―想いとフューリーとの話―
ローリーを送って家へと帰ってきた俺は、入って扉を閉めるとそこに凭れかかった。
ローリーの頭を撫でた手をじっと見る。そして大事なものを零してしまわないようにとぎゅっと握った。目を閉じてその手をぐっと俺の額に押し当てる。
――ローリーの、頭を撫でていい……。
そう言われたことが嬉しくて、でもそれを許されたこと自体が俺がローリーに意識されていないという証拠に他ならなくて、悔しくて苦しくて堪らない。
俺は意識されていないから許された。……ユーヴェンのことを意識しているから、あいつに対して頭を撫でられるのは微妙なんていう答えだった。
ユーヴェンに撫でられそうになった時のローリーを思い出す。必死に普通を装いながらも、一瞬身構えたローリーの顔に浮かぶのは期待と羞恥、少しだけ、不安そうな表情で。嫌だと思った。
ローリーがそんな顔をしているのがユーヴェンのせいだなんてことが嫌で、それ以上見たくなくてユーヴェンの手を掴んだ。
その時のほっとしたような、でも残念そうなローリーに俺の心は確かに痛んで。
頭を撫でたのだってわざとだった。ユーヴェンに撫でられそうになったことなど、忘れさせたくて。そうしたら、いつでも撫でられてもいいなんて、俺が舞い上がることを簡単に言うローリーに嬉しくなった。
だから、聞いてしまった。
俺に撫でられてもいいと言うローリーが、ユーヴェンに対してはどう言うのかに興味があった。期待してしまったんだ。ユーヴェンには許さないんじゃないかと。
聞いたことを、後悔した。
微妙という答えなのに、ローリーの表情はさっきよりも雄弁で。赤面を必死に抑えようとしているローリーは可愛いのに、それが俺に対してじゃないのが苦しくて。それなのに、うまくローリーの言葉を利用して、ユーヴェンがローリーに触れることを止める口実を得た。
本当はユーヴェンに撫でてほしいんだろうことは、ローリーを見たらわかっているのに。
それなのに、ちゃんとした撤回の言葉は出せなかった。
「ごめんなローリー」
ポツリと声を漏らす。
――それでも俺は、お前をユーヴェンにも譲りたくねぇ。
ユーヴェンになら、ローリーを任せられると思っていた。でも、そんなのは最初から無理だったと気づいてしまった。
『あ、それにアリオンは、ほら、私が彼女って噂があるけど、ユーヴェンは、ほら、ないから、撫でられると変な噂にならない?』
微妙だと言った理由を言い募ったローリーの言葉が思い出されて眉を寄せる。
一緒に昼間フューリーと交わした会話も思い出し、ギリッと歯を鳴らした。
***
憂鬱だ。ただでさえローリーの弁当をゆっくり味わいながら食べる時間がなくなるかもしれないというのに、さっきユーヴェンに苛立ちをぶつけてしまったことも憂鬱な気分に拍車をかけた。
――流石にあいつが悪くねぇのはわかってんのにな……。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き回す。でもユーヴェンがローリーに想われていると考えると、どうしても苛立ってしまう。
――気づいてもねーし。
あいつが気づいても困るし、ローリーだって言うつもりもないのだろうが。ユーヴェンの何も気づいていない態度にイライラしてしまう。ローリーが隠すのがうまいだけだとわかっている。
俺はずっとローリーを見ていたからユーヴェンを好きだと気づいていたはずなのに、実際に気持ちに気づいたローリーがユーヴェンの名前を口に出すだけで俺の心はぐちゃぐちゃになった。
ローリーが俺の為に弁当を作ってくれたのが嬉しかった。頼まれて髪を直せばサラサラとした柔らかいローリーの髪の感触が手に残って。ローリーに可愛くお願いされたのは頭を撫でてほしいなんていう、可愛い願いで。そうしてローリーの頭に触れれば、「好き」という言葉と一緒に笑って受け入れてくれるのに浮かれてしまった。その「好き」は、俺の撫で方が好きだという意味だとわかっていたけれど、それでもローリーが愛しい気持ちは溢れていった。
朝はとても幸せな気持ちでいられたのに。
その後、ローリーが頬を少し染めてはにかんだ顔で喋ったのはユーヴェンへクッキーをあげる話だった。ローリーの今まで見たことがないとても可愛い表情は、ユーヴェンの話で浮かべたものだという事実を突きつけられて、堪らない気持ちが俺の中を巡った。
あんなに可愛いローリーに、ユーヴェンが気づいていなくてよかったと安心するのに、気づいていないことに腹が立つ。
相反する感情も相まった苛立ちをユーヴェンにぶつけて、俺は何がしたいのか。
「はあ……」
思わず溜め息を吐くと、呼び出された場所近くまで来ていた。そこには先に俺を呼び出した張本人であるフューリーがもう居る。
いきなり何の話なんだろうか。早く終わってくれればいいが。
「おい、フューリー。来たけどなんだよ」
苛立ちを抑えないまま話し掛ける。いつも突っかかってくるんだからこいつ相手にはこれぐらいいいだろう。
「……機嫌悪いな、ブライト」
口を引き攣らせながら言ってくるフューリーを軽く睨む。
「俺は早く話終わらせてぇんだよ。さっさと話せ」
俺の苛立ちの一番の原因を作り出したやつに機嫌の悪さを謝る気はなく急かす。
――早くローリーの弁当食べたいんだよ、こっちは。
ゆっくりローリーの弁当が食えないかもと思ったら機嫌が悪くもなる。
「わかったよ……。ブライト、お前魔道具部署の亜麻色の髪の子と付き合ってないって言ってたけど、嘘だよな?」
「ああ?」
フューリーの質問の意図が読めずに、低い声で聞き返す。ついでに質問も今の俺には気に障ったが、朝フューリーにローリーとのあんな場面を見せているので仕方ないだろうとは分かっている。
俺の剣幕に少し怯んだ様子だが、それでもフューリーは続けた。
「いや、朝の感じ見てたら付き合ってんだろ、お前ら。なんで俺が聞いた時に嘘ついたんだよ。俺だってブライトが否定しなけりゃ……あんなに突っかかんなかったのに。嘘までつかれた理由が気になんだよ。ブライトがあの子のこと好きなのは朝見てわかったし、スカーレットのこと好きなわけではないんだろ?」
そう言ってきたフューリーの意図がやっと読めて溜め息を吐いた。
「はあ……聞きたいのはキャリーが好きかどうかか」
あんな場面見れば俺がローリーを好きなことなんてわかってるだろうに、そんな確認までしてくるとは思わなかった。俺が嘘まで吐いたことが気になったのだろう。
――その嘘吐いた理由にキャリーが絡んでねぇのかが分からず呼び出したってとこか。
ローリーへの気持ちに気づかずに対応した俺の失態もあるので手で頭を抑える。
「!いや、俺は、嘘をつかれた理由が、気になって、だな」
フューリーはこの期に及んで言い訳を始める。
――キャリーのことを好きなわけではないのかなんて聞いたくせに諦め悪いな……。
盛大な溜め息を吐いて観念するよう促す。
「もう色んな奴らにお前の気持ちバレバレなんだから諦めろよ」
「はあ!?いや、俺は別にスカーレットのことを……別に、どうも思っては……」
俺の言葉になおも否定するフューリーに、以前の自分の姿を思い出して苛立った。
「お前、それやめろ」
厳しい声でフューリーの言葉を遮る。
「は?」
間抜けな声を出したフューリーを厳しい目で見た。
「好きなんだったら自分の気持ちぐらいさっさと認めろ。さっきの質問だけどな、俺はローリーとは付き合ってない。けど、俺はローリーが好きだ。お前に嘘ついた訳じゃねぇし、そもそもあん時は俺も自分の気持ちに気づいてなかったからお前に言うこともなかったんだよ。んで、自分の気持ち否定するお前見てるとそん時の自分を思い出してイライラすっから、やめろ」
一息に言い切って息をつく。
気づいていたからって何かが変わったのかは分からない。でも、ローリーがユーヴェンを好きになる前に自分の気持ちに気づいていたら、もっとローリーに真っ直ぐ好意をぶつけられてたんじゃないかと思ってしまう。
まだキャリーに好きな人がいるかどうかもわからないくせに認めもしないフューリーにムカついた。
 




