なぜこうなった?
「お疲れーっす。」
定時のアラームと共に、俺はPCの電源を切り、タイムカードを押す。
「あ、春日君……。」
「すみませーん、急ぎじゃないならデスクにメモ置いといてください。明日朝一でやりますんで。」
俺はそう言うと、そのままオフィスを出ていく。
春日零……それが俺の名だ。
オフィスでは名前の「零」に絡めて「やる気ゼロ」の「ゼロ」と呼ばれているらしいが、そんな事は知ったこっちゃない。
高校卒業してすぐに、いまの会社に入ったので、勤続10年になるから、若手が多いオフィス内ではベテランの部類に入ると言ってもいい。
これでも、入社当時は、それなりに頑張っていたのだ。
だけど、2年がたって、同い年の専学卒や短大卒が入社し、4年がたって同い年の大卒が入社してくる。
それぞれ、入社後1年もすれば、何故か俺より肩書が偉くなっていた。
実際のプロジェクトを中心に回しているのは俺なのに、成果はすべて吸い上げられ、ミスはすべて押し付けられる。
さらに言えば、奴らの方が給料がいいと知った時、俺はやる気をすべて失った。
結局、今の日本は学歴社会なのだ。
とは言っても仕事を放り投げるほど、無責任でもない。
ただ、今までやっていたフォローをやめただけだ。
言われた仕事、与えられた仕事だけを、文句の出ない最低ラインで仕上げる。
当然、それからのプロジェクトの進行は知った事ではない。今まで俺のフォローがあって、達成していた部分も多く、そのフォローが無くなればおかしくなるのは当然だ。
もちろん、すべてが俺のおかげ、などという気はなく、実際、俺がフォローしなくても、ギリギリまわっている。ただ、俺がフォローしない分負担が増えたというだけの話だ。それくらいは高い給料もらっているものが責任を取るべきだろう。
そのせいでミスが増えたり、ストレス性の胃炎が流行ったり、鬱を発症して辞めたりした者も増えたが、俺の責任じゃない。
まぁ、ある奴は、俺が余裕なのを見て、大量の仕事を振って、何とか乗り切ろうとした奴もいたが、そいつを含めた他の奴と、自分に割り当てられた仕事を、上司の前で、事細かく分析し、明らかに過剰だと指摘してやったら、二度と過剰な仕事を振ってこなくなった。……その代わり嫌がらせが増えたけど。
とにかく、今まで会社の為に、お客さんの為に、と頑張っていた物を全て放り出して、自分に与えられた、給料分の仕事だけこなせばいい、と割り切ったら、仕事が凄く楽になった。
一度降給の話が出たが、同い年の4年後に入社した大卒の給料を晒し、「こいつより給料が低いのだから、こいつより仕事量が少ないのは当たり前、今の仕事量でもそいつより仕事量が多いのだが、給料が下がるのであれば、高い給料をもらっている奴の仕事量責任量を明文化してほしい、それが納得できるのであれば黙って会社に従う」といってやったら、何故か給料が少しだけ上がった。
まぁ、言われただけの仕事量だけでも、オフィス内の中で一番多いから、ある意味当たり前だと思うけど。
そんな風になってから、はや三年が経ち、今では、表だって文句をいう奴は少なくなった。……一部を除いて。
「センパーイ、待ってくださいよぉっ!」
背後から声を掛けられる。
「ん?」
「はぁはぁはぁ……センパイ足早すぎ……。」
「そうか?それより、アスにゃんも定時上がりか?」
「アスにゃんいうなしっ!」
ポカポカと叩いてくる女性は湊明日香。
昨年入社したオフィス内のアイドルだ。
「アスにゃん」というのは、入社した年の忘年会で、彼女が披露した芸からきている。
ネコ耳ネコ尻尾、ネコグローブを付けた彼女が披露した一発芸。素なのかネタなのか分からないが、ことごとく失敗に終わるも、その可愛らしさで、満場一致のその年のMVPとなったのは、すでに伝説と化している。
「それで、いいのか?お前のいるプロジェクト、ちょっとヤバいだろ?」
手伝う気はないが、社内にいる時は暇なので、一応全部のプロジェクトの進捗状況に目を通している。
「それ分かってて、何で定時で帰りますかねぇ。」
一目でわかるほどふくれっ面をする明日香。
「だって、俺の仕事終わってるし?」
「だったら手伝ってくださいよぉっ!マジヤバいんですっ!」
「ヤバいって言ってもなぁ。明日香のチーム全員が、3日も徹夜すれば終わる程度だろ?納期まで10日もあるんだから余裕だって。」
「だ・か・らぁ、徹夜って言葉が出てくる時点でヤバいでしょうがっ!」
「といわれてもなぁ、計画したのも進捗把握してるのも、大貫だろ?一流大学を出たエリート様直々の指示を邪魔するのもおかしなもんだろ。」
「というか、なんでセンパイが私たちのチームの進捗知ってるしぃ?」
別のチームだよね?とふくれっ面のまま呟く明日香。
一応クライアントの中には、俺が入社当時に、色々迷惑をかけたのに、広い心で受け止めてくれたところもある。
そう言うクライアントに恩返しではないけど、最低限迷惑はかけたくないので、最悪の場合のフォローだけは出来るようにしてある。
伊達に10年も勤めてはいない。その気になれば、課長に代わって指示を出すことも出来る程度には、社内の仕事内容は把握していた。
「うううぅぅぅ……。センパイ、晩御飯奢ってくださいっ!」
「なんでそうなるっ?」
「この可愛いアスにゃんちゃんがデートしてあげるって言ってるんですよぉ。だけどお給料日前だから金欠なんですっ!分かれバカッ!」
「そんなん分かるわけないだろ。それに、俺はこれから綺麗なお姉ちゃんの店でイチャイチャして癒してもらうつもりなんだよ。だからお子様は早くお帰り。」
嘘である。
そんな店に行ったこともないし、一人で行く勇気もない。
ただこう言えば明日香が怒って帰るだろう、と思っただけだ。
正直言えば、明日香は可愛い。とくにあの「アスにゃん」はモロにドストライクだった。
スマホの待ち受けにしたいぐらいである……してないけど。
だけど、こうして懐いてくれている明日香も、結局は、今の窮状を助けて欲しいだけだろう。
この態度を本気にして、告白なんぞしようものなら「ゴメンナサイ」という言葉と共に、翌日はオフィス内で噂が蔓延するに違いなく、非常に気まずい思いをすることになるだろう。
30歳が近づいた俺には、そんな高校生みたいなトラップには引っかからないんだよ、と気持ちを引き締める。
……気を緩めると、引っかかりそうだからヤバい、とは言わない。
「ぶーぶーぶー。断固抗議しますっ!そんな年増のおばさんより、アスにゃんの方が100倍可愛いと思いますっ!」
イヤイヤ、こんな大通りで年増とかオバサンって言ったらだめだからね。それに、実際には若い子も多いんだよ?
……確かにアスにゃんの方が100倍可愛いのは認めるけど。
「これならデートしてくれますか?」
明日香はそう言ってバックからカチューシャを取り出して付ける。
ネコミミのカチューシャだった。
簡易アスにゃんだった。
「う……あ……、イヤ、アスにゃんは一緒にお酒飲んでくれないし……。」
「センパイの部屋で、隣に座って、お酌しますニャ?」
……完敗だった。
◇
「お家デートですかぁ……初めてのデートなのに、中々ぶっとんでますね。」
明日香は部屋の中をキョロキョロしながら言う。
少しだけ言葉が震えているあたり、緊張しているのだろう。
というか、俺も緊張している……なんでこうなった?
「いや、まぁ……なんでだろ?金欠だから?」
「うぅ、お互い月末はつらいですよねぇ。」
「だな。……っと、ほれ出来た。」
俺は冷蔵庫の中のモノを適当に切り刻んでぶっこんだチャーハン……というより焼き飯と、同じく余りものを入れた焼きそばを、明日香の前に置き、取り皿を用意する。
「はぁ……チャーハンに焼きそばですかぁ。せめて汁物ぐらいはないんですかねぇ。一汁三菜が基本ですよ?」
そういいながらニコニコしている明日香。
「それは、今度明日香が作る機会があったら頼む。」
そう言いながら、俺は非常食にとっておいたエネルギーバーと缶を投げる。
「ほら、これで『一汁三菜』になるだろ?」
明日香は受け止めた缶を見て、ブーブー言い出す。
「いやいやいや、コレ全然ダメなヤツだからっ!」
「なんでだ?「チャーハン」「焼きそば」「エナジーバー」そして「汁物」で立派な『一汁三菜』だろ?」
「いやいやいや、数揃えればいいってもんじゃないですよっ!それに「お汁粉」は『一汁』じゃありませんからっ!」
ぜぇぜぇぜぇ、と息を切らしながら成大にツッコむ明日香。
……あかん、やっぱ可愛いわ。
「まぁまぁまぁ、おまけにこれもつけるから、今日のところはこれで勘弁してくれよ。」
俺はそういって、DMの束の中から、目的の物を引っ張り出して明日香に渡す。
「これって……。」
明日香は、封を切って中身を確認する。
「センパイ、これって遊園地のチケット……っ……遠回しにデートのお誘いですか?」
「いや、株主優待でもらって、金券ショップに売る予定だったやつ。あげるから、好きな人誘って行ったら?」
「……なんでだよぉ!そこはアスにゃんと遊園地デートしたいって言えよぉ!」
ジタバタと暴れる明日香。その顔はすでに真っ赤だ。
酔っているのか照れているのか判別がつかない。見ると、まだビールに口もつけてないので、酔ってるわけじゃないとは思うが……。
食事はいつもと変わらない余りものではあったが、なぜかおいしく感じた。
◇
「だからぁ……しぇんぱいはぁ、もっとぉ、やる気をですねぇ。……。」
かなりアルコールが回ったのか、明日香が腕を掴んだまま絡んでくる。
普段の飲み会では、明日香はあまりお酒を飲んでいなかったから、絡み酒だとは思ってもみなかった。
「わかった、わかった。要は手伝えってことなんだろ?」
無償で手伝いをする気はさらさらないが、こうして明日香と一緒に食事をしてお酒を飲む時間が報酬というなら悪くはない。
そう思って、俺はバックの中からUSBスティックを取り出して明日香に渡す。
猫の肉球を模しているファンシーなやつだ。
「わぁ、きゃわいぃ。くれりゅのぉ?」
「貸すだけだ。中に今のプロジェクトの改正案と進捗進行工程表、そして人の割り振りが書いてある。これ通りに進めれば、残業なしで1週間で終わるはずだ。……大貫が反対しなければな。」
ちゃんと返せよ、という言葉は聞こえてないらしく、キャップの肉球をぷにぷにしている。
……アレ、意外と楽しいんだよなぁ。
俺はそんな明日香を眺めながら、開けたばかりのブランデーをロックでチビチビと飲むのだった。
「そう言えば明日香、そろそろ終電じゃないのか?」
ふと時計を見て、俺はそう訊ねる。
この近辺の駅は終電までにまだ余裕はあるが、明日香の家の最寄り駅は終電の時間が早いと聞いたことがある。
「んー、今日はお泊りぃ~。」
ベッドに寝転がった明日香がそういう。
「あのなぁ、冗談でもそういうこと言ったら……。」
俺が明日香のそばに近づき、起こそうとすると、グイっと腕が引っ張られる。
その反動で、明日香を押し倒す形になる。
すぐ目の前に明日香の顔がある……可愛い……。
「今日はぁ……そのつもりだったんじゃにゃいのぉ……。」
明日香がそう呟く。
その可能性を妄想しなかったとは言えない。
だけど、現実にそんなことはあり得ないと思っていた。
「しぇんぱいなら……いいよぉ……。」
明日香はそういうと軽く目をつむる。
……いいのか?マジでいいのか?
俺はそっと明日香に顔を近づける。
一瞬、明日香の身体が強張った気がした。
だけど、ここまで来たら……。
俺はそのまま、明日香に顔を近づけ……。
二人の距離がゼロになる。
……やわらかい……。
……女の子の唇って……こんなに柔らかいのか。
恥ずかしながら、コレが俺のファーストキスだ。
俺は、更に押し付けるようにして、唇を味わう。
そして、少し開いた口から、舌を侵入させる。
明日香の口内を舐るように嘗め回しているうちに違和感に気づく。
明日香の反応がないのだ。
俺は、ゆっくりと体を起こし、明日香を見下ろす。
……ここで寝るのかよっ!
明日香は酔いが回ったのか、熟睡していた。
……さすがに寝ている相手を襲うというのはなぁ。
それに明日香はどうか知らないが、俺は初めてである。
初めてが、相手が寝ている間に……というのは、いささか問題がある気がした。
しかし……と、俺は改めて明日香を見下ろす。
寝ていても形の崩れない胸元……なぜかブラウスがはだけて、先が見えそうになっている。
……ノーブラかよっ!
俺は凄く躊躇いながらも、そのブラウスをゆっくりと戻してやる。
凄く勿体ない事をしている気がする……手に触れる柔らかさを感じながらそう思う。
……こ、これくらいは……。
俺は寝ている明日香の胸に軽く手を伸ばし……そのまま、ダッとトイレに駆け込むのだった。
◇
「……眠い。」
ベッドで明日香が寝ているため、俺はPCを立ち上げてネットサーフィンをしながら時間をつぶしていた。
しかし、酔いが回っていることもあり、ほどなくして強烈な眠気が襲ってくる。
とはいっても、ベッド以外で寝る場所はない。
床という手もあったが、酔っていた俺は、そこまで考えが回らず……というか、明日香を抱きしめたい衝動でいっぱいだった。
「……俺は悪くないぞ?」
誰にともなくそう呟き、俺はベッドにもぐりこむ。
少し狭い感じもしたが、明日香をぎゅっと抱きしめたら、ちょうどいい感じになった気がした。
……あぁ、女の子って柔らかいんだ。
俺は何とも言えない幸福感に包まれたまま、寝入ってしまった……。
◇ ◇ ◇
「……あのぉ……そのですねぇ。……あぁーん起きてよぉ。」
そんな声とともに、何かが頬にぺちぺちと当たる感触がある。
うっすらと目を開けると、目の前に女の子が……。
「明日香?」
俺はそう呟くと、一気に昨晩のことが思い出され、ガバッと跳ね起きた。
「明日香ッ、違うんだこれは……、その……、昨日は飲みすぎて……、その…………って、明日香じゃない?だれ?」
「うぅ、明日香さんじゃなくて済みません。私は女神ユニットYuN10660025……ユンとお呼びください。」
どことなく明日香の面影のある「自称女神」がそういう。
「OK。これは夢なんだな。明晰夢という奴か。」
俺がそういうと、ユンは違いますぅぅ……と泣くのだった。
新作ブーストがかからないっ!
うぅ……毎日何千ものpvは夢だったのかぁ……。
……やっぱエロ?エロなのか????
とりあえず、非エロで抗いますっ!
ちなみにアスにゃんは俺の嫁っ!主人公にも渡さんっ!
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