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長い付き合いでわかること


 今日は昨日の朝のように辛すぎることもなく、カリナと挨拶ができたことに安心した。

 カリナ自身と話を聞いてくれたアリオンのお陰だと思う。


 お昼には昨日と同じように西の庭へ行って緊急用伝達魔法の練習をした。マスターに教えてもらったやり方をカリナにも教えると、カリナも成功させることができ、私も術式を構成するのがだいぶ速くなった。また今度スカーレットにも教えておこう。ユーヴェンは……どうだろう。得意で構成速度も速いけれど……。また、機会があれば言えばいい、かな。

 そんなことを考えるだけでも、不規則に動く心に慣れない。私は、諦めなければいけないと、思っているのに。


 ふるふると頭を振って、緊急用伝達魔法のやり方を教えてくれたマスターのことを思い出す。アリオンが迎えに来てくれると言っていたし、またマスターにお礼を言いにお店に行こう。アリオンから聞いた伝言だと今度は潰れないように調整してくれるということなので、その点でも安心だ。


 そんなことを考えながら帰りの廊下を一人歩いていると、よく知った声に呼び止められる。その声を聞くだけで、心臓が跳ねてしまった。


「ローリー、お疲れ様!」


 満面の笑顔で走ってくるユーヴェンはいつもと変わらないのに、自分の気持ちに気づいただけでどうしてこんな、嬉しいだとか、苦しいだとか、悲しいだとか、そんな気持ちが渦巻くのだろうか。それでも、色んな気持ちが渦巻く中で一番強く思ってしまうのは、ユーヴェンと話せることが嬉しいという気持ちだ。

 少しだけ深呼吸をする。


「ユーヴェン、お疲れ様」


 自分の気持ちに蓋をして、いつもと同じようにを意識しながら笑って返す。

 昨日よりはちゃんとできてると思う。やっぱりアリオンが話を聞いてくれたお陰だ。


「ローリー、クッキーありがとな!うまかった」


 笑顔のままで言うユーヴェンに、私もつられて笑顔になってしまう。さっきまでは、意識して笑っていたはずなのに。


「なら、よかったわ」


 安心して返事をする。


 ユーヴェンは隣に並んで歩き始めた。なんだか当たり前に、会えば話しながら帰る、そうなっているのが嬉しくて、くすぐったくて、それで、苦しい。


「そういえばさ、クッキー渡された時アリオンなんだか機嫌悪かったんだけど理由知ってる?」


 ユーヴェンが頭の後ろで手を組みながら、眉を寄せて聞いてくる。


 アリオンの機嫌が悪かった?どうしてだろう。朝は……強引にねだってしまったこともあったけど、機嫌は悪そうじゃなかったし、むしろ笑っていたのに。


「どうしてかしら……?朝は普通だったのに……。……お弁当、美味しくなかったのかも……」


 嫌な想像をしてしまって最後にぽそりと呟いた。アリオンはそんなことで機嫌悪くならないとは思うけれど、不安が湧く。


 けれどユーヴェンはすぐに手を振って否定した。


「あ、それはないない!弁当のことになるとすっげぇ嬉しそうだったから」


 楽しそうに言うユーヴェンが嘘を言ってるとも思えないし、そのことに嫌な想像は打ち消されてほっとして笑う。


「そうなの?ならよかったけど……じゃあ、なんでかしら?」


 やっぱり、ユーヴェンにも渡してと言ったのが良くなかったのかしら。でもあの時はアリオンも笑っていたのに。

 それにアリオンはそんなことで不機嫌にはならないと思う。何か別の原因があったのだろうか。


「ローリーも分からないなら、たぶん朝からの間で何かあったんだろうな」


「ええ、たぶんそうだと思うわ……」


 何かしたかと思いながら考えるけれど、アリオンが機嫌まで悪くなる原因が分からない。だからユーヴェンの言葉に頷いた。


「あ、ローリー。今度遊ぶ時、アリオンとスカーレットさん来れないんだって?クッキー渡された時に聞いてさ……あ、もしかして機嫌悪かったのってそれかな?」


 遊ぶ予定の話にドキリとする。


 昨日アリオンに行くのを止めていいと言われて少し安心してしまったけれど、まだどうするかなど、決めていない。


 とりあえず、アリオンの様子の話をする。


「そういえば昨日飲んだ時もなんだか気にしてたわ」


「昨日飲んだ?」


 ユーヴェンは首を傾げて聞いてくる。


 てっきりお弁当の話の時にアリオンが説明していると思っていたので目を瞬かせた。


「あれ?聞いてない?昨日アリオンと飲みに行ったのよ。それで私潰れちゃって……。今日アリオンに渡したお弁当も昨日送ってくれたお礼」


 恥ずかしくなりながら言い募る。


 なんだか、アリオンにお弁当をあげたのはお礼なのだと、ユーヴェンに言い訳しているみたいだ。

 きっとユーヴェンはそんなこと、気にもしないのに。


 少し、胸が痛む。


「そうだったんだ。なら、俺も誘ってくれればよかったのに。でもローリーが酔い潰れちゃったならアリオン、リックさんに怒られたのかな」


「え?」


 からっと笑いながら言ったユーヴェンに、目を見開く。


 ――アリオン、昨日ユーヴェンは残業だって言ってたのに……。


 まるで残業などなかったように軽く言うユーヴェンに驚いてしまった。


 ――もしかして……。


「?どうしたんだ、ローリー?」


 不思議そうに問いかけてくるユーヴェンに、首を振る。


 そうだ。昨日だって、踏み込んでこないアリオンに甘えようと思ったんだ。その気遣いが、嬉しくて。

 それに勘違いしていた、という可能性もある。

 けれど。


 ――やっぱりアリオンは、優しい。


 その優しさに心が温かくなる。


「あー、ううん。アリオンは稽古つけられてただけだったわよ。たぶんアリオンってお兄ちゃんに気に入られてるのよね」


 首を振って何も気づかなかったふりをして、今日気づいたばかりの話をする。


「ああ、アリオンよく稽古つけられてるもんな」


 当然のように返したユーヴェンに、今日まで知らなかった私は複雑な気分になる。


「やっぱり、よく、なのね……」


「ローリー知らなかったんだ?」


 目をパチパチとさせながら聞いてくるユーヴェンに頷く。


「ええ、二人共言わないもの」


「まあ確かに言いそうにないかも、二人共」


 そう言って笑うユーヴェンは無邪気だ。……何もないはずなのに、心音が早いのはどうにかならないのだろうか。


「なんだか不思議な気分よ……。友達とお兄ちゃんが私が知らない間に仲が良くなってるって……」


 兄とアリオンを見て思ったことを言う。なんだかこの言葉にユーヴェンがどう返すのか、すぐにわかってしまう。


「はは。まあ、仲良いことはいいことだしいいじゃん」


「そうだけど……」


 想像通りの言葉で返すユーヴェンに、思わず笑った。


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