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メルト王国攻防戦 その2

「お父様……。」


私は執務室で蹲る国王の姿を見て、思わずそう声を掛けてしまう。


執務室は公の場だ。ここではたとえ父といえども「国王」と呼びかけなければならない。


しかしそんな事を忘れてしまうほどに父……国王の姿は憔悴しきっていた。


ここ数日は寝ていないのだろう、張りの有った頬はげっそりと窶れ、目の下には深い隈が刻み込まれていて、だけどその目だけは、諦めないとばかりにギラリと輝いていた。


「フレア……しばらくの間、部屋に居なさい。……万が一の場合は……わかるね?」


「はい、お父様……。」


私はそう頷き、父の下へ近づいて、そっと抱擁をする。状況によっては、これが父と最後の別れになるかもしれないのだ。


隣国のラーの国のガナル領領主ドランの名で書状が届いたのが3日前。


その内容は、無条件降伏。


大人しくラーの国に降れば、必要最小限の被害だけで、メルト国を保護するとある。


しかし、その『必要最低限』というのが問題だ。少なくとも王族の命はないだろう。よくてフレア王女が政略の駒に使うため、命だけは助かるかもしれない。

しかし、それはあくまでも「命だけ」であり、どのように扱われるかはわかったものではない。最悪の場合は……考えるだけでおぞましいのは想像に難くない。


フレアは、懐にある小刀の柄を固く握りしめながら、専用にあつらえた北の塔に向かう。


「姫様……。」


私は、沈痛そうな面持ちで着いてくる側仕えの少女、カチューシャに向かって、声を掛ける。


「カチューシャ、あなたまでくる必要なないのよ?今ならお城を抜けても誰も気づかないわ。今の内に村にかえってもいいのよ?」


しかし、そんな私の声に、カチューシャは首を横に振る。


「わ、私は、最後まで、姫様のお供をしますっ!」


決意強くそう宣言するカチューシャに、私は何も言えなかった。


北の塔の部屋に入ると、私はあつらえてあったベッドに腰を下ろす。


「すぐお茶を用意しますね。」


カチューシャは、いそいそと、隅に備え付けられてあるコンロに火を点けお湯を沸かしだす。


ここは、王族の女性が最後に立てこもる終の部屋。


戦に負けた国の女性たちがどのような目に合うのかは、歴史が証明している。


しかも、王族の女性ともなれば、敵兵に捕らえられる前に、味方だったはずの兵士たちから辱められるという事も少なくはない。


その為、背水の陣を引いた場合、王族の女性達は、城の奥に在る塔の部屋へと閉じこもり合図を待つ。


合図はたったの三つ「勝利」「逃走」「敗北」のみである。


勝利の場合は、そのまま待っていれば迎えの者がやってくる。


逃走の場合は、速やかに、奥の隠し扉から、階段を駆け下りていかなければならない。


そして、敗北の場合……用意されている毒酒を煽るか、懐剣で喉を掻き切るか……そこの窓から飛び降りるか?を選ばなければならない。


側使えが一緒に居るのは、最後の最後で躊躇う主人を介錯する為でもある。


その覚悟を決められなかった者は、解釈できなかった側仕えは……少し後の後に、あの時覚悟できていたなら……と一生後悔する羽目になるのである。


穢される前に死を選ぶ……、これがメルト王国に生まれた王族、貴族の婦女子たちに教え込まれた、唯一のしきたりだった。



「あのぉ、姫様……現在はどのような状況なのでしょうか?」


カチューシャが恐る恐る訊ねてくる。その顔は真っ青だ。


いくら王族付きの侍女の教えを叩きこまれているとはいえ、彼女はまだ12歳なのだ。不安が一杯で仕方がないのだろう。


「巻き込んでしまってごめんなさい。」


私はカチューシャをギュッと抱きしめる。


彼女の柔らかく暖かな身体を抱きしめていると、自分の中にあった不安も少しだけ緩和する様な気がした。


「お隣のラーの国このとは知ってる?」


私は、カチューシャを膝の上に乗せ、背後から抱きしめるようにしながら話しかける。


「えぇ、……こう言っては何ですが、とても頭が悪い王様が治めてる国だとか……。」


少し困ったように、でもハッキリと告げるカチューシャに、思わず笑みがこぼれる。


「くすっ。その通りよ。ラーの国の国王、ゲラ・ゲラル・ラー様は、民を税を収める家畜ぐらいにしか思っていない愚王よ。一時期、隣国から多数の難民が流れて来ていたのは知っているでしょ?あれも、その愚王の発した愚かな政策の為なの。」


「愚策……ですか?どのようなものだったもでしょう?」


「……初夜税よ。」


私は少しだけ頬を赤らめながらそう言う。


「初夜……税?」


「えぇ、結婚すると決めた男女は、王様の元に向かい、許可を求める必要性があり、結婚税として、一晩妻を国王に捧げるのよ。妻は国王に散々弄ばれてから夫のもとに返されるわ。そして初めて夫婦として認められる……らしいわ。」


「……その王様、バカですか?」


私の言葉の後、しばらく絶句して居たカチューシャが、そう声を絞り出す。


別にいいけど、公の場でそんなこと言ったら危ないからね?


私はそう呟いて彼女の頭を撫でる。


「まぁ、そんな馬鹿な王様だから、今までは何とかやり過ごしてこれたんだけどね。」


お父様である国王は、隣のゲラ国王の不興を買わないように、常に下手に出て、ゲラ国王を持ち上げて来たという。


言われるがままにお金を払い、女性を泣く泣く差出してでも、不興を買わないように立ち回ってきた。


メルト王国は小さいながらも、国内には良質の魔鉱石を産出する鉱山があり、また、加工に長けたエルフやドワーフの住む集落もあるため、魔道具の産地としてはそれなりに名を馳せている。


国王は、それらにゲラ国王の目がいかないように、お金や女性で上手くそらし、ラーの国の領主が、国王の目を盗んで私腹を肥やしているなどの情報をリークし、何とか、自国の利益を護ってきた。


しかし、ここに来ての急な降伏勧告である。


「これはゲラ国王のお考えじゃなく、ガナル領のドラン様の独断だと、お父様は考えてらっしゃるわ。」


メルト国国王は、すでに、ラーの国の国王宛に抗議の文を送っているが、その文書が届く可能性は限りなく低い。

そもそも、降伏するか攻め滅ぼされるかの返事を三日以内と区切られてしまってはどうしようもない。

使者がゲラ国王のもとに辿りつくまで、どうあがいても10日はかかるのだから……。


「その返事が今日なの。もちろん降伏なんてできるわけないから、お父様は徹底抗戦のつもりよ。ただ、相手にはマギアグレイヴの部隊があるから、野戦では敵わない。だからお父様は籠城戦を仕掛けるはず。」


メルト国にもマギアグレイヴの部隊はある。

ゲラ国王に、相場の倍の金額で買わされたものだ。

しかし、旧式故にどこまで対抗できるか分からない。

それでもある程度は持ちこたえることは出来ると、メルトの国王は考えていた。

その間に、他国から援軍が来てくれれば……。とわずかな可能性に賭けていたのだが……。



『メルト国王に告ぐ!返答はいかに?今すぐ降伏するのであれば、王族への危害は加えないように進言しよう』


突然飛来して、王城の中庭に降り立った人型のマギアグレイヴに、国王を始め、城中の者がざわめく。


城壁周りにはゴブロンを中心とした防護部隊が配置してあるのに、それらを飛び越えて、中庭まで入ってこられては、成す術もない。


『答えられないか?なら……』


人型のマギアグレイヴは飛び上がると、北の塔の前に止まり、塔を破壊する。


そして握った手のひらを開いて見せて、そこに二人の少女がいることを城の窓からよく見える様にする。


『明日の同じ時間に、もう一度返事をもらいに来る。それまで、王女さんは預かっておくからな。』


そう言って飛び去るマギアグレイヴを、城内の者達は、ただひたすらに見送るしかできなかった。


その後、王女が攫われたと阿鼻叫喚の騒ぎになるのは、それから半刻ほど経ってからだった。





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