それぞれの思惑
「お館様、お呼びでしょうか?」
ウェルズは、ドランの前に膝まつき、ゆっくりと顔を上げる。
「ウム、例のモノ、進捗はどうか?カスガ殿が披露パーティに来てくれるそうだが、間に合いそうか?」
そう言うドランの表情にわずかな焦りが見えるのを見て取ったウェルズは、恭しく言葉を継ぐ。
「大丈夫です。例のモノにつきましては後は艤装を施すだけ、1両日中には完成いたします。ただ……。」
「何だ?」
ウェルズが口ごもると、ドランは続きを促す。
「えぇ、同時に進めていた新型のマギアグレイヴですが、べラム殿が譲らず……。」
ウェルズがそう口にする。
ゼクトシリーズに続く、新型のマギアグレイヴ・ダムラ―シリーズの内、ロールアウトしたアル・ダムラー。
ゼクトアーマーの流れを汲んでいて、マイケルの意見を取り入れて背中に翼とジェットコンバーターを取り付けることによって、マイケルやザコビッチにも馴染みの深い「空飛ぶ機体」のイメージを強く取り入れた。
それによって、試作段階で、マイケルが空を飛ばすことに成功し、続いてザコビッチも空を飛んだ。
そこで焦ったべラムが、強権を発動し、アル・ダムラーを自分の乗機として調整しろと詰め寄ってきたのだ。
「一応、マイケル殿は、専用に調整した「アルダムラ―・ツヴァイ」の方がお気に入りで、ザコビッチ殿も、ナイトタイプよりはビーストタイプの方がいいと言って、専用に「アルダムラ―・トライ」を製作することで話はついているのですが……。」
問題なのは、無理やり奪ったにもかかわらず、べラムが碌に跳べない、という事だ。
「べラム殿も焦っておられるのでしょうが……。」
「ウム……まぁよい。お披露目の時までに飛ばせなければ、それなりの処分も考えよう。それはそれとして、量産機と兵達の様子はどうだ?」
「新型のマギアコンバーターによって、コモン人でも、アンコモン人でも操作可能なレベルまで調整することに成功しました。このコンバーターを搭載した新型マギアグレイヴ「ギブロン」シリーズが現在生産ラインに入っています。また、ロールアウトした機体を使って順次訓練に入っていますが、こちらはなかなかはかどらず……。」
ウェルズは言葉を濁す。
訓練がはかどらないのはすべてべラムの所為だ。
ギブロンシリーズには、陸戦型の「ギブロンタンカー」飛行型の「ギブロンウィング」そして騎士型の「ギブロンナイト」の3種がある。
サイのような巨獣「ガブルー」に模した躯体にフレアボムの射出口を付けたタンカーと、飛竜を模したウィングは、見た目からイメージしやすいこともあり、慣熟するのにそれほどの時間はかからない。
しかし、兵の殆どが、自分たちの能力をわきまえずにナイトに群がる。
元々、兵達は騎士を目指しているものが多い。
戦争の形が変わりゆく今、その目指すべき道は騎士型のマギアグレイヴへと移り変わりつつある。
騎士団長のべラム自らが、「ナイト型を駆使し、戦場の最前線に出るのが騎士である!」と公言して憚らず、べラム自身がそれを体現するかのようにゼクト・アーマード、そしてアル・ダムラー、に乗って前線へと出ていくから、その部下である兵士たちも、我先にと騎士型のマギアグレイブに飛びつくのだ。
士気向上、という意味ではべラムの行動は悪くない。しかし、軍全体の組織としてみた場合、べラムはもっと、全体に気を配る必要が有ると思う。それが出来ない時点で、べラムの底が見えるというものだ。
ドランも、それが分かっているから、娘のエイシアの婚約者候補で留めているのだと、ウェルズは推測する。
「ウム……訓練と組織の改編はソドムに任せよう。其方は、予定の期日までに数が揃うように尽力せよ。」
「はッ!ソドム殿であれば間に合わせてくれますな。」
ウェルズは、そう言うと一礼して、部屋を出ていく。
その背を見ながら、ドランはそっと呟く。
「奴を飼いならす為にも……王の座は必須か。」
ウェルズが、心から忠誠を誓っていないことは、ドランも気づいている。
しかし、ドランが中心となって世界を動かしていく限り、ウェルズも裏切らない事は分かっている。
だから、今はそれでいい、とドランは思う。
面従腹背だろうが、裏切れない状況を作り続けていけばいい。
その為にも、早くこのラーの国の実権を握る必要が有る。
幸いにも、兄王は、遊戯と酒と女に溺れていて現状を把握はしていない。彼の者の行いは、討伐するに値するものであり、弟である自分が「民のために」という大義名分を掲げて反乱を起こしても、反対するのは、兄王の陰に隠れて甘い汁をすすっている愚者だけだ。
軍事力も、大義名分もそろった今、反抗を起こす準備は整ったと言える。
「気になるのは……レイ・カスガ……あ奴は何を考えておる?」
非協力的に見えて、重要なところでは役に立っている。
かと思えば、ちょっとした協力は、なにかと言い訳を付けて断ってくる。
自己保全に長けただけの愚鈍な人物かと思えば、奴の領地は急激に財政難を回復し始め、他領より一早い復興を遂げている。だからといって、ドランに反抗するのか?と思えば、その兆しは見せない。
普通に考えれば、それなりに有望であり、野心を持っていないおとなしい羊、といえなくもなく、放置していても問題ないのだが、ドランの勘が放置するのは危険だと告げている。
「……まぁよい。今度のお披露目会で、様子を見ようではないか。」
ドランは誰にともなしにそう呟くのだった。
◇
「焦ってるなぁ。」
「何がです?」
ウェルズの呟きをスヴェンが拾う。
「いや、お館様が、さ。」
ウェルズがそう言うと、スヴェンが納得したように頷く。
「まぁ、頼みの騎士団長が、アレ、ですからねぇ。」
スヴェンの視線の先には、顔から地面に突っ込むアルダムラ―の姿があった。
「べラムの旦那も、もう少し素直になってくれればいいんですがねぇ。」
「騎士のプライドが許さんのだろうよ。」
スヴェンの言葉に、ウェルズはそう答えておく。
今のアルダムラ―は、マイケルやザコビッチといった「異世界人」が持つイメージを中心体現しているため、コモン人のべラムと相性が悪い。
べラムが、どのようなイメージを持っているかなど、素直に相談してくれれば、彼に最適化したフォルムに変更することだって可能なのだが、べラムは「技術屋風情に頭を下げられるか」と言わんばかりに、頑なに相談しようとしないため、ウェルズとしても手が出せない有様だった。
「まぁ、そうも言ってられなくなるんだけどね。」
ドランが切った期限……お披露目会まではあと1週間しかない。
このお披露目会は、ドランの軍事的脅威を他者に見せつけるためのものだ。
特にレイがドランと距離を置いたために見られなくなった「空飛ぶ騎士」の姿を見せつけることは、今後の戦略において大きな意味を持つ。
1週間後、べラムがアルダムラ―を飛ばせないと知ったら、ドランは躊躇なくべラムを切り捨てることは目に見えている。
「精々、恩を売っておくかね。」
ウェルズはスヴェンと視線を躱しながらそう呟くのだった。
◇
「べラムの旦那もよくやるよなぁ。」
アルダムラ―が何度もコケるのを見ながら、マイケルが呟く。
「まぁなぁ、イメージが大事だって言われても、やっぱ「飛ぶ」といったらこっちだよなぁ。」
ザコビッチが、マイケルの背後にあるマギアグレイヴを見ながら言う。
そこにあるのはダムラ―シリーズの試作機であり、マイケル専用の「アルダムラ―・ツヴァイ」
手足が生えたジェット機、というのが一番しっくりくる。
昔、日本のアニメで見た事が有る……とザコビッチは思う。……たしか「ガウォーク」って言ったか?
この形態であれば、手の部分を収納し、脚を延ばせば戦闘機と変わらない。まさに空を飛ぶためのフォルムであり、マイケルにしてみれば「乗り慣れた機体」だろう。
ただ、この変形機構は必要なのか?という疑問は残るが、飛行機に乗ったことのない自分にとっては、どうでも大差ないけどな、とザコビッチは思う。
「しかしウェルズの奴は、何で「人型」に拘るかねぇ。」
陸戦は戦車、空戦は戦闘機で十分だろうに、とザコビッチは思う。
「それな。」
マイケルが同意する。
「何でも、「男のロマン」なんだとさ。俺にはよくわからんが、レイの奴が大きく頷いていたからなぁ、ジャップには分かるんだろうよ。」
ウェルズやレイに「モビルスーツ」を始めとした「人型戦略兵器」の話を散々された二人だったが、結局今一つ理解できなかった。
そのため、翼のない人型を飛ばすことは、未だに二人でも出来ないでいる。ツヴァイの人型には、一応戦闘機の翼が残るため、宙に浮くぐらいは何とか出来る、というのが今の限界であり、そのイメージすら持てないベラムには荷が重いだろうというのが二人の共通した意見だった。
「男のロマンねぇ、分かるような分からんような。って言うか、レイって今領主やってるんだろ?ここを出てアイツの所でおこぼれ貰った方がよくねえか?」
ドランのもとにいて生活に困ることは無いが、常に戦に駆り出されることに、ザコビッチは嫌気がさしていたのだ。
元々、ザコビッチは、戦争が嫌いだった。
地球にいた時は、後1ヶ月で兵役が明け、ようやく平和な世界へ戻れると思っていた矢先の召喚騒ぎだ。
正直、自分はレイのように領地でも貰って、戦とは関係の無いところで暮らしたいと思っていたのだが、領地をもらうためには、戦で戦功をたてなければならず、最近ではレイの状況が羨ましいと思っていた。
「分からんでもないけどよ。このまま出世していけば、城の一つでも貰えるんじゃないか?次の戦は大きいって話だしな。一緒にやってやろうぜ?」
「お前は、それでいいのか?」
「あぁ、どうせなら、あのエイシアちゃんを好きにしたいと思わないか?べラムの奴はあんなんだし、次の城攻めでエイシアちゃんを褒章に貰えるぐらいの勲功を立てりゃぁいいのさ。」
マイケルは思う。
地球にいた時はしがないパイロットだったが、ここでなら英雄になれるんだ。
だったら英雄として名を成すべきだ、と。
ザコビッチの奴は消極的過ぎるが、同じ召喚された誼だ、俺の役に立つなら面倒ぐらいは見てやろうと思う。
「そう……だな。取りあえずは次の戦だな。」
ザコビッチはマイケルの言葉に頷く。
噂では、いよいよドランが国盗りに乗り出すらしい。
彼が王になる為の戦で、大きな戦果を上げれば、レイのように地方の領主ぐらいは任されるかもしれない。
もしだめなら、その時に考えればいいか、とザコビッチは思う。
その思考には、彼自身が戦死するという考えは全くなかった。
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