言えない答え
二人の声が完全に聞こえなくなってから、私はのろのろと身を起こした。
「仕事、しないと」
自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がる。二人が通った廊下を歩く気にはなれなくて、階段を上った。
ぐちゃぐちゃだ。わからない。わかりたくない。
カリナを守りたかった。でも私じゃきっと守れなかった。ずっと守ってきたつもりだったのに、私は声もかけられなかった。それが悔しくて、情けない。
――でもユーヴェンならちゃんと守ってくれる。
頭の中でぐるぐると考えが回っていく。
――ユーヴェンはカリナが好きなの?……カリナは?
だから紹介したはずだ。だからもし、カリナがユーヴェンを好きになっても何の問題もない、はずだ。
――今更何を迷っているの?私は、何を思っていたの?
わからない。わかりたくない。
ぐるぐると考えても、ずっと頭の中はこんがらがっている。
違う、仕事をしないと。ぶんぶんと頭を振って考えを振り払う。
ようやく階段を登って、外廊下に繋がる扉を開ける。綺麗な空が見えた。晴れ渡った青い空が見える。自分のぐちゃぐちゃな心とは正反対だ。
目を伏せて、先にある渡り廊下へと向かう。
ふと、走る足音が聞こえてきた。誰かが来る。ちゃんと仕事の顔をしないと。そう思って頬を両手で叩く。大丈夫、普通の顔は作れているはずだ。
そうして前を向いた時に見えた人物に、動きが止まった。
「あ!ローリー!」
どうして、と思ってしまう。いや、失念していたが魔導具棟はここからなら近い。二人の声が聞こえなくなるまで待っていたのなら、それだけで魔導具棟はすぐそこだ。そしてカリナを送り届けたユーヴェンはその後走ってきたのだろう。ユーヴェンがこちら方向に用事があるのなら、出会う可能性はあった。
普通にしなければ。バレないように深呼吸をする。
――私はどうして、こんな事をしているの?
冷静な部分が頭の中で囁いた言葉に、すっと頭が冷えた。
「ユーヴェン、奇遇ね」
そう笑いかけてみせる。
「ローリーも魔導具棟に用事か?」
「あら、よくわかったわね」
平然とそう言ってみせる。
カリナを守ろうとしなかったことも、ユーヴェンに悔しさを感じたことも、二人が楽しくしていて燻るような想いを抱いたことにも、全て蓋をして何もなかったかのように振る舞う自分に、じくじくと胸が痛む。
――ああ、本当に私は、ユーヴェンやカリナのようには、なれない。
浮かんだのは、諦めの感情だろうか。
「あー……さっきカリナさんに偶然会ってさ、魔導具棟まで送ってきたんだ」
そう笑って言うユーヴェン。さっきの騒動はきっと言わないだろう。
「そうなの。よかったじゃない」
思っていることと正反対のことを笑って言う。
――正反対のこと?そんなの、まるで。
考えては駄目だと警鐘が鳴っているのに、考えを振り払えない。
今はユーヴェンに対して普通に接していないといけないのだ。
「へへ、ありがと。ローリーが紹介してくれたお陰だよ」
へらっと気の抜けたように笑うユーヴェンに、心臓が締め付けられる。
「……別に、ユーヴェンなら紹介しなくても大丈夫だったような気がするけど」
さっきの場面なんて正にそうだろう。ああして困っている人が居れば、知り合いかどうか関係なく助けるだろうから。そうして知り合えば、きっと紹介しなくてもカリナは心を許した気がする。
――それで、きっと……好きになる。
自分の考えにじわりと嫌悪感が広がった。
「いや、やっぱりローリーいないと駄目だよ。さっきもまたみんなで遊ぼうって言われたし……たぶん二人きりとかは考えられてないと思う」
その言葉に息をのんだ。心臓が激しく脈打って耳にこだまする。
――嫌だ。
「誘ったの?」
ふっと何の感情も入れずに返した言葉にしまったと思う。だが、ユーヴェンは気にすることもなく言いにくそうに話し出す。
――嫌だ。
「あーいや、その、だな。この前楽しかったなって話してて、それでまた遊びたいなって話しててな……今度の休日とかどうかなーって、な?」
ぎゅうっと心臓が締め付けられるように苦しい。でもそんなことは顔に出せるわけもない。
――聞きたくない。
「そんな言い方だったら、カリナも二人きりなんて考えないでしょ」
こんなことは言いたいわけじゃないのに。でも、ユーヴェンに落ち込んで欲しくなくて。
――それは、友達、だから?
「あ、まあ……そうか。へへ。今度の休日、ローリーはどうだ?」
聞かれて、ぐちゃぐちゃな心が軋む。
――行きたくない。
「ああ……どうだったかしら」
心が悲鳴をあげている。
――それは、どうして?
「頼む!一緒に来てくれ!たぶん俺と二人じゃカリナさん来てくれないと思う!」
――やめて。私は、私を……
「……私は」
ぐっと一度言いかけた言葉を飲み込む。言える訳ない。私が、紹介したのに。
――カリナじゃなくて、私を見て欲しい、だなんて。
自分のぐちゃぐちゃな心が出した答えに、驚きではなく諦めの感情が浮かんだ。




