―変化―
そのまま暫く俺は思考を繰り返した。今までのことを思い返しては、この想いの落とし所を探っていく。だが、いくら繰り返してもさっき出した答え程一致するものはない。
――嘘だろ。俺、いつからローリーのこと好きだったんだ。
正直、気のせいだと思ってしまいたい。だが、その為にどれだけ記憶を掘り返しても、全部がローリーを想ってしていた事で。どこからがローリーを好きでやっていたことなのか、友人としてやったことなのかわからなかった。
むしろ記憶を掘り返すと、ローリーに恋人のフリをさせていた事まで思い出して嬉しさと虚しさと羞恥に震える。
――俺はローリーに何やらせてたんだ!
気づいてしまえば、否定などできなかった。
ぐるぐると考えていてハッとする。どれくらい経ったのだろう。訓練がまだ始まっていなければいいが。
制服の下に着ている鎖帷子の下から懐中時計を取り出す。時間を確認すれば、あれから10分程しか経っていなかった。いや、10分も思い悩んでいたのか。訓練開始まではまだ20分近くある。ひとまずほっとする。
訓練開始までに少し気持ちを落ち着けようと深呼吸をした、その時。
「アリオン」
凛としながらも、高すぎない綺麗な声が俺を呼んだ。耳馴染みのいいこの声の持ち主を俺はすぐに理解する。声を聞いただけで心臓が早鐘を打ち始めた。
堪らず振り向いた先に、ローリーがいた。
「ローリー」
その名前を呼べる事が嬉しいだなんて、今まで思っていたのかわからないことまで特別に感じる。
しかし、ローリーの顔を見るとその浮かれたような気持ちはなくなった。
少し目が赤い。さっき見ていなければ気づかないくらいの違いだったが、その事に胸を掴まれるような感覚がする。
そうだ、ローリーは泣いていた。きっとローリーの事だから言わないだろうし、気づかれたくもないだろう。
だから平静を装って、俺に話しかけた返事のように聞く。
「どうした?」
何も気づいていないかのように、できるだけ優しく笑いながらローリーの方へ歩み寄る。ローリーはさっきは持っていなかった書類を持っていた。きっと何事もなかったかのように仕事をしてきたのだろう。そのいじらしさに胸が締め付けられた。
ローリーは少し目を逸らしてから笑って言う。
「何もないわ。ちょっと見かけたから、呼んでみただけよ」
その笑顔がぎこちないと感じるのは、さっきの光景のせいなのか。
いや、俺は……ずっと、ローリーを見ていた。好きだとは気づかずに、ずっと。だから分かる。これは無理をしている。でも、指摘はできない。ローリーが必死に隠そうとしているのだから。
「そうか。……ローリー」
それでもただ黙っていることもできなくて、名前を呼んでしまう。
俺の呼び掛けにローリーは首を傾げた。その拍子にサラリと亜麻色の髪が揺れる。
「何?」
見上げてくるローリーの碧天のような瞳が俺を不思議そうに見ている。
だめだ。ひとつひとつのローリーの仕草を目が勝手に追ってしまう。ローリーへの想いに気づいただけで、何も変わってないはずなのに全てが変わった気がする。
その変化にまだ対応できなくて、名前を呼んだまま止まってしまった。
「アリオン?」
俺の行動を不思議に思ったのか、近づいて覗き込んでくる。
そのローリーの行動に心臓が縮む。思わず距離をとるように逸らすと、盛大な音を立てて柱に後頭部をぶつけた。
「ちょっと大丈夫!?」
ジンジンと痛む後頭部を抑えて呻くと、更にローリーが近づいてくる。心臓が壊れそうなくらいに早くなる。なんとか答えないと、と考える。
「大丈夫、だ。ちょっと打った、だけだ」
こんなにも話すのに緊張するものだっただろうか。落ち着けと何度も心の中で唱える。ローリーの長い睫毛が不思議そうに瞬いた。
「アリオン、調子悪いの?医務室行く?」
「いや、大丈夫。あー……ほんとに少し打っただけだし。調子も、悪くねぇよ。……ドジしただけ」
痛みを紛らわすのと自分を落ち着ける為に深呼吸を何度もする。そうすると早鐘のようになっていた心臓が、少しずつ収まってきた。これぐらいの距離は、いつも普通だったんだ。




