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―出した答え―

 

 俺は少し考えて口を開く。


「……今度からは信頼できる店で待っといてもらうようにします。あと、休みで遊ぶ時は俺も早く行きます。俺がいない時は……あまり早く行かないように言っておきます」


 マスターの店なら信頼できるし、ローリーもあの店を気に入っているようだからそこで待っておいてもらえばいいだろう。

 ローリーにまた過保護だと言われてしまいそうだが、あいつも実際に今日の出来事があったのだから俺の心配する気持ちは汲んでくれるだろう。


 それに休みの時にローリーに早く会える口実が出来るのは嬉しい。


「ふーん。ま、ローリーと早く会えるもんねー」


 正に思っていた事を言い当てられて喉が詰まった。


「ぐっ……その、理由もありますけど……」


 顔がまた火照るのを感じながら答えると、リックさんはふっと笑った。


「冗談……でもないけど、わかってるよ。ま、よろしく。ローリーかなり早く行くから大変だろうけど」


「いえ、それは全く苦ではないです」


 リックさんの言葉に迷いもなく返すと、また呆れた目を向けられた。そして溜め息をつきながら片手で頭を軽く抑えている。


「……君のそのローリーに激甘な所はいいんだか悪いんだか……」


 眉を寄せながら言われた一言に、目を泳がせながら聞く。


「……その、そんなに、甘い、ですかね……?」


 よく言われているが俺にはその自覚があまりない。ローリーの希望はなるべく叶えてやりたいとは思っているが、駄目なことは駄目と……言っている、はずだ。今日だって、ちゃんと最後は飲むのを止めた……し。


「アリオンくんはローリーの為ならなんだってしちゃいそうなんだよなぁ」


「そんな、ことは……」


 ない、そう言いかけて止まる。俺はローリーの為になるなら、なんだってしてやりたいとは思っている。


「ないって言えないでしょ」


 リックさんの確信した言葉が刺さった。


「……はい……」


「はあ……。でも君がそうやってローリーの為ってことを考えながら接してるのは知ってるし、そこは評価してあげるよ。ま、ローリーの意思を無視したりしたら許さないけど」


 リックさんの有り難い言葉に嬉しくなりながら答える。


「はい、それはもちろん。そんなことはしません」


「……僕も君のそんな言葉を信じちゃうくらいには、君に(ほだ)されてるよなぁ……」


 リックさんが目を逸らしながら小さく何かを喋ったような気がしたけれど、聞き取れない。


「すみません、聞こえなかったんですけど……」


 縮こまりながら聞くと、リックさんは手を振った。


「いいよ、独り言。ほら、話は終わりだからコーヒー飲んだら帰りな」


「あ、はい。ありがとうございます」


 リックさんの言葉にあと少しだけ残っていたコーヒーを飲み干す。


「ごちそうさまでした」


 そう言ってカップを置くと、リックさんがすぐに片付けてくれる。


「ほら、これ君のコート」


 リックさんはカップを台所に置いてくると、コート掛けに掛けてくれていた俺のコートを出してくれる。こういう所がやっぱりマメだ。 


「ありがとうございます」


 受け取って玄関へ行くとリックさんが扉を開けてくれるので、ペコリと頭を下げながら外へと出る。

 外へ出てから向き直って改めて頭を下げる。


「あの、話を聞いて頂いてありがとうございました。お邪魔しました」


 リックさんは扉を開けたまま首を軽く振った。


「うん、別に気にしなくていいよ。まあ、またね。……正直僕はユーヴェンくんよりもアリオンくんを評価してるから。ま、頑張ってね」


 意味深な笑みと言葉を放つとリックさんは扉を閉めた。


「え……」


 思わず漏れた驚きの声は閉められた扉の前に落ちた。


「……あの人はどこまで知ってんだ……」


 ぐしゃぐしゃと頭を掻き回しながら呟く。


 正直リックさんに会えば、この気持ちが(いさ)められるんじゃないかと思っていた。ローリーを溺愛してるリックさんだから、俺の想いを許しはしないだろうと。まさか以前からバレてた上に、最後にあんなことまで言われるなんて。


「応援されるとか思ってねぇよ……」


 頑張ってね、とはそういう事だろう。あの人は誤解されるようなことは言わない。

 評価されているのは正直に言ってとても嬉しい。だが、押し込めようとしていた気持ちをマスターにもリックさんまでにも後押しされてしまえば、途端にどうしていいか分からなくなる。


 この気持ちを俺は、しまい込まなくてもいいんだろうか。


 ――俺が頑張ってローリーに、俺を好きになってもらう……。


 浮かんだ考え自体に顔がカッと熱くなる。ローリーに好きになってもらう、そんな大それたことを思うだけで心臓がどうにかなりそうだ。


 胸元を抑えながら深呼吸をする。答えをすぐに出さないといけない訳じゃない。ただ選択肢が増えただけだ。でも増えた選択肢をすぐにでも選んでしまいそうなことに自分でも驚いてしまう。


 ――とりあえず帰ろう……。


 大きく溜め息を吐いて、先程よりも落ち着いた火照りを更に冷ますように手で仰いだ。


 リックさんから渡されたまま腕にかけていたコートを着ようとして、先程ローリーを包んでいたことを思い出す。ローリーの香りが移っている気がして、それに耐えられそうにないので腕まで入れていたコートを脱ごうと思い直した。


「アリオンくん、まだいる?」


 扉の開閉音と共に呼び掛けられた声に飛び上がる。思わずバッとコートを脱ぐ。


「……はー、そういう所だよね……」


 リックさんはあからさまに大きな溜め息を吐いて、俺を呆れた目で見た。……今日だけでこの目を何度見ただろう。


「な、何でしょうか」


 恥ずかしい所を見られてしまった。思わず首を掻く。しかし上官相手に失礼だったかもしれないと思い直して止める。……情けない所を沢山見せたので今更かもしれないが。


「ま、いいけど。明日朝一、第一訓練場に来なよ。稽古、つけてあげるよ」


 リックさんはそう言ってにっこりと笑った。これは逃げられない。自分の力になるので逃げる気もないけれど、直接言われると恐ろしさが勝ってごくりと喉を鳴らす。


「ローリーを諦めるなら別に来なくていいけど」


「行きます!」


 リックさんが付け足した言葉に対して食い気味に答えてしまい、ばっと両手で口を抑える。


「ふーん、そっか。それなら……死ぬ気で頑張ってね?」


 ニヤニヤと笑いながら問いかけるリックさんはそのまま俺の返事を待っている。

 俺は抑えていた手を外すと観念したように口を開いた。


「はい……頑張ります」


 そう返事をすると、リックさんは満足気に頷いた。


「ま、気をつけて帰りなよ」


 なんだか機嫌がいいリックさんは笑いながらそう言って玄関扉を閉めた。


「はい……」


 届かないだろう返事が、ぽつりと夜闇に響いた。


 ――俺はローリーを諦める気などさらさらないのか。


 自分がとっさに出した答えに、両手で顔を覆った。


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