言葉に秘めた意味
ゆっくりと息を吸う。
その間もカリナはにこにこと笑ったままだ。けれど言い逃れは許されない空気を醸し出している。
ユーヴェンと目は合わせられない。合わせたら詰められて終わる気がする。
私とユーヴェンが何も言えない沈黙を破ったのはカリナの可愛らしい笑い声。
「ふふふ。二人とも挙動不審だったもん。私もお姉ちゃんの恋バナに浮かれちゃってたけど、よくよく考えてみたら二人ともおかしいなぁって」
笑顔で聞いてくるカリナに冷や汗が流れる。
「思えば朝からローリーは私を何かから遠ざけようとしてたし、ユーヴェンはすらすら話してた説明を途中で何かに気づいたみたいに止めて……それをローリーがフォローしてたよね?」
コトンと首を傾げるカリナに息を飲む。これは完全にバレている。
――うう……。やっぱりカリナを誤魔化そうなんて無理な話だったわ……。
「それにユーヴェン、私と目が合うとすぐに目をキョロキョロさせてからローリーを見るんだもん。ローリーは考え込んでたから気づいてなかったみたいだけど。ローリーの言ってた通り、ユーヴェンって誤魔化し方下手だね」
その言葉に思わずジトリとユーヴェンを見る。ユーヴェンは冷や汗を垂らしながらゆっくりと目を逸らした。
――はあ……。ユーヴェンに誤魔化しを頼んだ私の責任でもあるわね……。
思えば私だってユーヴェンの誤魔化しを気づかなかったことはない。学園時代のアリオンの所業に関しては、問い詰める切っ掛けすら持っていなかったから何も聞けなかっただけだ。ユーヴェンの言うことを信じるしかなかった。
仕方がない。言おう。軽く周囲を見回す。人気はない。
私のその仕草にカリナは顔を引き締めた。ユーヴェンも一緒になって周囲を確かめる。
私は息を吸って、二人になんとか届くくらいの声で話し始める。
「カリナ、おそらくユリアさんとお兄ちゃんには仲が悪いという噂があるわ。そうよね、ユーヴェン?」
カリナは私の言葉に目を見開く。
ユーヴェンはそんなカリナを気にしながら、仕方なさそうに頷いた。
頷いたユーヴェンを見て眉を下げるカリナの手を握る。私の行動に目を瞬かせたカリナに私は微笑んだ。
「でも、私はカリナが知る必要はないと思ったから言わなかったわ」
カリナは翠玉の目を丸くしてから、ゆっくりと目を伏せる。私のこの言葉がどういう意味で発せられたか考えているのだろう。ユーヴェンも私の言葉に眉を寄せて考えている。
――ユリアさんからの頼みやお兄ちゃんの意図があるからはっきりとは言ってあげられないけど……これで、なんとなくでもわかるのではないのかしら……?
兄やユリアさんはカリナに何も知られたくはなかったのだろうけど、カリナに届くほど話が大きくなったのだから仕方がない。
それに何も知らされないというのは……辛い。
カリナはしばらく考え込むようにしたあと、私に微笑んだ。
「……わかった。私が知る必要はないんだね」
そう言ったカリナに安心すると、カリナは更に笑みを深めた。
「ふふふふ。よぉーくわかったよ、ローリー。私、今度お姉ちゃんにいっぱいお話聞くね!」
――あ…………カリナとっても怒ってるわ……。
……ちょっとユリアさんに悪い事をしてしまった気がする。でも誤解させたままなのもカリナを悲しませてしまうし……。
――…………うん!こんな風に噂を広めたお兄ちゃんが悪いってことで!!…………今度、ユリアさんに会ったら謝りましょ……。
私も兄が何も言わなかったことに怒っているから、カリナのユリアさんに対する怒りもわかる。けれどユリアさんに『まだ勇気が出ないんだ』と困ったような悲しそうな表情で言われていたので、こんな形でバラしてしまったことに罪悪感が湧く。
だからつい眉を下げていると、カリナがそっと私の手を握った。
「ローリー、大丈夫だよ。私は色々とわかってよかったから。……ローリーも、私の気持ちわかるでしょ?」
優しく微笑むカリナに、少し目を彷徨わせてから私は小さく頷いた。
――なんにも言ってくれないの嫌だものね……。
私も今さっき、何も言ってくれなかった兄とアリオンに怒っていたのだ。だからカリナの気持ちはよくわかる。
私達の様子を見ていたユーヴェンは静かな声で聞いてくる。
「………………ローリー……アリオンはわかってると思うか?」
「おそらく……ね」
「はあー……。……うん、わかった」
大きく溜め息を吐いたユーヴェンは少し目を鋭くさせた。
ユーヴェンはよく頭が回るし、騎士団事務員だからこそ知っている事情もあるだろう。むしろ私の想像よりもしっかりわかっていそうだ。
特に騎士団相談役の前任がシュタフェール侯爵だったことなど、ユーヴェンならばすぐ思い当たる。私達に話す前にはもう、シュタフェール第二副師団長の行動に対して父親が辞めたからじゃないかと考えるぐらいはしていたのではないだろうか。
――色々考えても……それを私達に教えてはくれないでしょうけど……。
仕事の目をしているので私達に話せないことも含めて考えているような気がする。
ユーヴェンも騎士団の一員なのだ。私達になんでもかんでも話せるわけはない。
鋭いカリナも私やユーヴェン程の情報はないにしろ、なんとなくでも察してしまっただろうかと目を向ける。
そしてカリナを見て目をパチクリとさせた。
――あら。カリナってば可愛い顔をしているわ。
少し頬を染めたカリナの視線は、鋭い目をしているユーヴェンに向けられている。ユーヴェンは考え込んでいるようで、その視線には気づいていない。
――ユーヴェンが鋭い目をしてるのが珍しいのね。
私もアリオンのキリッとした鋭い目をまた見たいと思っている。
――アリオン、私の前じゃ柔らかい表情が多いもの。それも、す、す、す、好き……なんだけど……!
マイクとカールから吹き込まれた事を言った時のアリオンは、いつもは私に感じさせない厳しい雰囲気を纏っていてとてもかっこよかったのだ。
怒りを灯す鋭い灰褐色の瞳に、吸い込まれそうだった。
――あれを目の前で見れたから、私マイクとカールにちょっと感謝しちゃってるもの……。
あの馬鹿二人の事を問い詰められたから、アリオンのあんな表情が見れた。
――それに……あ、あ、あんなに近くで……と、問い詰められちゃったし……!
耳元で『ローリー』と何度も呼ばれ、まるで熱に浮かされたようにふわふわした空間に思えて、アリオンに促されるまま話してしまった。
――アリオン……す、す、す、す、す、す……き……。
心の中でアリオンを思い浮かべながら言った言葉は、まだまだ伝えられるレベルではない。目の前にアリオンが居たらとてもじゃないけれど口に出せる気がしない。
――うう……!ほんとに星祭りまでに言えるようになるかしら、これ……!
いや、星祭りまではまだまだ一ヶ月以上あるのだ。大丈夫なはず……である。
そしてハッと気づいてカリナとユーヴェンの様子を見る。
――またまたアリオンのこと考えちゃってたわ……!
百面相をしていなかっただろうかと心配になるが、ユーヴェンは考え込んでいるしカリナはそんなユーヴェンをぽーっと見ている。
――……何の心配もなかったわね。
カリナの気になる人の普段見ない顔をじっと見つめるのは理解できるので、声を掛けようか迷う。
――というかカリナってば……あれだけ否定するのに行動は雄弁ね。
思わずニコニコ笑って見守っていると、カリナはハッとしたように顔を上げて私の方を向いた。
焦った顔をしているカリナに微笑むと、口を曲げながら顔を逸らされた。耳は真っ赤に染まっているので私にユーヴェンに見惚れているのを見られて恥ずかしかったのだろう。
読んでいただきありがとうございます。
更新がまた遅くなってすみません。
なるべく早く更新できるように頑張ります。
これからも読んでもらえると嬉しいです。




