邂逅 その2
ルーシーとアイシアは、夕暮れの森を慎重に進んでいた。リックスを奪った盗賊団の痕跡をたどり、彼らの野営地を見つけ出すまでは順調だった。枯れ枝を踏まぬよう、息を潜めて距離を詰めていく二人。しかし――
「……気付かれてる」
ルーシーが低く呟いた刹那、矢が木の幹に突き刺さる。次の瞬間には四方から盗賊たちが現れ、逃げ場を塞いでいた。数で劣る二人はあっという間に取り押さえられ、縄で縛り上げられる。
「思ったよりしつこい追っ手だな」と、盗賊団の頭目が不敵に笑った。
アイシアは悔しさを滲ませながらも、冷静に相手の顔を見据える。
「アンタ達は誰?僕たちは道に迷っただけだよ?」
無駄だと思いつつルーシーはそう言ってみる。
「そうか。ここは俺達の縄張りだ。お前らはさしずめ不法侵入者ってわけだ。」
ニヤリと笑う盗賊の男。
其のまま縛られ、森の奥へと連れ去られるルーシーとアイシア。
捕らえられた今、脱出の機会をうかがうしかなかった――。
◇
「言えっ!誰の命令だ?お前らのバックに誰がいる!」
バシッ!
振るわれた鞭がルーシーの柔肌に赤い筋を付ける。
「誰だって聞いているっ!」
怒号とともに、ルーシーの頬に冷たい水がぶちまけられた。
跳びそうになっていた意識が急速に呼び戻される。
縄で縛られ、椅子に縛り付けられたままの彼女は、顔をしかめながらも睨み返す。
「ボク……たちは……ただの……旅人……だよ……。
「……はは、まだそんな事を言うか。だが、そんな態度がいつまで取れるかな?」
盗賊団のリーダーは、にやりと笑って鉄の火箸を炭火に突っ込む。じゅう、と鈍い音が響き、部屋に焦げた鉄の臭いが満ちる。
ルーシーの表情が一瞬だけ強張るが、目は逸らさなかった。自分の事より、今は視線の先――そこに立つアイシアの顔が、蒼白なのが気にかかる。
アイシアはまるで別人のように、目を見開いたまま立ち尽くしている。それはルーシーが拷問を受けていることに対するショックではなく……アイシアの眼は先ほどから盗賊団のリーダーに注がれていたのだ。
そして、その唇が震え、かすれた声が漏れた。
「……ライオット……?」
盗賊団のリーダーが、訝しげにアイシアの方を振り返る。その顔――鋭い目元、険しい眉、そしてかつては誠実な笑顔を浮かべていたその面影。
「お前……まさか……アイシアか?」
その名を呼ばれた瞬間、アイシアの膝が崩れ落ちる。
「どうして……こんなところで……どうして、あなたが……!」
彼はあざ笑うように鼻で笑った。
「ふッ、まさかこんな形で再会するとはな。だが、今さら昔話に浸るつもりはねえ。ここに来たってことは、お前も"敵"だ。覚悟しろよ」
アイシアの胸に、怒りと哀しみと、言葉にできない痛みが渦巻いた。
ライオットはアイシアに敵だと言い放ったもののしばし動けなかった。
目の前にいるのは確かに、あの頃と変わらぬ瞳をした少女――いや、もう少女ではない。鋼のような意志と、どこか脆さを秘めた面影を残したまま、大人になったアイシアがそこにいた。
「……なんで……お前がここにいる」
低く、絞り出すような声だった。
ルーシーの尋問はいつの間にか止まり、部屋には張り詰めた沈黙が落ちる。盗賊たちすら空気を読み、誰も口を開こうとしなかった。
「お前は……」
ライオットは拳を震わせながら、アイシアににじり寄る。
「オレの知ってるアイシアじゃない……こんなとこに来るような奴じゃなかった!……あの頃のお前は……!」
その目に浮かぶのは、怒りか、悲しみか、それとも――
「オレにとって……お前は、希望だった。救いだったんだ。だけど同時に……!」
彼は吐き捨てるように言った。
「オレのすべてを壊した"あの国"の、象徴でもあったんだよッ!」
アイシアの瞳が揺れる。言葉を失う彼女を前に、ライオットは顔を歪めたまま、肩を震わせていた。
「お前を護ろうと、あの頃のオレは必死だったが、同時に甘かった。正しいは正義だと信じて疑わなかった……それこそが甘さの象徴だというのにな。だが今のオレは違う。正しいから正義なんかじゃない。力があるから、正義を唱えられるんだ。たとえそれが間違っていたとしてもな。そして、力は、奪ってでも手に入れるもんだ」
静かに、しかし決然とアイシアは立ち上がる。
「それは違うわ。確かに力が無ければ正義と口にしても意味はないのかもしれない。だけど、力があればいいと考えるのは間違っているわ。正しいこと、間違っていること、それは揺るぎないもの。それを力でねじ伏せるという考え方は認めないっ……。私は………あなたの中に……あの頃のあなたが、眠ってる……あなたなら正義の為に正しい力をふるえる……そう信じてる……」
その言葉に、ライオットの顔が一瞬だけ苦悶に歪んだ。
だがすぐに、それは冷笑に変わる。
「……なら、試してみろ。信じるって言葉で、このオレを止めてみろよ。」
怒りに任せたライオットの手が、アイシアの襟を掴み――次の瞬間、布が裂ける鋭い音が部屋に響く。ライオットがアイシア衣服を引き裂いたのだ。
細やかな胸が晒される。隠したいけど後ろ手で縛られている今の状態ではどうしようもない。
羞恥で顔が真っ赤になる。この後に起きることを想像し、足が震える。それでもアイシアはライオットから視線をそらさない。
周囲の盗賊たちが息を飲む中、アイシアは微動だにせず、ただまっすぐライオットの瞳を見据えていた。
ただ、真っ直ぐで、真剣で――悲しみを含んでいた。
「あなたの力が必要なの」
その一言は、まるで鉄の楔のようにライオットの胸に打ち込まれた。
手に残った布の感触が、急に異物のように思えて、彼は一歩、二歩と後ずさる。アイシアの肌に傷一つ付けていないのに、まるで自分が壊してしまったかのような錯覚に襲われた。
「……何を言ってる、今さら……オレを……。」
「あなたを陥れた貴族たちが中心になって、アスラム王国を乗っ取ったの。お父様たちの無事も今は分からないわ。分かっているのは、あの低能な貴族たちが国民に対し今まで以上の負担を強いるだろうという事だけ。」
「それがどうした?」
ライオットの声は震えていた。
「このままでは、アスラムの国民たちは奴隷同然になるわ。税を搾り取る為の家畜としか思っていなアイツらに、国を踏みにじられるのよ。だから私は立ち向かうの……。あなたが言ったとおり、いくらせ異議を唱えても、力が無ければ無力……だから私は力を得るためにあなたを捜していた……あなたに力になって欲しいのよっ!」
「そんな都合のいい話、通ると思ってんのか……?オレを誰だと思ってる!」
「あなたは、ライオットよ。大切な、そして大好きな私の騎士様……。今でも、そう思っているわ。」
アイシアの言葉には、強さがあった。ただの懐古ではない。今ここで、彼を再び引き戻そうとする意志。
「私達を許して欲しいとは言わない。国の為になんて言わない。ただ、力ない国民たちを助けるために……あなたがかつて護りたいと思ったものが……まだあなたの中でくすぶっているなら――」
彼女は一歩、彼に近づいた。
「まだやり直せるわ。あなたの力が必要なの。私にも…………あなた自身のためにも……」
ライオットは拳を握り締めたまま、顔を伏せた。
彼の中で、過去と現在、怒りと後悔、信念と迷いが交錯していた。
アイシアとライオットの間に漂う、張り詰めた空気。
交わされた言葉の一つひとつが、互いの心に鋭く突き刺さっていた。再会の喜びなどない。ただ、捨てきれぬ想いと、相容れぬ現実がそこにあった。
だが――その静寂を、突然の轟音が打ち砕いた。
「爆発……!?」
ライオットが顔を上げたその瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれ、手下の一人が飛び込んでくる。
「た、隊長っ!敵襲です!西の斜面から、マギアグレイヴが――!」
「なに……っ!?」
混乱の声が飛び交う中、その隙を逃さなかった者がいた。
――ルーシーだ。
彼女は巧みに指先を滑らせて縄を外し、物音に紛れて身を屈めると、素早くアイシアの元へ駆け寄った。
「アイシア、逃げるよっ!」
「ル、ルーシー……でもっ!」
「アイツの事はまた出直そう。今は安全を確保っ。それに捕まったままじゃ立場が弱いよっ!」
アイシアの身体を抱きかかえるようにして跳ね起き、ルーシーは乱戦の気配が漂う外へと突っ走る。ライオットの叫びが背後から響いたが、もう振り返らなかった。
焚き火の明かりが揺れ、森の中が赤く染まる。
瓦礫の向こう、倒れた木箱のそばに見える――銀と濃緑の光沢を放つ機械兵装。
「リックス……!」
ルーシーの目に力が宿る。あれさえ起動できれば、形勢はひっくり返せる。
「しっかり掴まってて、アイシア。今度は……絶対、守るから」
彼女は加速する。爆風をすり抜け、混乱のただ中を突き進む。
リックスまで、あと数メートル――!
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