できないこと
「あ……」
大柄な男が弱々しい声を漏らす。あの男がベネディト・フィッチャーだろうか。それでも留まることなく、ユーヴェンは喋り続ける。
「バース男爵は城の魔術師部署に勤めておられ、仕事もできる上にとてもお優しいと評判がいい方だな。温厚な方だから、怒られているところは見たことがないが」
「おい、やべえよ」
優男……カーネル・バースと見られる男も焦ったように大柄な男の腕を引いている。
「グランドン隊長は平民だが、その実力はウィースデン公爵家の嫡子でもある騎士団総団長のゼクセン様も認めている方だ。そして、騎士団では貴族や平民の区別ではなく強さで階級が決まること、同等の立場で同僚に接することを規則で決められている。更に国王陛下の名の下において、城内では貴族の権力を使い、下位の者に仕事とは関係のない命令や強制をすることは禁じている。違反した者は例外なく、一族全員罰を受ける。君達もわかっているんだろう?だから自分達から貴族だと名乗らなかった。それに城内の規律を乱すような行いをした者は、貴族、平民の区別なく直接罰が与えられる」
滞ることなく規則を言ったユーヴェンにベネディトとカーネルの顔は蒼白だ。最初の威勢は少しも残っていない。
「ああ、脅迫は犯罪になるのかな」
妙に軽い口調で付け加えたユーヴェンに彼らはビクッと肩を揺らした。
「あー……いや、俺達は本当にちょっと話していただけで」
「すこーし休憩したかっただけで……」
男達は視線をあらぬ方向に逸らしながらしどろもどろに言う。見え透いた言い訳を、とは思うが追撃はしない方がいいだろう。ユーヴェンも同じ考えのようで、朗らかな声で男達に返す。
「そうか。それは失礼した。なら今すぐ戻るといい。そうしてくれれば、俺も報告しなくて済む」
報告という言葉に更に肩を揺らして、すみません、と一言謝ると男達はそそくさと去っていった。その去っていく背中をじっとみていたユーヴェンがカリナの方へと振り向く気配がした。
私は決して見つからないように素早く柱の陰に身を隠す。
陰から隠れて見守るだけで、何の役にも立たない私は、見つかりたくなんてなかった。
「カリナさん、大丈夫?」
いつもの優しいユーヴェンの声に戻っている。
「あ、うん。大丈夫……。あの、ありがとう。助けてくれて」
少しだけ震えが残っているが、それでもほっとしているカリナの声。二人の会話を聞きながら、私は柱に凭てずるずると座り込んだ。
――きっと、私じゃカリナを守れなかった。
踏み出そうとしていた足が、重い。私はずっとカリナを守ってきたはずだったのに。
「いや、俺は追い払っただけだし、大したことはしてないよ。それに同じ騎士団の奴らだったしね。むしろ申し訳ないよ」
ユーヴェンが謙遜しながら言う。いや、ユーヴェンのことだから本気で思っているのか。
――カリナをちゃんと守った癖に。
カリナに声をかけて一緒に行っていれば、何か違ったんだろうか。でも声をかけようとしなかったのは、私だ。
ぎゅっと唇を噛み締めた。
――こんな気持ちになる私には、カリナを守ることも、できない




