―呆れた溜め息―
俺は深呼吸して、気分を落ち着かせようとした。
リックさんはそんな俺の様子を見ながら続ける。
「君がローリーを好きって事は騎士団内でも噂で回ってるぐらいだけどね。否定してたみたいだけど、消すのは無理に決まってるよ。ただの事実なんだから。ま、君とローリーが付き合ってるって噂を聞いた時はどうしてやろうかと思ったけど」
リックさんがコーヒーを飲みながらじっと俺を見てくる。その視線に肩を縮こませる。
「う……それはすみません……」
リックさんの言う通りだ。俺の失態なので謝るしかない。
「事実だったら僕に報告しにこないなんてふざけてるなぁと思ってぶちのめしてやるつもりだったけど、アリオンくんとローリーの様子見たら以前と変わりなかったから安心したよ。ま、勘違いされるのも仕方ないよね。君ってローリーを好きなことバレバレの接し方してるし」
「うぐっ……」
恐ろしいことも言われたが、それよりも最後に言われた一言にダメージを受けて思わず呻き声を漏らした。
――バレバレ……。
その言葉が頭の中を巡る。ローリーを好きなんじゃないかと同僚達に問われて否定した時のなんとも言えないような顔が思い出された。毎回同じような反応だった意味が今更理解できてしまう。
「でもま、噂の件は許してあげるよ。その噂のお陰でローリーに近づく輩もあんまりいなかったからね」
少し機嫌が良さげに笑っている。確かにローリーからそういった話は聞いたことがない。初めてあの噂に感謝してしまった。
しかし、よく考えるとあの噂がなくとも大丈夫な気はする。
「……リックさんの妹に手を出そうなんて輩はなかなかいないかと……」
リックさんは騎士団内でも折り紙付きの実力の上、朗らかに笑いながらとても厳しい訓練を課すことで有名だ。……ぶっちゃけ恐れられている。そのリックさんの妹だと知っていたら手を出そうとは思わないだろう。
俺の言葉にコーヒーを飲みながらリックさんは肩を竦めたと思うと、俺に鋭い目を向けた。
思わず肩を揺らす。
「僕とローリーは見た目でぱっとわかるほどは似てないからね。ローリーを僕の妹だと気づいてない輩も多いのさ。それで、そんな事を宣うアリオンくんはローリーに手を出そうと思ったのかな?自分の気持ちに気づいた当日にローリーを酔い潰してどうするつもりだったのさ?」
その問いにひゅっと息を飲んだ。リックさんに言われて気づいたが、確かにはたから見るとそう思われても仕方がない。
「あ……いや、そんなつもりは……なくって、ですね……。ただ、その……ローリーに、たまにはたくさん飲ましてやろうと……」
しどろもどろになりながら答えるが、ただの言い訳にしか聞こえない。
リックさんは相変わらずの鋭い目で俺を見たままだ。
しかし、自分の行動を思い返すとその事実であるはずの言葉でさえ疑わしくなってくる。
「ふーん?」
リックさんの疑うような視線と相槌に、俺は耐えきれずにローリーに対してやってしまった事と思ってしまった事を白状する。
「……いや、すみません!そんなつもりは、誘った時は一切なか、なかったんですけど!でも、その……!飲んでる時に、お、俺、ついローリーの頭を撫でてしまったり!水を飲ましてやって……その時にすごく色っぽいって、思ったり!あと寝顔もまじまじ、み、見てしまった上に、抱える時にローリーって、きゃ、華奢で軽くて、小さくて……抱き締めたい、って思ってしまったり!じ、実際にしたりしませんけど!そ、そんな事を考えてしまいました!すみません!」
詰まりながらもなるべく一気に言って頭を下げる。俺が話し始めた時の射殺すような目が俺の記憶に焼き付いていた。
頭を下げたままでいると、リックさんのとても大きな溜め息が聞こえてきた。
「………………君ってそんな顔してるのに引くぐらい初心だね……」
その言葉に顔を上げると、リックさんはさっきの射殺すような目ではなく、むしろ呆れた様子で俺を見ていた。
「えっと……そんな、顔って……引くって……」
理解が及ばずに戸惑いながら聞くと、また溜め息を吐かれた。
「そりゃ女の子を虜にしてそうな色気もあって百戦錬磨っぽい顔してるのに中身は幼年の子供か!ってくらい初心だし、しかも正直過ぎるし」
「う……」
リックさんの言葉がグサグサ刺さる。しかしローリー相手にマスターが言った送り狼みたいなことやリックさんが言っていた酔い潰して何かをする、とかそんな事は一切考えられない。
リックさんは溜め息を吐くと呆れた目のままで俺をじっと見て言う。
「アリオンくん、ローリーにキスとかしたいって思わないの?」
その特大の爆弾に顔が燃え上がるように熱くなった。
「はいぃ!?き、キス!?そんなの、か、考え……いや、考えようとしたら無理ですよ!」
具体的に行為を指定されると生々しく感じて平常心でいられない。一瞬寝ていたローリーの唇を見てしまった事を思い出してしまって、それでも何も考えないようにと頭をぶんぶんと振る。
「僕の可愛い妹のローリーとキスしたくないの?」
少し不機嫌そうに言うリックさんに困惑する。
「リックさんはどう答えて欲しいんですか!?……あー、その!あの、無理、って言ったのは、その……俺が、そんなことを、ろ、ローリーに、するって、ことでして……。……その、したく、ない、とかではなくてですね……。というか、そんなの考えるだけ、でも、ローリーを、け、汚して、しまい、そうで悪いっていうか、その……考えるのも無理っていうか……そういう意味です!」
自分でもわけがわからなくなり、目を泳がせながらも必死になって説明する。顔が火照って暑くなってきてしまう。
リックさんはなんだか遠い目をして手で頭を抑えた。そうしてから俺を無表情で見る。
「……………………君気持ち悪いぐらい純粋だね……」
「えっ!?」
リックさんが本気で引いたように言うので、思わず声を上げてしまう。
「……ローリーで淫らな妄想してたら一発殴ってやろうと思ってたけど、これはこれでなぁ……問題ありだなぁ……」
溜め息を吐きながら言われた言葉にまた顔に血が上る。
「み、みみ、淫らな、妄想って………そ、そんなの考えようと考えたりするのだけでもローリーに悪いですから!」
ローリーにそんな感情を抱くなんて、許されることではない。好きでいることは許容できても、そんな欲望塗れの感情はローリーに向けたくない。
それが恋愛感情とともに結びつくものだとはわかっているけれど、それでも無理だ。
「想像もできてないくせにそんな顔真っ赤でどうするのさ……」
リックさんの呆れた声と溜め息が俺に突き刺さる。
――でも、無理なものは無理だ。
俺はローリーをとても大切にしたいから、あいつが俺の事を友達だと思っているならちゃんとその通りにしておきたい。
……もし俺に振り向いてくれることがあっても、ローリーの気持ちを大切にしたいから自分の欲望など二の次だ。
一瞬考えてしまった自分の願望に、また顔が熱くなった。




