読めない心
アリオンと話しながら歩いていると、すぐに家に着いた。
「ほら家、着いたぞ」
そう言って立ち止まるアリオンに笑って、わざわざ送ってくれたのでついでに上がっていってもらえばいいかなと考えて誘う。
「ええ、ありがと。アリオンお茶でも飲んでく?」
「!んなの別にいいから、気にすんなって。俺はそのまま帰るから」
驚いたように目を見開いてから、アリオンは断る。
「そう?」
気を遣わなくてもいいのに気を遣っているんだろうか。別にお茶を入れるくらいするのに。
「そうだよ。ま、誘ってくれたのは嬉しいよ。あとな、フューリーとのこと解決できたのローリーが頑張ってくれたお陰だ。改めて、ありがとうな」
そう言って目を細めると、アリオンが私の頭に手を伸ばした。大きなアリオンの手が私の頭を優しく撫でる。
さっきいつでも撫でていいと言ったからだろうか。でも、さっきあんな話をしたからしないかもと思っていたので少し驚いてしまった。
アリオンの撫で方は優しくて、やっぱり安心するけれど。
……私はすごいことを許可してしまったような気がする。別に兄に撫でられた時のように頭が乱れるわけじゃないし、ユーヴェンに撫でられるかもしれないと考えた時のように心臓の鼓動が早くなって赤面しそうになる訳でもなく、アリオンに撫でられるのはむしろ安心するから言ってしまったけれど、なんだかむず痒い。
そんな風に思ってしまったとは気取られたくなくて、とりあえず笑ってお礼を言う。
「ううん、アリオンの力になれてよかったわ。こちらこそ送ってくれてありがと、アリオン」
「ん、いいよ」
アリオンの表情は優しくて、それでいて嬉しそうだ。
――なんだか嬉しそうに撫でてるから、アリオンも撫でるの好きなのかも。お兄ちゃんも私の頭撫でるの好きだし。
アリオンも同じでもおかしくないだろう。
今は妹のエーフィちゃん含め、家族とは別の家で暮らしているからもしかしたら寂しい気持ちがあるのかもしれない。同じ王都内だけど、やっぱり一緒に暮らしている時とは違う感覚だろう。それを私を甘やかしたりすることで補っているのかも……と思う。
――アリオンが喜んでくれるなら撫でられるくらい構わないかな。
そんなことを考えていると、アリオンは最後に軽く私の髪を梳いて手を離した。やっぱりアリオンは気遣い屋さんで優しい。だから、アリオンの撫で方を好きだと思える。
「じゃ、俺はそろそろ帰るわ。じゃーな、ローリー」
そう言ったアリオンにハッとして慌てて裾を掴んで止める。
――まだ昨日の飲み代払ってない!
「待ってアリオン!」
「なんだ?」
すぐに振り返って不思議そうに言ってくるけれど、アリオンってば昨日私が潰れて飲み代を払ってないのを忘れているのだろうか。
「昨日の飲み代!払ってくれたでしょ?払うから代金教えて?」
「ああ。別にいらねぇよ」
聞くと軽く返される。パチパチと目を瞬かせる。昨日と言っていたことが違う。
「昨日は奢らないって言ってたじゃない」
ジト目でアリオンを見ると、優しく目を細めた。
「今日弁当作ってくれたからな」
「そんなに大したものじゃなかったのに……」
お弁当は簡単なものだったのにそんなに感謝されるともっと凝ったものを作ればよかったと後悔してしまう。
「はは。俺が嬉しかったからいいんだよ」
屈託なく笑うアリオンは確かに嬉しそうで、少し恥ずかしくなって頬を膨らませる。
「むー……」
「ほら、また飲みに行く時出してくれればいいから」
「……うん、わかった。ありがと、アリオン」
少し納得していないけど、アリオンが引かないことも分かるので仕方なく笑って了承した。
「ん、よし」
アリオンはそう優しく言って笑うと、私の頭をまた撫でる。
「ん」
流石に予想していなくて声が漏れた。ちょっと恥ずかしくなって視線を逸らす。
アリオンが喜んでくれるならと思ったけれど、やっぱりいつでも頭を撫でていいって言ったのは早まったのかもしれない。こんなによく撫でてくるとは思わなかった。
アリオンの撫で方は好きだし、止める理由もないけれどなんだか少し恥ずかしい。
でも、こんなに嬉しそうに撫でているのに今更ダメだとも言えない。アリオンは言えと言っていたけど、やっぱりアリオンをガッカリさせたくないと思ってしまう。それに、嫌になった訳ではないし。
また最後に髪を梳かれる。その大きい指が少し地肌に触れた。
「じゃあまたな、ローリー」
「うん、またねアリオン」
手を振って、アリオンを見送る。アリオンは曲がり角の前でふと振り返ると笑って手を振ってきた。それにも振り返してアリオンの姿が見えなくなると、私は家の中に入った。パタンと扉を閉じてから、扉に背中を預けた。
なんだかアリオンが、いつもよりも甘い。昨日ナンパされていたからだろうか。心配性と過保護にとんでもなく拍車がかかっている。
あんな風にされると流石に恥ずかしくなってしまう。
――あれ、いつ治るのかしら……。
アリオンが私に甘いのはもとからだけど、なんだか昨日からものすごく甘くてなんだか距離感も近い。
なんでだろう。やっぱりナンパされてだいぶ心配させてしまったから?時が経ったら心配も薄れて治るだろうか。……もともと私に甘いアリオンのことだから、治らないかもしれない。
アリオンに優しく頭を撫でられると、思い出す。
『なら、聞かねーから。でも一人で落ち込むなよ』
昨日酔い潰れる直前に見た、アリオンの辛そうな顔。私が一人で落ち込んでしまうと、アリオンがそんなに辛そうな顔をするなんて思わなかった。だから私がアリオンを信じていることを伝えて、嬉しそうに笑ったアリオンに安心した。
そうしてまた思い出す。
『……ちゃんと泣け、バカ』
そう切なそうに言ったアリオンの声は、夢だと思っていたのに。
髪を撫でられるたびに思い出されるその声は。
――たぶん、夢じゃなかった。
あの言葉を、私はどう捉えたらいいのだろう。アリオンのあんなに切ない声なんて聞いたことがなくて、思い出すたびに苦しく感じてしまう。私もアリオンに落ち込まないでほしいと思っているのに。
やっぱり、アリオンは私の気持ちをわかっているのだろうか。アリオンがわかっているなら踏み込んでこない優しさに甘えようと思っていた。
でもそうすると、ユーヴェンが触れようとした時止めた理由が分からない。アリオンは私の気持ちを優先し過ぎる所がある。
だから恥ずかしいけれど、アリオンが私がユーヴェンを好きだと気づいていたら触れようとするのを止めないように思うのだ。それに実際、以前まではあんなにはっきり止めていなかった。ユーヴェンが頭を撫でたり肩を組んでから、仕方なく引き剥がしながら止めていた。あの言葉は毎回言っていたけれど。
そう考えると気づいていないのだろうか。私が居酒屋でちゃんと否定したから、はっきり止めるようになったと考えた方が自然な気がする。
アリオンは昔から過保護だからやっぱり噂も気にしているんだろうし。
……私、もしかして泣いていたんだろうか。だから、ちゃんと泣けと言って……甘えろってことなのかもしれない。
甘える……今でも、アリオンに甘え過ぎているぐらいだけど、もっとってこと?
これ以上甘えると考えると恥ずかしいけれど、アリオンの辛い顔を見て切ない声を聞いてしまったら、少し考えてしまう。
もしかして頭を撫でてくるのも、私を甘やかそうとしているのかもしれない。
でも、これは全て憶測だ。
「わかんない……」
アリオンに撫でられた頭を、乱れていないのに触ってしまう。
頭を撫でる時のアリオンの優しい声が、耳に残っていた。