機嫌の理由
アリオンの言葉にユーヴェンが手を降ろす。
激しく鳴っていた心臓が段々と落ち着いてきた。頬が赤くなっていないか気になるが、変な挙動をするわけにはいかない。
「あ、そうだよな。ごめん、ローリー」
ユーヴェンが眉を下げて申し訳なさそうに謝っている。
「ううん、別に大丈夫よ」
私はユーヴェンに笑って返した。
ユーヴェンに撫でられなくて残念なような、でもほっとしたような気持ちだ。ううん、撫でられていたら流石に誤魔化せないくらい赤くなってしまっただろうから、きっとこれでよかった。
バレないように深呼吸をする。
ユーヴェンは謝ったあとは私の挙動を気にした素振りもなく、アリオンに顔を向けた。
「それで、フューリーなんて?解決した?」
アリオンは少し厳しい目でユーヴェンを見ていた。いつもアリオンがユーヴェンに注意しているのにまた私に軽々しく触れようとしたからだろうか。
――アリオンも私がきっと変な噂とかに巻き込まれないように注意してくれてるのよね。
学園時代はユーヴェンやアリオン、クラスの男子を手玉にとってる悪女なんて馬鹿げた噂が立っていたこともあった。今思うとなんてやばい噂だろう。流石のユーヴェンも憤慨していたし、アリオンに至っては噂を話している人を一人一人捕まえて、いつも女子に対しては浮かべていたはずの柔和な笑みをひとつも浮かべることもなく詰問していた。私はやり過ぎないように止める側だったけれど、まあ噂の内容を考えると怒るのも仕方がないような気がする。
だからアリオンが心配しているように、女友達だからといって軽々しく頭に触れる行為はそういう噂がたっても仕方がない。朝はわざわざアリオンに頭を撫でてもらって恋人同士のようにフューリーさんに見せたのだ。
そのフューリーさんに呼び出されたというのが心配になってアリオンを見る。ユーヴェンの言うように解決していればいいのだけれど。
アリオンは私の視線に気づくと、厳しかった目元を緩めた。そして私の目を見るように言う。
「……大丈夫、解決した」
「そうなの?よかった!」
アリオンの言葉に思わず両手を叩いて祝福する。
不安だったけれど、きっとフューリーさんとちゃんと話ができたのだろう。
「ん、ローリーのお陰だよ。ありがとな」
そう言ってくれるアリオンはとても優しい表情だ。
「ふふ、どういたしまして」
アリオンの役に立てたことが嬉しくて、笑みを零しながら返事をする。
「よかったじゃん!それで、ローリーの弁当ゆっくり食べる時間あったのか?」
ユーヴェンも肩を組んだままアリオンを揺らして笑った。
ユーヴェンのその言葉に笑っていたアリオンがピタッと止まった。そして顔を歪めるけれど、その頬は少し赤い。
――もしかして、私のお弁当ゆっくり食べたかったのかしら。
目を丸くしてアリオンを見ると目を逸らされた。
「ユーヴェン、お前思いっきり殴ってもいいか?」
アリオンはユーヴェンに向かって拳を握り締めている。その拳には結構力が入っているように思えるが、冗談……だと思う。
「え!?だって弁当もらったのすっげぇ嬉しそうにしてたから、ゆっくり食べられなかったら嫌で機嫌悪かったんだろって、いててて!いてぇって!アリオン耳引っ張んなよ!」
アリオンがユーヴェンの言葉を聞くと、自分から引き剥がすと同時に耳を思いっ切り引っ張った。
「なんでお前は全部言うんだよ!」
図星だったのだろう、アリオンは耳まで赤くなっていた。
お弁当をゆっくり食べたくて機嫌が悪くなったなんて子供みたいだ。でもそれだけ楽しみにしてくれていたことは私もすごく嬉しい。
「ふふふ、アリオンがそんなに喜んでくれたなら作ったかいがあったわ」
嬉しさに笑いながらアリオンを見る。
アリオンはユーヴェンの引っ張っていた耳を離すと、恥ずかしそうに首を掻きながら赤い顔のまま言う。
「ああ、うん……まあ、すげぇ嬉しかったし、うまかったよ」
アリオンの言葉に笑みが溢れる。
「うん、よかったわ」
アリオンは恥ずかしそうに笑って返してくれた。
「いってー……思いっきり引っ張らなくてもいいのに……」
ユーヴェンは耳を抑えながら不満を漏らす。アリオンは苦々しい顔で睨んだ。顔は赤いままなのであまり迫力はない。
「お前は思ったことはっきり言い過ぎなんだよ」
確かにユーヴェンはそういう所がある。アリオンは機嫌が悪かった理由をバラされて恥ずかしかったのだろうけど、私は知れてよかった。
「ユーヴェン、口は災いのもと、よ」
でも許してしまうとユーヴェンの素直さが加速しそうなので、私もにっと笑って釘を刺す。
「ったくー」
ユーヴェンが不満そうに言葉を漏らす姿に、思わず笑ってしまう。アリオンを見ると溜め息を吐きながらもユーヴェンの姿に笑っていた。




