怖はまだ完全に消えたわけではないが、少しずつ落ち着きを取り戻し、目の前の人物――戦場で救ってくれた彼――を信じようとする心が芽生え始めていた。それでも……。
「……信用してもいいのかな……本当に……」
少女はまだ不安の中で小さく呟いた。
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森の薄暗い影の中、フラムはじっとレイを見つめながら、声を震わせる。
「……あの……どうして助けてくれたんですか?」
静寂の中沈黙を破る様に声をかけてくるが、その手を膝の上でぎゅっと握りしめ、視線を逸らさずに問いかける。
レイはアルテーの損傷箇所を点検しながら、軽く肩をすくめる。
「……偶然見つけただけだ。別にお前のために来たわけじゃねぇ。」
フラムは目を見開き、なおも必死に食い下がる。
「でも……でも、私、命の危険が……護衛が……みんな……!」
声が小さくなる。恐怖と不安が混ざり、涙がわずかに光る。
レイはため息をつき、頭をかすかに振る。
「……わかった、わかったって。後で聞いてやるから大きな声を出さないでくれ。」
しかし、フラムの問いかけは止まらない。
「どうして、あんな敵が現れたんですか? なぜ私を狙ったんですか? あの仮面の男は……!」
「……ちょっと黙れっての……」
レイの声が少し荒くなる。あまり騒げば、魔獣が寄ってくるかもしれない。修復中のアルテーはまだ動けないのだ。こんなところを襲われたら……
しかし、そんな事が分からないフラムは、怯えながらも止まらず、必死に声を震わせている。
「でも……でも……!」
とうとう、レイはフラムを振り返り、眉間に皺を寄せ、口を固く結んだ。
「……じゃぁ、勝手にすればいい。別に助ける義理もないしな。」
短く突き放すように言い放ち、再びアルテーの修復作業に没頭する。
森のざわめきと、焦げた機体の匂いだけが二人を包む。
フラムはその言葉に胸をぎゅっと掴まれたような感覚を覚え、言葉を失う。
「な、なんで……なんでみんなそう言うのよぉ……!」
フラムは膝を抱え、声を震わせながら泣き叫んだ。
「なんで、みんな……護衛も、侍女も……みんな私を……いじめるのーっ!」
ヒックヒックとしゃくりあげながら叫ぶフラム。
「いつだって、そう。誰も話なんか聞いてくれない。私はいつも独りぼっち……なのに自分たちの都合のいい時だけ……何で、何でみんな私を虐めるのよぉーっ!」
フラムの声は森の木々を突き抜け、嗚咽と怒りが混ざった叫びとなって響く。
感情の爆発に、彼女自身も制御できず、体が小刻みに震えた。
一方、レイは慌てた。
こんなところで、感情を剥き出しに叫ばれては、魔獣や危険な生物が引き寄せられるかもしれない――頭の中でその最悪の可能性がよぎる。
どうにかしてフラムを静かにさせなければ、と考えながらも、言葉は全く出てこなかった。
迷いは一瞬だった。反射のように、レイはフラムに歩み寄り、その細い体をしっかりと抱きしめた。
そして、感情が制御できずに叫び続ける少女の口を、自分の唇で塞ぐ。
フラムは一瞬戸惑い、ぎょっと目を見開く。
だが、抱きしめられた安定感と、唇から伝わる、レイの暖かな気持ちがフラムの心を落ち着かせ、やがてその身体から力が抜ける。
森の静寂が戻り、二人の間に張りつめていた緊張が、わずかに和らいだ――ように感じた。
フラムの小さな体は、まだ震えていたが、先ほどの怒りの爆発ほどの勢いはなくなっていた。
レイに抱きしめられている、包み込まれている、という安心感がフラムの心の奥に芽生える。
「……ひ、ひっ……」
小さな嗚咽だけが漏れる中、フラムは目を閉じ、呼吸を整えようとする。
頬にはまだ涙の跡が残り、肩はわずかに揺れていたが、次第に落ち着きが戻ってきた。
レイはフラムの頭に軽く手を置き、ゆっくりと力を抜く。
抱きしめた腕を完全に離すわけではないが、少女が自ら呼吸を取り戻す余裕を与える。
「……もう、大丈夫か?」
レイの声は低く、少しだけ柔らかさを帯びていた。
フラムは顔を背けるようにして、小さく頷く。
「……えっち……」
かすれた声でつぶやくフラムに、レイは特に返答せず、ただその横顔を見守る。
言葉はなくとも、互いの存在が、この森の中でのわずかな安心をもたらしていた。
木漏れ日が揺れる森の中、二人は沈黙のまま時間を過ごす。
まだ不安は完全には消えていないが、恐怖に押し潰されそうだった少女と、無言ながらも守ろうとする青年の距離は、確かに少しだけ縮まったのだった。
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フラムはまだ少し震えていたが、先ほどの叫びから落ち着きを取り戻し、慎重にレイの横顔を見上げた。
「……その、あの……あ、さっきは……その……ごめんなさい……」
声はかすれているが、以前のような必死の警戒は和らいでいる。
レイは肩越しにちらりとフラムを見て、軽く肩をすくめた。
「……まあ、落ち着いたならいい。」
言葉少なだが、少しだけ安堵が混じる声だった。
フラムは勇気を振り絞るように、小さく頷き、さらに尋ねる。
「ねぇ……あの、あ、あなたは……何者なの?」
「……それは、後で説明する。」
レイは手を止めず、アルテーの機体の修復を続ける。
フラムはそれでも食い下がり、質問を重ねるが、レイの邪魔だけはしないようにと気を使う。
少しずつ口調も落ち着き、普通の会話のようになってきた。
だが、その穏やかな間も束の間、森の奥から重低音の唸り声が響く。木々が揺れ、地面が震える。
「……くっ……魔獣か!」
レイはフラムの手を引き、アルテーのコックピットに二人で駆け込む。
森の影から巨大な魔獣が現れ、アルテーに襲いかかる。
衝撃で機体が揺れ、フラムは思わず目を閉じる。胸の奥まで凍りつく恐怖が走った。
レイは必死に操縦桿を握り、衝撃を凌ぐが、動けない機体は大きく揺れ、被害は避けられない。
「せめて……フラムだけでも!」
レイは緊急回避を試みる。だが、魔獣はあまりに大きく、攻撃は続く。絶体絶命の状況だった。
その時――魔獣が突然、背後に倒れ込む。
森の薄暗がりの向こう、銀色に光るマギアグレイヴが立っていた。
胸板に反射する光、精緻な装甲――その姿は、間違いなくシグルドリーファだった。
フラムは目を見開き、息を呑む。
しかし、レイはその姿を見て、一気に安心する……助かった、と。
「せんぱーい、やっと見つけたよぉ。」
のんきな声が降ってくる。
色々な意味で、ギリギリの淵に立っていたレイにとって、銀色の影は確かな希望だった。
ご意見、ご感想等お待ちしております。
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