美味しい料理とお酒とマスター
「あー、ったく。ほら、マスターがくれた以外にも何か頼め。カクテルとかもうめーぞ」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き回しながらアリオンがメニューを書いた黒板を指差す。カクテルは立てかけられた紙のメニュー表にずらっとかかれている。
「あ、そうね。何にしようかしら」
メニューを見ると色々な料理が並んでいて目移りしてしまう。
「もし悩まれるようでしたらおすすめでお作りしますのでお申しつけください。好きなものや嫌いなものを教えて頂ければ、そのように調理致します」
マスターのその言葉に好奇心が湧いた。おすすめで頼むというのはとても楽しそうだ。
「いいですね、それ!じゃあお願いできますか?嫌いなものは特にないので、マスターのおすすめください。カクテルもマスターのおすすめがあれば、それをお願いしたいです」
「もちろんありますよ。ではそのように致します」
優しく頷いてくれたマスターに私も笑顔で頷く。
「俺もマスターのおすすめでお願いします」
「かしこまりました」
アリオンも私と同じように頼むと、マスターはカウンター奥のコンロや調理器具が揃っている場所に向かい、まずはカクテル作りを始めていた。
その間にマスターが最初に出してくれた白身魚のムースを食べる。
口に入れるとふわりと溶けて白身魚の旨味だけがあるムースに、コンソメと思われるジュレも一緒に食べると、程よい塩気が白身魚のムースの甘みを引き立てていて、とても美味しい。
「わあ!美味しい!アリオン、これ美味しいわよ!」
思わずアリオンを振り向くと、優しげな表情でこちらを見ていた。なんだかその眼差しは過保護なお兄ちゃんに似ている。
「よかったな」
そう言ってくるのでずいっとムースをアリオンの方に寄せて勧める。私だけ楽しんでいるのはもったいない。
「アリオンも食べなさいよ」
「わかってるって。食べるよ」
アリオンも私が食べた反対側を掬って食べると頷く。
「ん、やっぱうめぇな」
「ねー!すごい穴場教えてもらった気分!」
教えてもらった事が嬉しくてそう言うと、アリオンも嬉しそうに笑った。
「喜んでくれてるなら、教えたかいがあるな」
アリオンの喜んでいる声と表情に私も笑みが零れる。
「ふふ、ありがとアリオン!」
「いーえ」
優しく頷くアリオンを見て、さっきの話を思い出す。
「でもこんなにいい店だったらほんとに一人でも来たくなっちゃったなぁ。……ほんとに迎えに来てくれるの?」
「行くっつったろ。今更気ぃ使うな」
アリオンを見上げながら聞くと、軽く笑って答えてくれる。
「ありがと。よろしくね」
「へいへい」
ムースを食べながら適当に返事をするアリオンは、きっと感謝の言葉が照れくさかったのだろう。今までの長い付き合いからそれが分かって楽しくなった。
やっぱりアリオンと飲むのは楽しい。
「お待たせ致しました。こちらカクテルと料理でございます」
マスターがそう言って出してきたのは私にはオレンジ色の綺麗なカクテルでアリオンには青色のカクテル、そして料理はカナッペやテリーヌ、生ハムやキッシュがお皿に並べられているものだ。
どれも美味しそうでワクワクしてしまう。
マスターにお礼を言って受け取って、まずはカクテルを飲んでみる。
「わ!このカクテル美味しい!」
その美味しさに思わず声が出る。あまりカクテルは飲んだことがなかったけれど、こんなに美味しいものだと思わなかった。
「うまいだろ?でもカクテルは度数高いものもあるから飲み過ぎには注意しろよ」
アリオンが過保護を発動させて注意してくる。しかしここは飲んだことがあるアリオンに素直に頷いておこう。
「ええ、わかったわ」
そう返事をして次は料理を摘む。一口サイズで食べやすくなっていて、お酒のツマミには最適だ。
「これも美味しいー」
カナッペを食べてまたも声を漏らすと、マスターが嬉しそうに笑う。
「そんなに喜んで頂けると作ったもの冥利に尽きますね」
「ほんとーに美味しいんですもん」
マスターにそう返すと「光栄の至りです」と胸に手を当ててお辞儀をされた。マスターの仕草は様になっていてかっこいい。マスターはずっとこの店をやっているのか、はたまた前職があったのかが少し気になった。
そういえば伝達魔法を使えると言っていた、そう思い出してマスターに質問する。
「そうだ、マスター。伝達魔法使えるって言ってましたよね?緊急用伝達魔法のうまいやり方とか知りません?」
何かいいやり方があればカリナにも教えたい。マスターは何でも知っていそうな雰囲気なので教えてもらえそうな気がしてしまう。
「ああ、練習してんのか」
「そうなの。アリオンにも聞こうと思ってたのよ。なんかコツない?」
アリオンに聞くと目が宙を泳ぐ。
「あー……俺は久しぶり過ぎて組み上げる自信もねーな……」
申し訳なさそうに言うアリオンに、私も同じだったので苦笑する。
「ブライトさん、そこはしっかり教えられるように覚えておくべきところですよ」
「う……」
マスターに笑顔で突っ込まれて項垂れるアリオン。
「ふふ、私もカリナに教えようと思ったら組み上げられなかったからおんなじね」
私がそう言うとアリオンは苦く笑った。
「緊急用伝達魔法は複合術式ですからね。便利な分複雑に見えてしまうのですよ」
「複雑に……見える、ですか?」
マスターの言葉に思わず聞き返す。それはまるで実際はそれ程難しくないと言っているみたいだ。
「ええ。一つ一つの術式に注目すればそれ程難しくはありません。繋げて描いていくように本などでは説明されていますが、一つ一つ術式を描いてから後から繋げてもいいのですよ。繋げる術式は同じものですから、そうやって見ると全体を描こうとするより簡単に思えてきませんか?そして纏める時も同じです。複合術式という一つの術式ではなく、複数の術式を重ねて纏めると考えるのです。そうすれば速く正確に組み上げる事ができますよ。緊急用伝達魔法は緊急用ですからね、組み上げる速度も重要になってきます」
「一つ一つ術式を描いて……重ねて纏める……」
マスターが言ったことを頭に入れて考える。確かに言われた通りにすれば、あんなに難しく見えていた緊急用伝達魔法も今よりかなり速く組み上げられそうだ。
「マスター、すごいですね。なんだかできそうな気がしてきました」
思わず感嘆の声を漏らすと、アリオンも同意してくる。
「ええ、俺も組み上げられそうだと思いました」
「ほっほ。年の功というものですよ」
マスターは人好きのする笑みを浮かべて軽くお辞儀をし、最後にウインクをする。
そのお茶目さにアリオンと一緒になって笑った。