新生・アスラム王国 その1
アスラム王国の南西部に位置する、ヴォルフガング辺境伯領改め、新生アスラム連邦。その中央に位置する首都「アスラム」。
中央に仮の宮殿が急ぎ建築され、その玉座の間にて儀式が執り行われていた。
白亜の石で仮組みされた大広間は、まだ乾ききらぬ漆喰の香りが漂い、建築の急ごしらえを物語っていた。それでも、空間を満たす荘厳な沈黙と、整然と並ぶ旗印の数々が、この場に相応しい威厳を与えていた。
玉座の間の中央――ひときわ高く設えられた階段の上に、暁を思わせる深紅の絨毯が敷かれ、その先に輝く王冠が据えられていた。群衆の視線がその一点に集まる中、儀式の進行役が厳かに宣言を重ね、やがて、冠がその若き頭上に置かれると、静寂が一瞬破れた。
「――アスラム連邦、初代盟主、レイ・カスガ!」
その言葉とともに、空気が震えるような拍手が鳴り響く。だが、その音の中には、素直な祝福だけではない感情も混じっていた。面を伏せた貴族が悔しげに唇を噛み、他国の使節は冷静を装いながらも、鋭くレイの一挙一動を観察している。新たな権力の誕生に、誰もが何らかの計算を始めていた。
レイは、戸惑いの混じったまなざしで玉座を見つめた。一歩、また一歩と階段を上がり、ゆっくりと腰を下ろす。
まるで、茶番だな。そう思いながらも、玉座から周りを見回す。
ここに集まった者達は、それぞれの思惑はあるにせよ、少なくとも、ドランのラー帝国に脅威を抱いていることは間違いない。
今までは、まとめるものがいなく、勝手バラバラで各個撃破される未来しか見えなかったが、これからはアスラム連邦が軸となり、ドランに対する一大勢力を築き上げるのだ。
そのためには……。
玉座の間を満たしていた拍手と囁きが静まり返る中、レイは静かに立ち上がった。黄金と紅の織り交ぜられた新たな装束が、陽光を受けて鈍く光を放つ。彼の視線はまっすぐ前を見据え、まるでこの瞬間こそが、己の使命であるとでも言うように、迷いはなかった。
「――聞け、民よ。聞け、諸国の使者たちよ!」
その声は、かすかに若さを残しながらも、鋼の芯を秘めて広間を震わせる。沈黙の中に、張り詰めた緊張が走った。
「我らが敵は、ドランのラー帝国。あの侵略者は、ただの一都市や一王国を飲み込むだけでは飽き足らず、この南西全土を焼き尽くすつもりだ!」
その言葉に、数名の貴族がざわめいた。だがレイは一歩前へ踏み出し、その場の空気を意志の力でねじ伏せるように続けた。
「この脅威に立ち向かうには、我ら南西諸国が手を取り合わねばならない。民族や風習の違いに惑わされている時ではない。我らの血が流される前に、意志を一つにせねばならぬ!」
レイの声が高まるとともに、その背後の旗印が風もないのに揺れたように見えた。
「だが――!」
一瞬、間を置き、鋭く空気を切り裂くように言い放つ。
「それでもなお、分裂を望む者がいるならば。我らの呼びかけに背を向け、覇権を拒む者がいるのならば!」
レイの眼差しは、集まった諸国の使節たちをまっすぐに見据える。
「我らは、武をもってこれを制す。誰かがやらねばならぬならば、それは俺がやる!」
拳を握りしめ、雷鳴のように響く声で最後に言い放った。
「新生アスラム連邦は、南西の盾となり、矛となる! 帝国の脅威を退け、この地に真の秩序と未来をもたらすために、俺は戦う! そして、勝つ!」
その瞬間、静寂を破るようにどこからか始まった拍手が、やがて全体へと広がっていった。だがその中で、黙したままレイを睨む者もいた。称賛と警戒が入り混じる中、レイの宣言は確かに歴史の一節となった――。
戦火を予感させる、激動の始まりとして……。
◇
「お疲れさまでした。」
今は地上お屋敷モードになっている、レギオンの自室に戻ると、ケイトが出迎えてくれる。
「あぁ、めんどくさかったよ。もう二度とやらねぇ。」
レイがそういうと、ケイトはくすくすと笑う。
「旦那様の演説、ご立派でしたわ。」
「いうなよ。……大体、あの内容考えたのお前じゃねぇか。」
「くすくす。でも効果的でしたわ。すでにいくつかの代表が旦那様に面会を求めていらっしゃいます。」
「面倒だな……。アイシアに丸投げでもいいんじゃないか?」
「ダメですよぉ。アイシアさまは旧アスラム派を押さえに入っていますので、手が離せないかと……。むしろ「暇なら手を貸して」、と言ってくることでしょう。」
「ハン、そんなもの、ヴォルフガングのおっさんに手伝ってもらえと言っておけ。それでも足りなきゃパパやおにいちゃんをこき使えってな。どうせ、近いうちに一戦交えることになるんだ。それからでも遅くないだろうに。」
レイは面白くなさそうにそういうとケイトは苦笑する。
「戦争で結果が出た後では、立場が明確になってしまいますからね。その前に引き込みたいお方がおられるのでしょう。」
「ご苦労な事だな。まぁ、アイシアの身の回りには気を付けてやってくれ。」
「大丈夫ですよ。ルーシーさんが常に一緒にいますし、メイド隊からも、マギアナイトとしての素質があるものを何名かつけてあります。」
「ならいいけどな……。それより面会だっけ?」
「はい、こちらが一覧になります。」
レイはケイトから資料を受け取り、目を通す。
しばらくしてから、その資料に印をつけてケイトに返す。
「その印をつけた相手と順番に会おう。それ以外の者は、適当な理由をつけて追い返せ。」
「わかりました……が、理由をお聞きしても?」
ケイトが資料をレイの顔を見比べながら訊ねてくる。
「その印がついているのは、旧アスラムに国境を接する小国や、近隣の領主に、このゴタゴタに紛れて独立した奴らだ。そして、旧アスラム近隣を縄張りにしている大商人たちだな。その印の奴らに共通するのは、旧アスラムの動向次第で、立ち位置が代わる者たちだ。俺達がアスラム連邦を立ち上げたことによって、旧アスラムが揺らぐと大きな損害を受けるからな。情勢が悪そうだと判断すれば、コロッと俺達にすり寄ってくる奴らだ。逆に印がないものは、それ程逼迫しておらず、日和見を決め込んでいる奴らだからな。放っておいても問題ない。」
「なるほど……慧眼御見逸れいたします。」
ケイトはそう言って、部屋を出て行く。
有能なケイトの事だ、一刻もしないうちに最初の面会が始まるだろう。
レイはそう思い、それまでの束の間の休息を楽しむことにしたのだった。
◇
「ねぇ、ルーシー。私って魅力ない?」
「……アイシア、お疲れ?」
そんな事を言い出すアイシアの額にルーシーは手をあて、熱がないかを確認する。
「違うわよぉ……。なんで、レイさんは私のプロポーズ断ったのかなぁって。父上や兄上にあそこ迄大見え切ったのにぃ……。持参金は国よ?何が不満だって言うのっ!」
「うーん、ソレがだめなんじゃないかなぁ?」
重い女は嫌われるよ、とは口に出さず、それとなくダメな理由を口にするルーシー。
「うぅ……やっぱり重い?」
しかし、ルーシーの気遣いを無駄にするアイシア。
「うーん、おにいちゃんから聞いた話だけどね……。」
ルーシーはアイシアに状況の説明を始める。
アイシアのやや強引な働きと、それをバックアップしたレイたちの行動によって、無事「アスラム連邦」が樹立した。
連邦というのは二つ以上の小国が集まり、一つの大きな国として対外に対するののであり、大きなルールは定められているものの、基本的には、その国独自のルールが守られる。
簡単に言えば、大きな敵に対し、国同士が同盟を結んだのと似たようなものだと思ってもらえばいい。
今回の場合は、世界征服を企む、東の大国ラーの脅威に対抗するため、西方諸国で力を合わせて立ち向かおう!という名目で樹立したのだが、色々と問題を抱え過ぎていた。
まず、各国の認識状況の差。
ラー帝国の脅威は耳にするものの、まだまだ対岸の火事と楽観視する国や、逆に、恐怖からラー帝国にすり寄ろうとする国などさまざまであり、本気で危機感を覚え、立ち向かおうと思っている国はごくわずかであった。
それ故に、連邦に参加しようとした国は少なく、さりとて、邪魔するまでもないと放置される中で樹立したのだ。
そういう理由から、アスラム連邦に所属しているのは、主権国家となる「新生アスラム王国」を含めて、僅か4国家の身である。他の3国家にしても、近隣国がラー帝国と誼を結び、マギアグレイヴで軍備を増大していく中、レイたちのマギアグレイヴとレギオンを見て、助けてもらえるかも、という消極的な理由で参加する程度だった。
それに加えて、主権国家であるアスラム王国の現状。
元々のアスラム王国は、現在クーデター派によって統治され、主権国家を名乗る新生アスラム王国は、クーデター派に敗れた敗残兵の集まり、とみなされている。そのようなものが何を言っても、いわば「負け犬の遠吠え」でしかないというのが、連邦不参加の理由にもなっていた。
「それにね、この辺りの地方って、血統主義って言うんだっけ?血筋に拘る人多いんでしょ?」
西方諸国は、古より続く国が多く、それ故に王家の血筋とか古くからある家柄とかに拘る者は確かに多くいる。
「だからね、ここでおにぃちゃんがでしゃばると、「余所者の癖に大きな顔しやがって」とか言われたり、「アスラムは余所者の力を借りなきゃ何もできない」とか言われたりするかもしれないって。」
「そんな……。」
アイシアはルーシーの言葉に息をのむ。
アイシアという正統なる王家の血筋に、レイを取り込むだけなのに何でそんな事……と思いながらも、時期が悪いと思い直す。
これがクーデターなど起きていなければ何の問題もなかった。しかし今このタイミングだと、クーデター派に対抗するためだと、口がさの無いものは言うだろう。事実、その通りであることも否めない。
「だからここは、おにいちゃんがアイシアと結婚して身内扱いされるより、あくまでも協力者であって、アスラムの内覧とは関係ないですよーって立場を貫いた方がいいだろ?って言ってた。………
建前では。」
「そう……レイ様も色々考えてくださっているので……ってちょっと待って、今「建前」っておっしゃいました?」
「キ、キノセイジャナイカナ……。」
ルーシーは視線を逸らし口笛を吹く真似をする。
「うぅ……わたくし、やっぱり嫌われてますの?」
アイシアが瞳に涙を一杯浮かべる。
「そ、そんなことないって。おにぃちゃんはアイシアの事好きだと思うよ。じゃなければ、アイシアの為に、マギアクルーザーを用意しないでしょ?」
マギアクルーザー『ヴァイス』。アイシアの専用艦として建造された白亜の魔導船。
今回のアイシアのアスラム行きの為に急ピッチで建造された。
馬を使って移動するのは時間の無駄でもあるし、何よりマギアグレイヴを搭載して移動する手段は今後、必要不可欠になる。
現在、ヴァイスと同型艦がアスラム連邦主導で建造されつつあった。
「そ、そうかな?本当にそうなのかなぁ?」
アイシアがルーシーの顔に近づいて尋ねる。
「近い、近いよ、アイシア。おにいちゃんはアイシアのこと好きだよ。……ただ面倒に思っているだけで。」
「やっぱり面倒な女って思われてるんだぁー!」
わぁッと、泣き伏せるアイシア。
「あのぉ、ルーシー様、あまりアイシアさまを虐めないでください。」
「えっと、ボク、イジメてる?」
ほんとの事を言ってるだけなのにぃ、と頭を掻きながら、そろそろ目的地という事で、マギアグレイブの格納庫に向かうのだった。
次回から戦闘パートになる……かな?
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