邂逅 その1
ユーロ連合・第七自治区。シアンベルにほど近い、霧に包まれた闇市の片隅で、ルーシーとアイシアは慎重に情報を集めていた。
「……やっぱりあった。先週のオークションに、壊れたマギアグレイヴが出品されてたって話があったわ」
アイシアが手に入れた情報に、ルーシーの表情が険しくなる。
「壊れてるって……もしかして、それって……」
ルーシーは懐から、小さな端末を取り出し、かつて自分の相棒だったマギアグレイヴ――『リックス』の特徴データと照合を始める。
「……一致してる。間違いない、あれはボクのリックスだ」
さらに調査を進めるうちに、リックスを落札したのがこのあたりに出没する盗賊団だということが判明する。
「盗賊団か……しかも、最近活動が活発になってるって噂の」
ルーシーは拳を握りしめ、決意の色を浮かべた瞳でアイシアを見つめた。
「アイシア、ボク、行くよ。リックスはただの兵器なんかじゃない。ボクの命を何度も救ってくれた、相棒なんだ。何よりご主人様が僕を信じて預けてくれた機体だもん、こんな奴らの手に渡したままでいられないよ!」
「……分かった。でも一人じゃ危険よ。私も行くからね。後、正面からは無茶だからじっくりと作戦を練るわよ。」
「うん、やっぱりアイシアがいると心強いね。よしっ!盗賊団のアジト叩いてリックスを取り返すよっ!」
アイシアとルーシーはそう決意を秘め、アジトへ乗り込む算段を始めるのだった。
◇ ◇ ◇
ルーシーとアイシアがリックスの行方を知る少し前の事……。
ユーロ連合・中央都市シアンベル。石畳が美しく整備された広場に、春の陽光が降り注ぐ。
「ねぇレイ、このカフェ、すっごくおしゃれじゃない?」
「ああ、アスカがいるとより映えるな」
「ふふ、またそういうこと言って~。……でも、ありがと」
腕を組みながら並ぶ二人は、まるでどこにでもいるカップルのようだった。
しかし、その会話の裏で交わされる視線と仕草は、ただの甘い空気とは違っていた。
「……で、さっきの露店。あの払い下げのジャケット、どう思う?」
「明らかに正規流通じゃない。どこからかは分からないけど、横流し品なのは一目瞭然。間違いなく裏のルートだ」
「うん、あそこから辿れるかも。あと、この通りの監視システム…妙に抜けがあるよね?」
「死角になってるってことか……。誰かが“使ってる”ってことだな。……そろそろ確信持てそうだ」
二人は甘い笑顔のまま、カフェのテラス席に腰を下ろす。
アスカが差し出したアイスラテのカップ。さりげなく周囲の気配を探りながら、彼女はウィンクを一つくれる。
「センパイ、知ってた? この街、思ったより“にぎやか”なのよ。地下の方が、ね」
「……ああ。どうやら“闇市”ってのが、ここにはあるらしい」
「ふーん、そうなんだぁ~? ……じゃあ、ちょっとだけ覗いてみようか、“市場調査”ってことで♡」
レイは肩をすくめ、どこか楽しげに笑う。
「了解、アスカ。デートの続きは、闇市で――だな」
二人の足取りは軽く、これから「闇市」へ向かう者達だとは思えなかった。
◇
裏路地の廃線跡を抜け、鉄扉の向こうに広がる異様な空間――そこがユーロ連合の闇市だった。
喧騒と煙草の匂い。整備不良の魔道具が放つノイズ。
異国の言葉が飛び交い、合法とも違法ともつかぬ品々が無造作に並べられている。
「すっごい……本当に“闇市”って感じだね。まるで軍事博物館とスラムの悪いとこ取り」
アスカが皮肉を交えた声でつぶやく。
「油断するなよ。ここの空気……血の匂いが混じってる」
レイは目を細めながら、辺りを見回す。その視線は、街中の甘い笑顔とはまるで別人のそれだ。
露店の奥、警備がやけに厳重な一角。
そこに、地下へと続く階段があった。
「オークション会場だって。出入りは完全会員制だけど……」
「こういう所は金さえあれば何とでもなるもんだ……こっちだ」
レイが何気なく近づいて、近くにいる厳つい男と二言三言会話する。そして、銀貨の詰まった袋を渡すと、男は黙って道を開けてくれる。
地下に降りると静まり返った空間に、オークショニアの声だけが響いていた。
「次の出品物は、修復不能と判断された“壊れたマギアグレイヴ”。武装・出力系統は破損しているが、内部の制御核は部分的に動作可能――部品だけでも希少価値のある遺物です」
壇上に引き上げられたそれを見た瞬間、レイの表情が固まった。
「……あれは、リックスだ」
囁くように、しかし確かな声で。
「え……? まさか、じゃぁ……ルーシーは……?」
隣のアスカが目を見開き、思わず手を握りしめる。
彼女の声がわずかに震えていた。
「……ルーシーが、この街のどこかに……いる?」
レイは静かに頷いた。視線はリックスから離れない。
それはただの兵器ではなく、確かな“手がかり”――彼らが探し続けていた繋がる道だった。
「予定変更だ。ルーシーとの接触を第一優先。」
「うん……準備、整えておく」
アスカの目にも、甘いデートの面影はもうなかった。
今そこにいるのは、この世界で生きる者の顔だった。
オークションホールに、低く落札音が鳴り響いた。
「落札。“壊れたマギアグレイヴ”は、127番様に落札されました。」
拍手などはない。ただ、取引が一つ終わったという冷ややかな事実が積み重ねられていくだけの空間。
レイは眉一つ動かさず、リックスを引き取る男の姿を見つめていた。
顔を覆うマスクから覗く獣じみた鋭い眼、筋肉で膨らんだ腕、背中には粗末なマント。
明らかに”戦士”とわかるいでたちだ。
「……あいつはマギアグレイヴに乗ったことがあるな。」
レイの声が低くなる。
アスカも険しい顔で頷いた。
「うん。私もそう思う。体中から魔力が溢れてる……リックスをどうする気だろう?」
マギアグレイヴ乗りであれば今のリックスがまともに動かないことは一目瞭然だ。
そして、オリジナルパーツの為、部部品取りにも向かない事も……。
「センパイ……?」
アスカが「どうするの?」といった感じでレイに目を向ける。
「ルーシーと接点があるかどうかは分からないが、リックスはルーシーの機体だ。ルーシーと合流した時の為にも、あれは取り戻す。」
「……ウン……じゃぁ?」
「あぁ、とりあえずは後をつける。人目につかないところまで移動したら……」
レイの瞳が、静かに光を帯びる。
「そうだね。一応奴隷商にもあたる?」
「あぁ、万が一ということもあるからな。」
「じゃぁ、私がリックスの動向を追うからセンパイは奴隷商の方をお願いね。」
「分かった。……大丈夫だと思うけど、いざとなったら……。」
「うん、わかってる。センパイの愛情しっかりと受け止めてるから安心して。」
アスカはそう言いながら左手首のブレスレットを見せる様にする。
「じゃぁ、夜に予定ポイントZ-87で。」
そう言って手を振る例の手首にも明日香とお揃いのブレスレットが光っていた。
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