帰城
馬の蹄鉄が石畳を踏み鳴らす。群青色の騎士服を纏う騎馬隊はしっかり隊列を組んで門を潜った。
その先頭にいるのは栗色の髪を風に揺らめかせ鋭い紺碧の瞳で前を見据えている兄だ。隊長が羽織る背中の中程まであるマントを靡かせながら、堂々とした風貌で騎乗している。
――う……お兄ちゃんやっぱりかっこいいわ……。
最近は過保護ぶりに恥ずかしくなるけれど、騎士をしている兄のことはかっこいいと思っているのだ。
兄の方に軽く手を振ってみる。すると兄はふっと微笑んで手を振り返してくれる。その笑みに安心したと同時くらいに、悲鳴のような歓声のような声が上がった。
――え!?なに!?
ビクッと肩を跳ねさせて周囲の様子を伺う。
「ガールド隊長があんな風に笑うのなんて初めて見たわ」
「厳しいって言われているけど、やっぱりかっこいいわね」
……どうやら兄の微笑みに湧いた歓声だったらしい。
「……お兄ちゃんって……モテるのね……」
一応かっこいい兄だとは思っているのでモテるのは納得できるような……でもユリアさんがいるからモテているのはあまり良くないのでは……そう考えて微妙な気持ちになる。
「あー……そりゃ、リックさん顔もいいし強くて隊長だし……。やっぱ人気あるよ」
ユーヴェンが苦く笑いながら言う。それになるほどと頷く。
――……ユーヴェンも顔はいいし優しいからモテてそうなんだけど……気づいてなさそうよねぇ……。
実際学園の時もモテていたというのに、わかりやすいアピールをされても告白されるまでなにも気づいていなかったのだ。けれどユーヴェンは恋愛の『好き』という気持ちじゃないと付き合うのは尚早だとの考えだったので、実際に誰かと付き合ったことはなかった。
――……それをここで口に出すことはしないけど。
ちらりとカリナを見る。
「リックさんかっこいいもんね。確かに人気ありそう」
カリナはそう言ってふふっと笑った。
「お兄ちゃんだもの」
少し得意気になってカリナに返したところで、再び目線をカリナに戻す。
――ユーヴェンがモテてるかもなんて情報いらないわよね。私もアリオンがモテてるなんてわかってはいるけど聞きたくないもの……。
アリオンは綺麗な顔をしている上に、女性には柔和な笑みを浮かべて丁寧に接するからとんでもなくモテていたのだ。今もそうなのだろうけど、なんだか……応援隊やアリオンの気持ちがバレバレなお陰でユーヴェン曰く『観賞用』になっているらしいのでちょっと安心している。
――わ、私が相手ってバレてるの……ちょっと恥ずかしいけど……。
だからカリナにもそんな情報を私からわざわざ言おうとは思わない。しかも憶測でしかないことだ。
――それにユーヴェンもカリナしか見てないものね……。
ユーヴェンの方を見てみるとカリナの笑っているところを愛おしそうな笑みで見ている。
――ユーヴェンも気持ちがバレバレよね……。
いや、ユーヴェンの場合は隠す気もないというのが正しいのかもしれない。
二人の微笑ましい様子をちょっと眺めてから視線を前へと戻す。兄はもう私達の近くまで来ていた。
兄は私と目が合うとふっと顔を緩める。……また小さく歓声が上がった。
「ローリー」
兄が名前を呼んで少しこちらに近づいたので目を丸くする。話していい感じなのだろうかと目を動かすと、兄がこちらに寄ったからか他の騎士達にこちらから話し掛けている人もいた。
「気をつけて帰るんだよ」
兄はにこっといつものように笑う。それに私は少し目を細め、それからにっこりと笑った。
「うん、お兄ちゃんも気をつけてね。お兄ちゃんが無事家に帰ってきて、いっぱい話できるの楽しみにしてるから」
兄は私の言葉に笑みを一瞬固め、それからしっかりと頷いた。
「わかったよ、ローリー。その時は一緒にご飯を食べよう」
にっこりと笑ってそう返した兄は、私が言葉に込めた意味に気づいたのだろう。
私は言葉の裏に、広がっている噂を説明してもらうという意味を込めた。兄だから私の笑みの違いや言いたい事ぐらい察して当然だ。
――ふふん。みんなでご飯を食べながら説明してくれるってことね。
「待ってるわ」
私の言葉にふわりと微笑んだ……私から見ると少し困った笑みになっている兄は、そのまま手を振ってから馬を動かした。
兄を見送った後はすぐに振り向く。パッと見覚えのある髪色を見つけて心臓が跳ねた。
――アリオンだわ!
兄の後に続くのは副隊長、その後に正騎士なので見習い騎士であるアリオン達は最後尾の方のようだ。馬に乗っての隊列なのでそれなりに距離ができていて、まだアリオンの頭しか見えない。
「お、あれアリオン達だぞ」
ユーヴェンの言葉にコクコクと頷きながら、音を鳴らす心臓の前で手を握った。
「んー……あれがスカーレットかな?」
カリナが頭を見えるように動かしながら言う。確かにちらちらと赤い髪が見えていた。
「そうっぽいわね」
スカーレットの綺麗な赤い髪はなかなか珍しい。おそらく兄の隊には他にいなかったと思う。
この前見た朝の訓練風景を思い出している間にも隊は進む。アリオンの橙色に近い茶髪の髪が近づいてきた。
その色をじっと見上げていると、一歩近づいた時にアリオンの顔が見えた。
アリオンは高い馬上でしっかりと前を見据えていた。いつも優しい灰褐色の瞳は真剣な光を帯び、引き締まった表情は強い意志を感じさせる。
――かっこいい……。
いつもより高く見上げるアリオンは、しっかりと馬の手綱を握り背を伸ばしていて、凛とした精悍な騎士の顔をしていた。
そんなアリオンの灰褐色の目がこちらを向いた。私と目が合った途端、顔を崩したアリオンに心臓が大きく跳ねる。
小さく手を振ると、アリオンも小さく振り返してくれる。それが嬉しくて頬が緩んだ。
――たぶん見習い騎士だからお兄ちゃんみたいに話すことはできないけど……でも会えてよかったわ……!
一目でも会えて、アリオンの精悍な姿を見られて嬉しい。かっこいい騎士の佇まいのアリオンに、ますます好きな気持ちが膨れ上がる。
――アリオン………………す、す、す、す………………………………………………き………………。
アリオンをじっと見つめながら心の中で唱えた言葉に、顔が真っ赤に染まりそうになった。
――でも、ちょっと……ちょっと、進歩したわ……!
この調子なら言えるようになるかもしれないとアリオンを見つめる。するとずっとアリオンを見つめていたからか、アリオンが照れ臭そうに笑った。それに更にきゅんとしてしまう。
そしてハッとした。アリオンの後ろにいたスカーレットがとてもにこにこといい笑顔をしている。
――や、やっぱりスカーレットにバレている気がするわ……!
アリオンの隣にはシオンがいるし、スカーレットの隣にはフューリーさんがいる。……スカーレット以外にはバレていないと信じたい。
とりあえずみんなにも手を振ると振り返してくれた。
アリオンは私の方を見ながら声を出さずに口を動かす。何を言っているか気になってじっと口の動きを追う。
――き、を、つ、け、て、か、え、れ、よ……『気をつけて帰れよ』、ね……。もう、お兄ちゃんと一緒のこと言うんだから。
ふふっと笑いながら頷くと、安心したようにアリオンも笑った。
そんなアリオンに私も声を出さずに口を動かす。
『またいっぱい話しましょ』
そう口を動かして、今浮かべられる最上級の笑みを送ってやる。
――ふふ、アリオンも逃がすつもりはないわよ。
いくら……す、す、好き……だからといってもアリオンが兄に協力した上に私達に黙っていたことを見逃すつもりはない。アリオンからもきちんと説明してもらう。
私の意図にすぐ気づいたアリオンは口端を引き攣らせる。
――そんな顔したら変じゃない。アリオンはそこも兄を見習わないと。
そう思って笑みを深めると流石長年の付き合い、私の文句がわかったのだろう、また優しげな笑みを浮かべた。少しキラキラが入っているあたり動揺しているらしい。
まあこれで兄にもアリオンにも私達が気づいていることを伝えられた。私は満足しながらアリオン達を見送る。
横を通り過ぎる際、アリオンは『またな』と口を動かした。私がこくりと頷くと、ふっと笑って手を振ってから前を向いた。その横顔は真剣そのものだ。
スカーレットやシオンも笑顔で手を振ってくれたので振り返し、フューリーさんには会釈をしておく。ユーヴェンは手を振っているけれど、フューリーさんはちょっと戸惑っている様子だった。
――ユーヴェンって距離詰めるの早いのよね……。
カリナもスカーレットの姿を見れたから満足そうにしている。最初は何事かと心配もしたけれど、兄やアリオン達の姿を見れてよかった。
――それにアリオンのかっこいい騎乗姿見れちゃったし……!
あんなにかっこいいなんて反則ではないだろうか。馬を操るアリオンは珍しく下から見上げていることもあってか、逞しい体つきがよくわかって顔だけじゃなくてなにもかもかっこいいな、なんて思ってしまった。
――私ってばアリオンに対する評価が甘々だわ……!
小さくなっていくアリオン達の後ろ姿を名残惜しく見送りながら、アリオンに会えた喜びを胸の中で噛み締めた。
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せめて一週間に一度のペースで更新できるよう頑張ります。
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