信頼と印象
「お役に立てて光栄ですよ。それにしてもブライトさんが初めて連れてこられた方がガールドさんのような可愛らしい方とは……信頼されていて嬉しい限りですねぇ」
「マスター……」
マスターの言葉にアリオンが責めるような視線を送る。私は目をぱちくりとさせてアリオンを見る。
「誰かに教えたの初めてだったの?」
「……ま、隠れ家的に楽しんでたからな」
カクテルを飲みながら答えるアリオンを覗き込むように聞く。
「それなのに私に教えちゃってよかったの?私、ほんとに行きつけにしちゃいそうだけど」
「別にお前なら構わねぇかなって」
覗き込んだ私をちらりと見て言うアリオンに嬉しくなる。
「ふふふ、信頼されてて嬉しいわ」
「……まあな」
アリオンはそう言うと飲んでいたカクテルを飲み干して、マスターにおかわりを頼んでいた。
マスターはさっと新しいカクテルを作って出してくる。今度は透明な液体に薄っすらと青色がついている。パチパチと弾けているのでソーダになっているのだろうか。
「秘密は誰かと共有したくなるものですからねぇ。ね、ブライトさん?」
カクテルをアリオンに差し出しながら言ったマスターの言葉に、アリオンはジトッとした目をマスターに向ける。
「マスター……なんか今日でマスターの印象がだいぶ変わりました……」
「そうですか?ブライトさんがお連れ様を連れてきて下さったから浮かれているのかもしれませんね。ブライトさんには今後もご贔屓にして頂きたいのですが……。どうか老い先短い年寄りの願いを叶えてもらえませんか……?」
大袈裟に肩を竦めながら悲しがってから、アリオンに眉を下げた表情で懇願するマスター。
アリオンは呆れたように答える。
「マスター……そこまでの歳じゃないでしょう」
アリオンのその言葉に頷く。マスターは白髪だけど若々しくて、まだ60代半ばに見えた。
「いえいえ、これでもだいぶ歳をとっているのですよ。年齢は極秘事項なのですが」
そう言ってウインクをするマスターに思わず笑ってしまう。
「ふふ、マスター面白いですね」
「お褒めにあずかり光栄です、ガールドさん」
堂に入った手を胸を当てる仕草をまたするマスターは面白がっていることをわかっていてやっていそうだ。
アリオンは溜め息を一度吐くと、困ったように笑いながら言う。
「まあ心配しなくても来ますよ。こいつも気に入ってますし……それに俺もマスターと話すのは楽しいですから。……遊ばれてるような感じはいただけませんけど」
「嬉しいお言葉ですね。ありがとうございます、ブライトさん。しかし遊んでいるつもりはないのですよ。歳をとったせいかつい思ったことが零れ出てしまって……いけませんねぇ、歳を取るのは」
「絶対歳のせいじゃないですよね、それ?」
目を閉じてふるふると首を振りながら言うマスターに、アリオンが突っ込む。
二人のやり取りがおかしくて笑い声が漏れた。
「ふふふ、二人とも掛け合いしてるみたい」
「面白そうで何よりだよ」
呆れたようなアリオンは、新しいカクテルをぐいっと飲む。
「そうですね、可愛らしいガールドさんは笑顔もとても素敵です」
マスターの褒め言葉に目を瞬かせてから笑う。
「わあ、マスター。そんなこと言われたらキュンとしちゃいます」
「おや、こんな年寄りにありがとうございます」
マスターと笑い合っていると、アリオンが変な顔でマスターをじっと見ているので首を傾げた。
「マスターって……たらしですか……?」
アリオンの責めるような響きの声に、もしかして心配しているのだろうかとおかしくなる。
マスター相手にまで過保護を発動させてどうするのだろう。
「ブライトさん、男はいくつになってもカッコつけたいものですよ」
そうウインクをするマスターはお茶目だ。それでもアリオンはマスターをじっと見ているので、私はアリオンの背中を叩いて言う。
「ふふふ、アリオンも今日色々かっこよかったわよ」
その言葉にアリオンは一瞬動きを止めてから、私を責めるような目でちらりと見てくる。
「……散々からかっておいて……お前は……」
呆れたように溜め息を吐きながら言ってくる。しかし頭をガシガシと掻いているので恥ずかしいのだろう。恥ずかしい時にどこかを掻くのがアリオンの癖だ。
「ふふ、照れるアリオン面白いんだもの」
「おや奇遇ですね、ガールドさん。私もそう思っておりました」
「あ、ですよね!」
笑いながら白状すると、マスターにも同意されるのでつい弾んだ声で答えてしまう。
「ローリーもマスターもいいご趣味をお持ちで……」
私達の様子にアリオンが恨みがましそうな声を出す。こちらを見る顔もむっとしていて顔を逸らされる。
しまった、アリオンをからかい過ぎて怒らせてしまっただろうか。心配になってアリオンの袖の端を掴む。
「怒んないでよ、アリオン」
アリオンはこちらをちらりと見る。
「怒ってねーよ。呆れてんだ」
それでもまだむすっとした顔をしているので言い募る。
「かっこいいって言ったのは本当に思ったから言ったのよ?」
アリオンは顔を手で覆ってから溜め息を吐くと私の方に向いた。
その顔は困ったように眉を寄せている。
「……お前がんな嘘つくなんて思ってね―よ」
優しい声に戻っていることに少し安心する。
「じゃあ許してくれる?」
不安になりながら聞くと、アリオンは苦笑いする。
「だから許すもなにも怒ってねーから。……恥ずかしいだけだよ。だから気にすんなって。ほら、んな顔すんな」
不安そうにしていたからか、アリオンが手を伸ばして私の眉間に触れるか触れないか程度の力加減で触れる。
「ふふ、ならよかった」
それに安心して笑うと、アリオンも同じように笑った。
「……マスター、後ろ向いたって笑ってるのバレてますよ。小刻みに震えないでくれます?マスターは少し反省してくださいよ」
アリオンは横目でマスターを厳しく見ている。私もマスターの方を見ると確かに震えている。なるほど、あれは笑っているのか。
「反省、していますよ……」
マスターの声は笑いを堪えているように震えている。
「そんな震えてる声で言われても説得力ないです」
アリオンのツッコミに首を傾げて聞く。
「そんなに面白いやり取りだったかしら?」
「……あの人は変なとこにツボがあるんだよ」
アリオンはマスターを見ながらぎゅっと眉を寄せている。その言葉を聞いたマスターは更に震え始める。
「もっと肩が震え始めたけど……」
「気にすんな、ローリー」
アリオンの言葉に困惑しながらも頷く。
どこが面白かったのだろうと薄っすらと考え始めると、マスターを呼ぶ声が店内に響いた。
「マスター、お勘定お願いします」
最初に入った時に既にいたお客さんからだ。
マスターは呼ばれるとピタッと震えを止めて、朗らかに返事をする。
「はい、かしこまりました」
その様子に目をパチパチとさせてしまった。
「震え、一瞬で抑えてたわね……」
思わず漏らしたその言葉に、アリオンは溜め息を吐きながら言う。
「マスターは色んな意味ですげぇよ……」
アリオンの言葉に私は強く頷いた。