騎馬隊
私より高い背を活かして門の方を見ていたユーヴェンが目を細める。
「ん……?騎馬隊っぽいな……」
視線を左右に走らせながらそう言うので目を瞬かせる。
「騎馬隊なの?」
王都の巡回は徒歩隊と騎馬隊に分かれている。
徒歩隊は王都を歩いて見て回り細かな状況を把握し、騎馬隊は馬上の高い目線から俯瞰で王都の状況を見る。それに何かあれば騎馬隊の方が現場に着くのが早いので、徒歩隊だけでなく騎馬隊も巡回に出ているのだ。
ユーヴェンは私の問い掛けに鷹揚に頷いた。
「おう。通路が広い上にその中に入れないよう魔道具の準備してるし、なにより騎士団厩舎の方向に通路を作ってるからな。ということは……リックさんの隊だな」
「え、そうなの!?」
さも当然のようにユーヴェンが漏らした言葉に驚きの声が出た。
「今日この時間辺りに帰城する騎馬担当は第一師団九番隊だったから。リックさんもアリオンもスカーレットさんもシオンもカインもいると思うぞ」
にかっと笑って言ったユーヴェンを凝視しながら息を呑んだ。
――それ……それ、アリオンを見れるってことよね……!
心臓が早鐘を打ち始める。
――騎乗してる、アリオンを見られるの……?
兄の騎馬姿は公開訓練等で見たことがあるけれど、アリオンは見習い騎士のためそういう行事にはまだ出れない。だからアリオンの騎馬姿を見たことなんてないのだ。
――ぜ、絶対かっこいいわ……!
「ここから見れるかしら……?」
ここにいて見れるだろうかと不安になりながら問い掛けると、カリナがにこにこしながら私の肩を持った。
「大丈夫だよ。騎乗した分、高くなってるから見えるよ」
「そ、そうよね……!」
カリナの言葉に安心しながら笑うと、門の辺りから声が上がった。
「騎士団第一師団九番隊、騎馬にて帰還!門『夕星』大扉、開門!!」
いつも使う通用門は『夕星』という名称で、その通用門には二つの門扉がある。
大きな門と小さな門が併設されており、私達王城に勤める者は小さな門の方を使う。大きな門は王城への荷物を運ぶための荷馬車などが通る時に開いているのを見たことがあるが、普段は閉まっている。開いているのは何回かしか目撃したことがない。私は魔道具部署勤務なので通用門を見るのは朝の通勤時と夕方の帰宅時くらいしかないのだ。
大きな木と鉄で作られた扉がゆっくりと外側に開いていく。少し開いた隙間から、青い騎士団服が覗いた。
爪先では立たないけれど少し背伸びをする。先頭にいるのはきっと兄だろうから気になった。
「ユーヴェン、先頭にいるのお兄ちゃんよね?」
私に問い掛けられたユーヴェンは、門の辺りをじっと見つめてから首を傾げた。
「ん?……そういえば魔道具で認識阻害してるからわからないんじゃ……」
不安そうに言ったユーヴェンにすかさず返す。
「そんな訳ないでしょ。あれは少し顔を覚えにくくする魔法よ。顔の形が変わっているとかじゃないし、誰かってことがわかればはっきりと存在を認識できるわ」
「え?そうなのか?」
キョトンとしているユーヴェンに眉を寄せると、カリナがふふっと笑いながら私の説明を継いだ。
「うん、そうだよ。たぶんユーヴェンも発動させたところ見たんだよね?それでわからなくなったと思ったんだろうけど、発動時は強い力が出るからそうなっただけだよ。発動が終わったあとに確認すれば、すぐ誰が誰か分かったと思うよ」
なるほど。不思議な顔をしていると思ったらユーヴェンもあの魔道具の発動を見ていたからか。その時に誰が誰かわからなかったから、今もわからないんじゃないかと思ったのだろう。
「そうなんだ……」
カリナの言葉に目を瞬かせたユーヴェンは門の方に目を向けた。
「それにあの魔道具は帰城と同時に発動が終わるようになっているわ。あれは使い方を間違うと危険な魔道具だもの。優秀な王宮魔導具師が王城であの魔道具を使用する危険性を鑑みないはずがないわよ」
「それもそうか」
人の認識を弄る魔道具は危険だ。だから王城の周囲にある防御結界を簡単に通過できるわけがない。
私が持ってきている色変え魔法の魔道具もきちんと王宮認証があるものを選んだ。王宮認証は王宮がしっかりと精査した製品という証である。それと同時に王宮内でも使える製品なので、王宮に持っていく魔道具は必ず王宮認証がある物を選ぶ。その上で王城に入る前にきちんと魔道具を持って入る申請を行う。もちろん防御結界は魔道具も検知しているので、無許可で持って入ることはできない。
私達王城の職員は基本的に支給されている道具を使うので、申請するのはちょっとした私物のみだ。入り口の門の所でも申請できるので、色変え魔法の眼鏡も持ち込む日に申請した。
「お、リックさん見えたぞ。やっぱり先頭だ」
ユーヴェンがにっと笑って言った言葉に門の方へと目を向ける。だが、人の頭しか見えなかった。
やはりユーヴェンは背が高いからまだ遠くても見えるようだ。たぶん私には近くに来た時じゃないと見えない。
小さく溜め息を吐きながら、大人しく来るのを待つ。そんな私の方を慰めるようにぽんぽんと叩いてくれるカリナに、大丈夫よ、と返した。
石畳の上を多くの馬蹄が踏み締める音が鳴る。一隊は隊長、副隊長二人、正騎士七人の十人で編成されていたはずだ。それが最低の人数で、状況によって前後する。
新たに正騎士になった者が多く、退任する者が少なければ既存の部隊に加えて十人以上になることもあるのだ。もっと多くなれば新設の隊ができることもある。毎年募集していてもなかなかそこまでの人数になることは滅多にないようだけれど。
「お、アリオンだ」
ユーヴェンの言葉にばっと顔を上げる。
「アリオン見えるの?」
思わず期待をしながら足を少し踏み出した。
アリオンの橙色に近い茶髪が見えないかと必死に背伸びをする。
「え、え……ええ??」
カリナの声が聞こえたけれど、アリオンの姿を捉えたい私は気にすることなく前だけを見ていた。
そして目の前が開けてハッと気づく。
「あれ?」
私はいつの間にか一番前まで来ていた。魔道具で仕切られた通路を見て焦る。
――他の人を抜かしちゃったわ……!
カリナとユーヴェンも置いてきてしまっただろうかと辺りを見回すと、ユーヴェンもカリナもすぐ近くまで来ていた。
ユーヴェンとカリナが通っている所が開けている。もしかして私が兄の話をしていたから、前に行けるように周りの人が気を遣って開けてくれたのだろうか。
申し訳ない気持ちになりながら会釈をしてみる。憶測でしかないからか何も反応はなかったけれど、心の中で感謝しておく。
私の近くまで来たカリナとユーヴェンだけれど、何故かカリナは困惑しきった顔をしている。ユーヴェンはいつも通りカリナを気にするように目を向けていた。そういえばカリナの戸惑うような声がしたと思い当たる。
「カリナ、戸惑うような声を出してたわよね?大丈夫だった?」
不安になりながら聞くと、カリナはふっと短く息を吐いた。
「……えと……あとでお話するね……」
迷ったように目を彷徨わせたあと、遠い目をして告げたカリナを不思議に思いながら頷く。
「わかったわ」
ユーヴェンと目を合わせてみるけれど、ユーヴェンもカリナが何を気にしているか分からないらしい。首を振られた。
――カリナがあとでって言っているし……あとでちゃんと聞きましょう。
そう決めると前を向く。
せっかく前に出れたのだ。おそらく周りの人達が気を遣って私を前に出してくれたので、しっかりと兄を見よう。もちろんアリオンも。
ドキドキしながら迷惑にならない程度に身を乗り出した。
読んで頂きありがとうございます。
またまた更新が遅くなりすみません。
日々の作業に組み込めるよう、ちょっとずつ習慣を改善してみてます。
続きも早めにお届けできるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。