下剋上 その3
「大儀であった。」
グルーガーの船室にあつらえられた、簡易的な「謁見の間」において、ドランの声が響き渡る。
「べラムはあれでも人気があるからのぅ、こんな所で失うわけにはいかなかったのだよ。救ってくれたことに礼を申す。」
「いえ、ただ注進させて頂けるのであれば、マイケル、ザコビッチの意見をよく聞き取り上げるほうがよろしいかと。」
「ほう?」
「彼らは、私より近代兵器を運用した戦争というものを体験しております。戦車、戦闘機とマギアグレイヴの違いはあれど、運用する戦術には通じるものがあるでしょう。」
「……成る程な。して、レイよ。其方ならこの戦どう見る?」
ドランがそう訊ねてくる。
「……一旦引くべきかと。」
少し考えて口に出す。
「理由を聞こうか?」
「いくつか理由がありますが、まずは戦術の見直しをする時間が取れます。先ほども申した通り、べラム殿を始めとする、いままでの戦の常識に捉われている面々の頭を冷やすこと、今までの戦の仕方が通じなくなって来ていることを理解させなければなりません。その考え方を変えるにはいささか時間を要すると思われます。他には、一旦引くことにより敵の油断を誘うことが出来ます。「ドラン殿など怖るるに足らず」などと思ってもらえれば上々かと。」
俺がそう言うと、最後の言葉のあたりで、周りにいる重臣たちから不満の声が上がる。
……まぁ、分かってて煽ったんだけどな。
これで、俺の言葉を聞かずに、戦闘を続行してくれれば、ドラン軍の戦力を削ることはできるだろう……その分負担がかかってきそうだが。
しかし、ドランにマイケルたちの言葉に従え、ここは一旦引くべきだ、と伝えたのは、紛れもなく本心でもある。
今のままでは、最終的にドラン軍が勝利を収めるにしても被害が大きすぎる。
それを願っている身としては、喜ばしい事ではあるが、実際に戦闘の渦中に身を置くと、犠牲を少なく、と思ってしまうのだ。それに、ドランが引いてくれれば時間が稼げると思ったことも事実だ。
大局的に見て、ドランにつくのであれば、このまま戦闘を続行しつつ、被害が少なくなるように努めるべきであり、つかないのであれば、ドランを引かせて時間を稼ぎ、リーン公国と連絡を取る、もしくは、なるべく手出しをせず、出来るだけ長引かせる……ここまで来たら、もう決断するしかないのだ。
しかし、俺はここに至って尚、いまだに決心がつかずにいた。だからこのような曖昧な行動をとってしまう。
「騒ぐなっ!」
重臣たちが口々に「無礼な」とか「成り上がり者が」などと騒めくのを、ドランが一喝して黙らせる。
「レイ殿、ご苦労であった。追って連絡をいたす。」
下がってよいと言われ、俺は一礼をしてからその船室を後にする。
「よう、ジャップ。お話は終わったかい?」
「その言い方やめろって言っただろ?」
デッキで俺を待ち構えていたらしいマイケルが声を掛けてくる。
その横にはザコビッチもいる。
「お館さまには、お前達の話をよく聞けって言っておいたぞ。べラム殿があのザマだからな、お前らの意見が通りやすくなるんじゃないか?」
俺がそう言うと、マイケルが顔をしかめる。
「今このタイミングで言う事かぁ?ここで出来る事なんてたかが知れてるぜ。」
「だな。出来れば訓練に割く時間が欲しい。言われたとおりに動けないようじゃ、どんな策も無駄になるだけだ。」
マイケルもザコビッチも、先程の戦闘で、ドラン軍の練度に問題があることを見抜いたらしい。
いくらドラン軍がマギアグレイヴ発祥の地といっても、マギアグレイヴが生産されてから、まだ2年足らずなのだ。
俺達が召喚されて、実戦配備されるようになってからを見れば1年足らずである。
それまで「機械」と言うモノの概念がなかったコモン人たちが、それだけの時間で戦争が出来るようになっただけでも驚きなのだ。思うように扱えなくて当然であり、最新鋭の機械を揃えるドラン軍の兵士といえども、その練度は、他の国の兵士に比べて、僅かに勝っている、という程度でしかない。
そうでなければ、たとえ旧型といえども、数で勝るラース城の防御隊をやすやすと屠ることなどできやしないのだ。
「だから、ここは一旦引くべきだ、とは伝えておいたぜ。」
「それも手だけどなぁ……。」
マイケルがブツブツと呟く。引いた場合のデメリットが思い浮かんだんだろう。
その事にすぐ思いつくあたり、敵に回したくないやつだと思う。
「何なら俺の所に来るか?」
正直、今のタイミングで、この二人を俺のもとに迎えるのは難しいが、手がないわけじゃない。
「………やめておく。この戦でドランが負けた時は厄介になるかもしれないけどな。……生き残れよ、じゃぁな。」
マイケルは、少し俺を見た後、そう言ってその場を立ち去って行った。
多分、どっちにつくか、いまだに決めかねている俺につくのは危険だと察知したのだろう。
「あー、俺としては、お前のもとに行くのは吝かじゃないんだが……アイツほっとけないからなぁ。悪い。」
ザコビッチはそう言って、先に行ったマイケルを追いかけて行った。
あの二人と、仲間として言葉を交わすのは、これが最後か……。なんとなくそんな予感がした。
◇
明後日に再侵攻する。
そんな連絡がドランから来たのは、ドランと面会した翌日の事だった。
「先鋒だって。センパイどうするの?」
アスカが聞いてくる。
「ドランの目論見は分かっている。俺達にラース城の防衛隊を引きつけて置いて、その隙をついて本丸に攻め上がろうというんだろう。」
「ずるっこだぁ。」
「戦術といってやれよ。……まぁ、それならそれで、ドランの本丸攻めを支持してやるか……。」
「センパイ……いいの?」
アスカが不安げな顔を見せる。
「……正直、分からん。……というか、今の俺にはお前たちを護る事だけで手一杯なんだよ。」
つい本音を漏らしてしまう。
戦争に縁のない、平和な日本で暮らしてきた俺にとって、今の状況は手に余る。
戦略、戦術なんてものは、培ってきたゲーム知識で何とかなるにしても、起きているのはゲームではなく、実際の戦争なのだ。
ゲームであれば、負けても立て直せばいい。ゲームオーバーになったらリセットだ。
しかし、実際の戦争ともなれば、人が死に、負ければ領地の人々が、財産が略奪される。
目の前にいるアスカだって、一歩間違えれば見知らぬ男たちに凌辱される未来が待っているかもしれない。
そんな事を考えだすとたまらなく怖くなる。
だから、俺は思い切った行動に移せない。ドランにつくかどうか迷っているのもその所為だった。
一般的に見れば、ドランは世界征服という野心を抱えた、巨大な敵だ。
その敵に抗う、正義の味方……現状ではリーン公国の公子が主役の座にいるのだろう。
寡兵で巨大な敵に立ち向かい、何度負けても立ち上がって、最後には勝利を収める。
その主人公側について活躍をする……アニメやノベル、漫画ならそれでいいだろう。
しかし、これは現実だ。
負けたらそれで終わり。ドランは裏切った俺を許さないだろう。待ち受けているのは公開処刑か?
領民の全てを皆殺し、とまではしないだろうが、屈辱的な扱いを受ける事は間違いない。
そして、アスカを始めとする女の子達は、見せしめとして、または兵士たちへの褒美として、その身体は嬲られ続けるに違いない。
だったら素直にドランに手を貸して、その天下統一の覇業を手助けするのか?
それも正解とは言えない。
出る杭は打たれる、という言葉の通り、他から足を引っ張られるのは目に見えているし、かといって、唯々諾々と従っていれば、いいように扱われるだけになる。
だったら打たれないぐらいまで出てみるのも手ではあるが、そうなった場合、ドランは自分を脅かす存在として、あの手この手を使って俺を封じ込むようになるだろう。
結果として、いまより巨大で手を付けられなくなったドランと相対しなければならなくなるかもしれない。
だったら、まだ力をつけていない今のうちに叩くべきだ、という結論に至り、結果として堂々巡りの思考の渦に捉われてしまっているのだ。
だから、今回の俺の結論も、どっちつかずの曖昧なものにならざるを得なかった。
「まずは第一層の城下町の占拠だな。フレア、アルファング隊で街を占拠後、べラムの集めた騎兵を街中に配備。その後はマールの援護をしつつ中層の工業区の確保だ。俺とアスカはラース城の防衛隊の相手をする。」
俺はその場に集った面々にそれぞれの役割を伝えていく。
ラース城は堅固ではあるが、それはあくまでも従来の戦いにおいてだ。
ラース城の第一の城壁など、マギアグレイヴにかかればないも同然。飛び越えるだけでいいのだから。
それをせずに城壁を壊そうとしたべラムが愚かなのだ。
「上空からの防衛隊は俺とアスカ、マールが引き受けるから、フレアは気にせず城壁を乗り越え、騎兵たちを中に入れてやれ。」
ラース城を落とすだけなら、城下町等放置してもいいのだが、混乱に紛れて、ラーの国王・グランが逃げ出すとも限らない。それを取り押さえる為……という名目で、城下町を抑えることになっているが、実際はフレアたちを前線に出さないようにするためだった。
ラース城の防衛隊のマギアグレイヴは俺とアスカ、マールで十分に対処できる。
中層の工業区を抑える頃には、ドランの本体も、本丸に辿り着くため、戦場は本丸付近に集中することになるだろうから、後は降りかかる火の粉を払いながら行く末を見届ければいい。
最終的にはドランの勝利で終わるであろうこの戦、問題はその後である。
俺はいよいよもって覚悟を決める刻限が迫っているのを感じた。
次回、ラース城攻略戦です。
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