アスラム王国のお姫様 後編
「ルーシー。固まっていたらやられるわ。あなたは向こうへっ!」
「マールさんっ、マールさんはっ!」
「ケイト達がアレの起動に手間取っているみたいだからね、もう少し時間を稼ぐわ。」
「だったらボクもっ!」
「ダメよ。あなたの機体、もう持たないでしょ?」
「うっ、それは……。」
「元気でね。必ず逃げのびるのよっ!」
マールの乗るゴブスィーターがルーシーのリーパーを庇うように立ち回り、本来ルーシーが受けるべき攻撃をその身で受ける。
いくら装甲が厚めのゴブスィーターとはいえ、このままでは長く持たないだろう。しかし、ルーシーがこの場にいる限りマールは動かない事も理解したから、ルーシーはゼクトリーパーの出力を最大限まで上げてその場を離れる決意をする。
「マールさんっ、必ず生き延びてっ!約束だよっ!!」
ルーシーの言葉にマールは機体の手を振って軽く答える。
もとより機動力に優れたゼクトリーパーを更に改良した機体だ。最大出力で飛べば、あっという間に距離が離れ、マールの乗るスィーターの姿が見えなくなる。
「約束……したからね……お姉ちゃん……。」
あの大戦の記憶……ルーシーが最後に見たのは、遠く離れた先でマギアグレイヴが破壊された時に放つ眩いオーラの光だった。
「おねえちゃんっ!!」
ガバっと、自分の声で飛び起きるルーシー。
眼の前にはアイシアの姿がある。
「大丈夫?かなりうなされていたみたいだけど?」
「あ、あはは……。」
うなされていたルーシーの手をずっと握っていてくれていたと分かると、ルーシーは少し照れた表情を見せる。
「ルーシー、あのね……。……私の話を聞いてくれるかな?」
静かな部屋の中、風の音すら遠く感じられるほどの静寂の中で、アイシアの声だけが響いていた。
「ルーシーには言ってなかったけど、ユーロ連合には意味もなく来たわけじゃないのよ……。」
ベッドの傍らに座る彼女は、ルーシーの手を優しく握ったまま、過去の記憶を掘り起こすようにゆっくりと話す。
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「………その人はね、まだ十代の終わりくらいだったわ。まっすぐすぎるくらいで、嘘もつけないような人だった。…でも、それが貴族たちには都合が悪かったの。真実を口にする者は、いつも真っ先に切り捨てられる。彼も例外じゃなかった」
アイシアの瞳はどこか遠くを見つめ、かすかに揺れていた。
「私は…今、その人を探そうと思ってる。このユーロ連合のどこかにいるはずなの。王国に裏切られ、きっと私たちのことを憎んでる。でもね、今、彼しかいないの。私たちに手を貸してくれそうな人は……。」
それを聞いたルーシーは、不思議そうに首を傾げる。
「…なんで、それをボクに話すの? そういうの、あんまり他人に話すタイプじゃないでしょ、アイシアは?」
アイシアは少し笑い、そして静かに目を伏せると──
「ん。私にも、ルーシーに手伝ってもらう下心があるんだよって話。だからね、そろそろお互い、隠し事はナシでこの先の事について話したいと思うのよ。」
その一言に、ルーシーの心臓が小さく跳ねた。
……確かに、ルーシーがアイシアの傍にいるのは、助けられた恩が半分と、残りは秘かな打算だった。
胸の奥に沈めていた秘密……たとえアイシアでも……ううん、アイシアだからこそ隠していたこと……。でも……。「そろそろ話す時が来たんだな」と、ルーシーは直感する。アイシアの言葉を聞いたルーシーは、長く沈黙したまま、手元をじっと見つめていた。
握られた手のぬくもりが、逃げ道を塞ぐのではなく、差し伸べられた救いのように感じられた。
その沈黙はまるで、過去という名の重たい扉の鍵を、ゆっくりと探しているようだった。そして──
「……仕方がないかぁ。」
小さく息をついて、ルーシーはようやく口を開いた。
「ボクは……ラーの国に召喚された、いわゆる“勇者”の一人だったんだよ」
アイシアが驚きの色を隠せず目を見開く中、ルーシーはどこか諦めたような笑みを浮かべて続けた。
「でもまあ、よくある話さ。召喚されたはいいけど、ボクには都合よく利用されるだけ利用されて、思い通りに動かないと分かったら、ポイとされるような未来しか思い浮かばなかった。実際にたような事を言う姫さんもいたし、脱走計画もあった。」
「そんな……まさか……」
「だけどね、そこから脱走しても、ボクには相手が変わるだけで何の解決にもならないように思えたんだ。だから、ボクはなんとか計略を用いて、カスガ領に匿ってもらった。あそこの旦那様も召喚された勇者だったけど、他の人と違う感じがしたからね。」
ルーシーの声に、少しだけなつかしさが滲む。
「でも…………、結果から言えば、カスガ領は汚名を着せられた。旦那様は裏切り者の烙印を押され、カスガ領は攻め込まれたよ。ボクのせいだったかもしれないけど、汚名を着せたってことは、そこまでして消したい相手だったという事なんだよね。ある意味正しかったと思うよ。でも、皆、バラバラになって、行方もわからない。ボクを逃がすためお姉ちゃん……マールさんが……ボクだけが生き残って……」
言葉を切り、ルーシーは唇をぐっと噛みしめた後、小さく笑う。
「ボクはこの付近まで逃げたのは覚えている。でも、力を出し切ったせいで、意識が朦朧としていて……気づいたらアイシアに助けられていた。その時、ボクのマギアグレイヴ……リックスはすでになかった。……ボクが戦うための最後の力……あれがなきゃ、勇者でもなんでもない。だから何としても見つけなきゃこのユーロ連合に来るようにアイシアに言ったのも、ここの闇市なら、見つけられるかもしれないって聞いたからなんだ……」
ルーシーの視線が、アイシアの目をまっすぐに射抜く。
「だから、ボクもアイシアと同じ。」
その声は、震えていたけれど、強かった。
そしてアイシアは、そっとルーシーの手を握り返しながら、静かに微笑んだ。
「ありがとう、話してくれて。ルーシー。」
二人の間にあった“秘密”の壁が、音もなく崩れていく瞬間だった。
「それでね、これからのことなんだけど……。こんなことは言いたくないんだけど……ルーシーはその『リックス』?が見つからなかったらどうするの?」
「うん……リックスが見つからなくても、ここの闇市なら、”訳アリ”のマギアグレイヴの一機ぐらい手に入れることが出来ると思うんだ。アイシアの目的の為にも、マギアグレイヴはあった方がいいでしょ?」
「えっ……力を貸して……くれるの?」
「逆に聞くけど、何でここでボクが力を貸さないって話になるのかなぁ?ボク、そんなに薄情に見える?」
驚いた顔で聞いてくるアイシアに、ルーシーは苦笑しながらそう答える。
「でも……あなたはその……仲間を……。」
「うん、みんな生きてるはず。だから仲間を探すのは諦めない……だけど、この世界って意外と広いよね?やみくもに探すより、反ドラン勢力に身を置いていた方がお互いに見つけやすいと思うんだ。」
ルーシーの言葉にアイシアは納得したように頷く。
「そうね。じゃぁ私達の当面の目標は、小さくても、侮られないしっかりとした勢力を作る事ね。」
「うん、取り敢えず、反ラー帝国の勢力として旗揚げして、この西方地域に拠点を築こうよ。そうすれば、他の国との共同戦線が張れるようになるから。」
「うん、そうよね。その通りだわ。」
ふんすっ、と気合を入れるアイシア。それを見てルーシーは小さく笑いながら言う。
「そのためにも、まずはアイシアの“想い人”を探さないとね?ふふっ、再会したら、まずは抱きつく?それとも泣いちゃう?」
ルーシーのからかうような笑みに、アイシアは一瞬ポカンとした顔になり──すぐに耳まで真っ赤に染まる。
「ち、違うのよ!?べ、別にそんな“特別”ってわけじゃ……あの時はまだ子供だったし、あの人が立派な人だっただけで……!ちょっと、ルーシー!?笑わないでよっ!」
「あははは、かわいいなあアイシアは。顔真っ赤じゃん」
「う、うるさいっ!ルーシーこそ、マギアグレイヴ見つけたら、調子に乗って「ご主人様」の元に飛んで行くんじゃないわよっ……!」
そんなやり取りが続く中、ふたりの距離はますます縮まっていく。
世界がどうあろうと、背負うものがどれほど重かろうと、このふたりなら──笑い合いながら、前に進んでいける。
そんな確信めいた希望が、今確かに芽生えていた。
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