追求と怒り
座ったユーヴェンにおやつを一応差し出してにっこりと笑う。
「それでユーヴェン、何を教えてくれるの?」
私の方をこわごわと見たユーヴェンは、ちらりとカリナの方を見る。
カリナはとてもキラキラした目でユーヴェンを見ている。それにユーヴェンが少し頬を染めるので、指で軽くテーブルを叩く。
音にハッとして私を見たユーヴェンに笑みを深めた。
――ユーヴェンがカリナに見惚れてばっかだといつまで経っても話が聞けないじゃない!
その文句を込めた笑みがわかったのだろう。すっと視線を逸らしてから一つ咳払いをした。
「えーっと……まず、どんな噂を聞いたんだ?」
ユーヴェンは確認の為にそう聞いてきた。恐らくカリナの様子を見て疑問を持ったのだろう。慎重なのはいいことである。
「リックさんがお姉ちゃんのことを好きっていう噂だよね?」
「ええ、そうね。訓練場の中央で宣言したって話は聞いたけれど……」
私に聞くカリナの言葉に同意しながら他にも聞いた噂を付け足す。
「それだけしか知らないわ」
その言葉にユーヴェンは私と目を合わせてしっかりと頷いた。これでカリナが他の噂を知らないことをわかっただろう。
正直兄とユリアさんが仲が良くないなんて噂は事実とは違うのだから、知ってもいたずらに心配させるだけだ。わざわざそんな嘘をカリナに聞かせることはない。
「そっか……。俺はアリオンに聞いたんだけどさ」
ユーヴェンの言葉に羨ましいという感情が湧き出るけれど、それと同時に少し疑問も湧く。
――アリオンからの……説明?
それは……どういうことだろうか。
「昨日、少し問題があったみたいで……」
「問題?それは聞いてもいいの?」
「騎士団は問題行動を隠蔽するつもりはないよ」
にこりと笑ったユーヴェンは私の疑問にそう返す。それは騎士団の一員としての答えだ。
「わかったわ」
ユーヴェンがこう言ったということは、騎士団内で誰かが問題行動を起こしたということだろう。
――機密に触れるようなことを漏らすわけないわね。いらない心配だったわ。
ユーヴェンは仕事に関しては抜け目がない。
「どんな問題があったの?」
カリナが真剣な顔でユーヴェンに問い掛ける。ユーヴェンもそれに応えるように真面目な顔をした。
「実は昨日、訓練場で怪我人が続出して当直だったメーベル医務官達にかなり負担がかかっていたんだ。見習い騎士を……シュタフェール第二副師団長が指導していてそうなったんだけど……それをリックさんは問題が有るとして進言しに行ったんだ」
ユーヴェンの話に目を見開く。
――シュタフェール第二副師団長!?シュタフェールと言ったら騎士団長を多く輩出している侯爵家よね!?そんな人相手なの!?
想像よりも相手の位が高い。それは兄も慎重にならざるを得ないだろう。
「お姉ちゃん、大丈夫だったの?」
カリナは心配そうにユーヴェンに問い掛ける。まさかユリアさんにかなり負担があったなんて思わなかったのだろう。
眉を下げて不安そうな顔をするカリナを安心させるようにユーヴェンは優しく笑った。
「うん、大丈夫だったって聞いてるよ。アリオンが医務室を出る前に魔力回復薬で魔力を回復してたらしい。魔力回復薬も規定量内だったし問題ないって聞いた」
カリナはほっと一息つく。けれど私はユーヴェンの話に気になる事があった。
「アリオンが医務室?どこか怪我したの?」
骨折とかの怪我だとアリオンは治した後、医師に診てもらうようにいつも言っていた。アリオンのはあくまで応急処置だからだ。そしてそれはアリオン自身にも言えるのではないだろうか。
――誰かに付き添ったとか医務室に何か用事があったとかかもしれないけど……。
心配になっているとユーヴェンはピシッと固まった。その様子に目を細める。
――口止めされてたわね……。
カリナを早く安心させたくてつい口が滑ったのだろう。
「あー……その……」
口ごもるユーヴェンにカリナも心配そうな目を向ける。アリオンの事を心配してくれているのだろう。
けれどユーヴェンのこの感じは誤魔化そうとしている顔だ。学園時代によく見た。
「ユーヴェン?もう誤魔化されないわよ?アリオンが怪我したの?」
笑みを消して詰め寄るとユーヴェンは観念したように息を吐いた。
「訓練中にちょっと怪我したから医務室行ったって言ってた。心配させるのも悪いから黙っとけって言われたけど」
「ふーん……でも医務室に行ってるんだからちょっとじゃないわよね?」
顔に青筋を浮かべながら笑う。
――アリオンはいつもちょっととか言って誤魔化すんだから……!!
「俺に言うなよー……」
ユーヴェンは口を尖らせて文句を言ってくる。ユーヴェンも騎士の仕事には怪我が付き物だとわかっているから口止めに同意したのだろう。
――わかってるけど、わかってるけど……!隠されるのは嫌なのよ!
今度アリオンを怒ってやろうと決める。苦い顔をして謝ってきそうだけれど……。
――……わ、私……ちゃんと怒れるかしら……?
昨日アリオンの顔を見るだけでへにょっとしてしまいそうになっていた。
――い、いえ!怒るのは決定よ!
昨日だって魔法の事はちゃんと怒ったのだ。だからきっと大丈夫。
確実に実行する為に口に出しておく。
「わかってるわ。アリオンに次会ったら言ってやるわよ。それで?怪我をさせたのはお兄ちゃん?」
「え?」
ついでに確信を込めてユーヴェンに怪我の原因を聞くと、カリナが驚いた声を出した。
「……ローリー」
ユーヴェンは咎めるような目で私を見た。
稽古なんだからあまり怒るなと言っている。たぶんアリオンから聞いてアリオンもユーヴェンも納得した稽古内容なのだ。
しかし。
「いいえ、ユーヴェン。その中には私怨もあったはずだわ。お兄ちゃんだもの」
そう。納得できる稽古内容でも兄のことだ。絶対に私怨もあったし、だからこそ厳しい内容になったはずだ。
――やっぱり昨日あんまり怒ってなかったのおかしかったもの!
それに……アリオンは兄とユリアさんの事を知っているから怪我をさせられたに決まっている。兄は昔からユリアさんのこととなると見境がない。
今は事情もわかっている。
きっと仲が悪く見せているから兄はユリアさんの所になかなか行けなかったのだろう。それで事情を知っているアリオンがユリアさんの所に行く為に使われたのだ。
――絶対にお兄ちゃんを怒ってやるわ!!
ユリアさんの事が心配だったのはわかるし、医務室がそんな状況だったら焦るのもわかる。
けれどアリオンを都合よく使ったことに関しては怒らなければならない。ユリアさんも怒っていると思うけれど私からも怒ってやる。
――アリオン自身は許してそうなのよね……!なら仕方ねぇかって思ってそう!
兄とアリオンは思考が似通っているのだ。だからこそアリオンを選んでいるところも含めて質が悪い。
――あ、アリオンも……色々……わ、私の為にやっていたもの……。
アリオンがしていた事を思い出すと心の奥がそわそわとする。
でもそれとこれとは別だ。アリオンは兄を庇いそうだけれど怒らねばならない。
――わ、私にとってアリオンは……と、とっても大事な…………だ、だ、だ、大好き……な、人……だもの……!!
……まだまだアリオンに伝えるのは無理そうな心中の呟きに少し落胆する。
ユーヴェンは暫し眉を寄せてから、ひとつ息を吐いた。
「わかった。兄妹だからこそわかることはあるもんな。でもアリオンは尊敬してるリックさんに稽古つけてもらえてすごく嬉しそうなんだ。あんまり言って稽古つけてもらえなくなったらアリオンが落ち込むぞ」
そのユーヴェンの言葉には口を噤む。
確かにアリオンも兄と稽古するのは楽しそうなのだ。そして兄に認められるような言葉を掛けられるとすごく嬉しそうにしている。
――お兄ちゃんずるい……!!
私には向けられない感情が羨ましい。私の事はとっても大切にしてくれているけれど、色んなアリオンを見たいのだ。
しかもそんな事を言われたら、アリオンが兄に頼られて張り切っている姿が思い浮かんでしまった。
――お兄ちゃんに強く言えなくなっちゃう……!
私だってアリオンの可能性を潰したいわけじゃないし、兄とアリオンが仲がいいのは嬉しい。
顔を思いっきり顰めたあと。
「……わかってるわよ」
少し負けた気分でそう口に出す。
――でも少しは怒ってやるもの!
不貞腐れながらそう小さく決意した。




