痛みを感じた心
曲がって階段を登りかけた時だった。少し騒がしい声が聞こえる。それがどうしても気になって、柱の陰から覗く。
「あ、あの……どいて、もらえますか?」
「つれないこと言わないでよ。メーベルさん、だよね?どこ行くの?俺達と話しながら行かない?」
「今忙しいんだったら就業後でもいいよ」
聞こえてきた声は知らない男性のもの。そして道を塞ぐように二人の男性が立っている。
カリナは少し震えながらも毅然として立ち向かっていた。
絡まれている。そう思って踏み出した時だった。
「君達、何してるんだ?」
よく知っている声が聞こえたのは。
私の踏み出した足は、途中で止まる。
「ユーヴェンさん……」
カリナが心の底から安堵したような声で、彼の名を呼んだのが聞こえてきた。
心に穴が空いたような、感覚がする。
ぼうっと上を見上げて、この廊下は天井が高いから音が反響して声が聞こえやすいのだろうか。そんな関係のないことを思う。
「君達、この前新入隊した見習い騎士だろ?訓練はどうした?」
足音と共に近づいてくる声に、ユーヴェンがカリナの下へと向かっているのがわかる。
私は、なんだか気になってしまってその様子を覗く。頭がゆらゆらと揺れているような感覚で、うまく働かない。
別方向の廊下からやってくるユーヴェンの、見たこともないような厳しい横顔に胸が鳴った。でも、ズキリとした痛みも同時に感じる。
ユーヴェンはつかつかと歩み寄ると、カリナと男達の間に割って入りカリナを庇うようにして男達に向き合う。
「こんな風に女性の進路を塞いで、何をしてたんだ?」
背後から表情は伺えないが、その厳しい声には明確な怒りが込められている。当たり前のことだ。ユーヴェンが来なかったら、私だって怒っていた。なのに、なぜ……。
――なぜ、こんなにも胸が痛くて嫌な気持ちになるのか。
「なんだよ、あんた……」
「ちょっと話していただけですよ」
反抗しようとした大柄な男を腕で抑えるようにしてから優男が穏便に済ませるように軽く笑った。
「女性の進路を塞いで、無理矢理立ち止まらせてか?」
ユーヴェンの声が更に険を帯びる。
「あんたには関係ないだろ」
優男の抑えを振り切って大柄な男がふてぶてしい態度で言う。優男は諦めたように肩を竦めていた。
「俺は騎士団の事務員だ。同じ騎士団所属の身として君達のマナーに欠ける行為を容認する訳にはいかないな」
ユーヴェンがそう言うと、男達は嘲けるように笑った。
「なんだ、事務かよ。事務員が俺達にたてついて勝てると思ってんのか?」
「へえ。それは脅しかな」
脅されたユーヴェンは怯む事もなく男達の前に立っている。
「おお、脅しだってわかってんのな」
「わかったらそこどいてくれますか?俺達はそこの女性に用があるんで」
優男が下手に出るような口調で言うが、その声にはユーヴェンを嘲るような響きがある。
それが悔しくてぎゅっと手を握った。誰かを呼んだほうが良いだろうか。
そう思って辺りを見回した時、何一つ怯んでいない凛々しいユーヴェンの声が響く。
「ベネディト・フィッチャーと、カーネル・バース。二人とも今はグランドン隊長の率いる第二師団の五番隊に配置中だな」
ユーヴェンが名前を言うと、男達は見るからに狼狽える。
「な、なんで俺達の名前を……」
「フィッチャー子爵家の三男とバース男爵家の次男だったな。フィッチャー家の嫡子であるフィリップ様は騎士団第三師団の副団長で、規則に厳しい方だと記憶しているが」
スラスラと答えるユーヴェンにみるみると顔が青褪めていく男達。
貴族の方だったのか。私ではわからなかった。
――わからなかったのなら、私ではカリナを守れなかったかもしれない。
さっき握った手を更に強く握る。爪が掌に食い込んだ。