邂逅 その7
「来たか、レギオン」
レイの呟きは風に消えた。だが、その声が届くまでもなく、空はすでに割れていた。
灰銀の雲を裂き、無音の雷鳴のように、鋼の巨影が降下する。
巨大なフレームに刻まれたシンボルは、まるで戦場そのものに意志を刻むかのように煌めき、推進器の残光は尾を引いて流星のごとく戦場を貫いた。
マギアクルーザー"レギオン"。
多重装甲の装いに、無数の砲門。船体全体に張られた魔力障壁は、マギアグレイブの標準装備のフレイムボム程度はたやすく弾く。
火線が交錯する中、レギオンは傷一つ受けることもなく、逆に冷徹な戦術演算のもと、寸分違わぬ精度で敵を排除していく……もはや戦いではないというより、流れ者の盗賊など、はなから相手になら荷のだ。
自分が設計したとはいえ――
否、自分だからこそわかるのだ。
この存在は、自分の想像すら凌駕している。
「……美しいな」
思わず漏れたその言葉に、誰も気づく者はいなかった。
なぜならその瞬間、戦場にいたすべての者が、ただ圧倒されていたのだから。
レギオン――戦場を統べる者、その名に恥じぬ降臨であった。
「せんぱぁぁぁいっ!」
レギオンから飛び出したマギアグレイヴが、レイを目指して飛んでくる。
アルテマΔ……個体名「シグルドリーヴァ」。
操縦者はもちろんアスカだ。
シグルドリーヴァは、近くで防衛していたライオットの乗るゴブニューを軽く弾き飛ばし、レイの傍に降り立つ。
……って言うか、そのゴブニュー、味方だぞ?
レイは、苦笑しながら降りてくるアスカを出迎える。
ルーシーとアイシアは、一体何が起きているのか、状況に着いて行けず、ぽけーっと、レギオンを見上げている。
レギオンから降りてきた者達が、生きのびた盗賊たちを拘束している……。
こうして廃墟都市リーヴェルを巡る争いは終焉を迎えたのだった。
◇
「御館様っ!」
その声は、抑えきれぬ感情の奔流だった。
瞬間、ケイトの身体は自然と動いていた。形式も、立場も、今は関係ない。
ただ、あの人が――御館様が、生きて帰ってきた。それだけで、世界がひっくり返ったようだった。
視界に映ったその姿は、記憶よりも少し痩せて、少し険しくなっていた。
けれど、確かに“レイ”だった。
この三年、何度夢に見ただろう。そのたびに目覚め、ただ業務に戻る日々。
皆の前では毅然と、冷静に振る舞ってきた。だが内心では、どれほど泣きたかったか――
ケイトはレイの胸に飛び込む。
気づけば腕は彼を抱きしめていた。頬に伝う熱いものが、自分の涙であると理解したのは、随分あとだった。
「……お帰りなさいませ」
声が震える。喉が詰まる。それでも言わずにはいられなかった。
彼が生きていた。ただそれだけで、あらゆる苦労と孤独が報われた。
カスガ領に襲い掛かってきたベラムの配下。
そういう可能性もあると、レイより指示を受けていたから迷わず緊急避難プログラムを走らせた。
逃げ出せたのは屋敷で働く使用人たちと周辺にいたわずかな手勢のみ。
あてのない旅路に、襲撃に備える日々、荒れていく乗員の心……耐えきれず逃げ出すものもいれば、新たに仲間として迎え入れる者もいる。
重責を担い、仲間たちを支え、御館様が帰る日を信じて前に進んできた。
辛くなかったと言えば嘘になる。けれど、信じてよかった。信じ抜いて、本当によかった。
彼の香り。体温。鼓動。
――夢じゃない。
それを確かめるように、もう一度、強く抱きしめる。
その背中を見て育った若いメイドたちも、ケイトの背を追ってレイの元へ駆け寄っていた。
微笑みと涙が入り混じる、さながら春の嵐のような光景の中――
ケイトは、初めて心から、安堵の息を漏らすことができた。
「……ようやく、戻ってきてくれたのですね、御館様」
そう呟きくケイトの瞳からは、とめどもなく涙があふれていた……。
◇
「お見苦しいところを見せて申し訳ございません。でも、あの……」
レイの膝の上で、ケイトが真っ赤になって俯く。
「メイド長、真っ赤。」
「メイド長可愛い。」
「御館様の膝の上、いいなぁ……。」
回りのメイドたちが、そんなようなことをボソボソと囁いている。
ここはレギオン内部、居住区の中にあつらえられた応接室。
この後、主だったものたちがここに集まり、ブリーフィング……と言うか情報交換をすることになっている。
それまでの空いた時間を、こうして、頑張ってくれたケイトを甘やかして労っているというわけなのだが……。
因みに、他のメイドたちも、一つだけ要望を叶えることになっているので、ケイトだけを特別扱いしているわけではない。
「はぁ、でもびっくりよねぇ。まさかあのお屋敷が丸々レギオンの中に入っているなんてさ。」
アスカが呆れた様に言う。
「どうだ、凄いだろ?」
レイは、ケイトの頭を撫でながら、アスカに自慢げな顔を向ける。
元々レギオンは、「ぼくのかんがえたさいきょーのふね」から設計思想を貰っており、当然その中には無茶なことも含まれていた。
そのうちの一つが、「今の屋敷を丸々居住区として使う」というものだった。
「平時はただのお屋敷、その実、何か事が起きればマギアクルーザーに変形する」という、バカな設定を可能にしたのは、実はケイトのお陰だった。
ケイトは数世代前にハイエルフの先祖を持つ、アンコモンとのミックスだった。
エルフ独特の外見である耳の形も、コモン人にしては少し尖っているかな?という程度であるので、誰も知らなかったのだが、ある晩、酔ってその話をしたところ、ケイトも酔っていたのか、「じゃぁ、それ実現しちゃいましょ。」と言い出した。
カスガ屋敷に仕えるメイドたち。
当然メイド専任の者達ではあるが、中には、メイド業を隠れ蓑に「専業」を持っている者もいる。
わかりやすい例でいえば、ルーシー。彼女は勇者であり、カスガ領の魔装騎士なのだが、普段はメイド服を着て、メイドとして働いていた。
そして、メイドのセルマもその一人。
彼女はドワーフ族のアンコモン。
カスガ領の技術部には、セガールという同じくドワーフ族の技術士官がいて、彼が対外的には技術部のトップという事になっており、ウェルズが訪ねてきたときも、彼が前面に立って技術取得をしていた。
しかし、本当のトップはセルマであり、ウェルズによる技術士官への指導も、メイドとしてお世話をする傍ら見て吸収していたりする。
何より彼女の素晴らしいところはその類稀なる発想力であり、セルマの無茶にセガールが振り回されている、というのが実情だったりする。
そのセルマの発想力と技術力にケイトの魔術が加わり、レギオンは完成した。
流石に屋敷が変形というのは無茶であったが、レギオン起動時に、屋敷の主要部分が魔力障壁に包まれ、レギオンの所定位置へと空間転移するのだとか何とか……。
色々詳しい説明を受けたけど、レイには理解できず、取り合えず屋敷がレギオンの居住区、そういうものだと理解したことにした。
原理など気にしない、動けばいいのである。
「あの、御館様、そろそろ……。」
羞恥の限界に来たのか、ケイトが真っ赤な顔で降ろしてほしいという。
「もう、いいのか?」
「はい、たっぷりと甘えさせていただきましたので……。」
膝から降りて、衣服の乱れを軽く直したケイトが笑顔でそう言った時、ドアが開いてメイド姿のルーシーがアイシアを案内して入ってくる。
「ここが機械の船の中とは、信じられませんわ。」
アイシアが、未だ驚きから抜け出せないような、釈然としない表情でそう言う。
「ホント、驚きだぜ。」
その後からライオットが顔を出す。
「ライオット、あっちの処理は終わったのか?」
「あぁ、とりあえずはな。何人かは心を入れ替えて働きたいと言っているので、とりあえず俺の配下とした。もちろん当面は監視付きだがな。」
「あぁ、構わんよ。」
レイはライオットにそう言って、いまだキョロキョロしているアイシアと共にソファーをすすめる。
「それで、これからの事なんだが……。」
二人が落ち着いたところでレイが話を切り出す。
「当面、ここを拠点とするわけなんだが、この拠点の整備をライオットに一任したい。任せていいか?」
「あぁ。ただ人手が足りねぇぞ。」
「分かってる。だからアイシアはカティナと一緒に難民の受け入れ態勢を頼みたい。」
「難民……ですか?」
アイシアが分かっていないようにキョトンと首をかしげる。
「あぁ。ここはアスラム国に近い。例のクーデター騒ぎで、王都や各地の領地から逃げ出した者も大勢いる筈だ。それらの人々の誘導をお願いしたい。同時に、クーデーター派に対して反感を持っている領主を探し出してもらえると助かる。と言っても無理はするな。その領主が、アイシアの身柄と引き換えに自己保身に走るとも限らないからな。接触はよく相手を見定めてから。それまでは情報収集に努める様に。」
レイはアイシアの背後に控えるカティナにそう言い含める。
とはいっても、レイ達と接触する前から、ケイトの命で各地の情報を探っていたのだから、ある程度の目星はついていることだろう。アイシアの情報と合わせれば、近い内に味方になってくれる領主を割り出してもらえるに違いない。
「ねぇねぇおにぃちゃん。ボクは?」
「ルーシーはアイシアの護衛……と言いたいところだけど、しばらくはここで待機だな。」
「えー、何でぇ?」
「リックスを忘れたのか?」
「あっ」
レイに言われてハッとするルーシー。
「今、アルテーをバラして、リックスの全面改装をしている。リックスがないと、護衛もままならないだろ?」
「おにぃちゃん……ありがと……リックス、また動けるようになるんだね……。」
ルーシーの瞳に涙が浮かぶ。
「あぁ、と言っても、あそこまで壊れているから、改装というより作り直しと言った方が早いし、外見以外はほぼ別物になるけどな。」
「それでも、いいよ。またリックスと一緒に飛べるんだもん。……うん、リックスが生まれ変わるのを手伝うよ。」
そう言ってルーシーは飛び出していった。
レイはその背を苦笑しながら見送ると、改めて二人に向き合う。
「二人はそのように頼む。そして俺はアイシアの言っていた「アーデルハイド」なる人物を捜して接触を試みようと思う。その時にはアイシアにも同行してもらうからな。まぁ、見つかるまでは時間がかかるだろうから、並行してマギアグレイヴの整備だな。」
レイがそう言うと、アイシアとライオットが大きく頷く。
その後、細々な事を互いにやり取りし、解散する頃には、僅かではあるが未来への光明が見えたのだった。
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