―ハーフィリズ師団長の思い出話―
俺とリックさんが話していると、来ていた騎士と話し終わったハーフィリズ師団長と総団長がこちらに来た。
「ブライト、ご苦労さん」
軽く手を上げてハーフィリズ師団長が俺にそう声を掛けてくれた。
「ハーフィリズ師団長、ありがとうございます」
お礼を言うと、総団長も俺の所に来てふっと笑う。
「ブライトが全員治癒してくれて助かった」
「い、いえ……」
総団長にお礼を言われると、つい顔が緩みそうになってしまう。見習い騎士である俺はあまり話す機会もない上に、話す内容も褒めてくれている感じなのでどうしても嬉しくなってしまう。
――なんたって騎士団の全ての団員の上に立つ総団長だからな……!!
騎士団の総団長は強さが重視される。上に立つ者としての資質も必要なのだろうが、それでも師団長全員が平伏するのは当たり前だと思える程の存在感。それは誤魔化しようがなく、騎士団の中で一番強いのだということを体現している。そんな総団長にはどうしたって憧れてしまう。
その上で見習い騎士で平民の俺にもとても優しく接してくれて、しかもウィースデン公爵家の嫡男なのだ。いずれ総団長が継ぐという事を考えれば、ウィースデン公爵家はこの先安泰だろうと思ってしまう。
「総団長、ハーフィリズ師団長。来ていただいてありがとうございました」
俺の隣に居たリックさんが総団長とハーフィリズ師団長にそう言って頭を下げる。
そんなリックさんに総団長とハーフィリズ師団長は目を向けた。
「ガールド、お前がシュタフェールの所業を早めに止めてくれたのは助かった。だが先に報告はしてくれ」
「……はい、申し訳ありません」
総団長がリックさんを叱るように話し始める。優しい言い方をしているが、その声には二度とするなという圧が込められている。
その様子に少し身を竦ませていると、総団長の隣に居たハーフィリズ師団長が少しその場所を離れて俺を手招きした。
不思議に思いながらハーフィリズ師団長の傍まで行く。
「ハーフィリズ師団長、なにかありましたか?」
そう聞くとハーフィリズ師団長はにぃっと笑った。
「ブライト、いい事を教えてやろう。さっき思い出したことなんだがな」
「はい」
なんだろうと考えながらハーフィリズ師団長の言葉に耳を傾ける。ハーフィリズ師団長は面白そうな笑みを浮かべたままだ。
「昔、ガールドの妹が騎士団開放日に来ていただろう?」
突然のローリーの話に驚きながらも首を縦に振って頷く。
「あ、はい。よく行っていました」
「そこでブライト、お前も一緒に来ていたよな?」
確信に近い様子で指摘された事に目を瞬かせた。なぜ知っているのだろうと思いながらハーフィリズ師団長に答える。
「え……はい。いつも一緒に行っていました」
俺の答えに満足したかのようにハーフィリズ師団長は頷いて話を続ける。
「俺もな、ガールドがよく妹の話をしているから妹が騎士団開放日に来ていることは知っていたんだ。だからいつもガールドが手を振っている女の子が妹だろうと思って話を振ったことがあったんだよ」
「そうですね、ガールド隊長はよく妹さんに手を振っていました」
当時の事を思い出す。
よくローリーに誘われて騎士団開放日に行っていた俺達は、いつもリックさんを探すローリーを見守っていた。でもリックさんがローリーを探す方が早くて、大抵リックさんはローリーに向けて手を振っていたのだ。だからすぐに見つかった。
――まあ一緒にいる俺達を見る目は冷えてたけど。
ローリーはそれに対して不満そうにしていた。睨まれなくなっただけ進歩だと俺達は思っていたんだが。
俺の言葉に笑ったハーフィリズ師団長は、当時を懐かしむように目を細めた。
「まあ可愛いじゃないかと言っただけで『妹をあげるつもりはないので隊長相手でも容赦なく抹殺させてもらいますよ』って脅されたんだが……」
ハーフィリズ師団長に向けて抹殺という言葉を使うなんて……と一瞬考えて、しかしローリーに対する事柄だ。それも当然かと考えて頷く。
「……それは……そう、なりますよね……」
そう返すとハーフィリズ師団長は少し呆れたような目をする。
「納得するな、ブライト。それでだな、そんなことを言ってくるのにガールドの妹の隣には同い年くらいの男の子が二人もいるじゃないか。しかもとても仲が良さそうに」
からかうようなハーフィリズ師団長の話に少し恥ずかしくなって首を掻きそうになり……意識して止める。ローリーの話につい気が抜けてしまいそうになるが上官の前だ。背筋を伸ばすのを意識する。
「それは……ガールド隊長の妹さんとは昔から仲良くさせてもらっているので……」
目を少し泳がせながら答えると、ハーフィリズ師団長は笑みを深めた。
「そう、それは妹が怒るから仲いいのは渋々許してるって言ってたんだよ。でもな、一人は明らかにガールドの妹を好きそうな目で見つめてるじゃないか!」
「ごほっ!!」
嬉々とした声でそう言われて上官だからとか考えていた事が何もかも吹っ飛んで咳き込んだ。
そんな俺を笑いながら背中をポンポンと叩いてくるハーフィリズ師団長に仰天した目を向ける。
「橙色に近い茶髪の男の子がとても愛しそうな目でガールドの妹を見つめていたから、あれはいいのかって聞いたんだよ、ブライト」
ハーフィリズ師団長の言葉に目を見開いた。そしてその意味を理解してバレていた恥ずかしさに顔に熱が集まる。
――嘘だろ!?なんでハーフィリズ師団長わかってんだ!?
リックさんとメーベル医務官の事は全く気づいていなかったのに、と八つ当たり気味に考えるがハーフィリズ師団長は俺の混乱する気持ちなどお構い無しに楽しそうに笑った。
「いやー、あの時の男の子がブライトなんだなぁ。告白もしたと知ってなんだか感慨深いよ」
「い、一回見ただけでわかるものですか!?」
バシバシと背中を叩かれながら言われた言葉に思わず聞き返すと、ハーフィリズ師団長は口角を上げた。
「あんな目で見てたらすぐにわかるぞ」
「――っ……!」
言葉にならない声を漏らしながら唇にぐっと力を入れる。
――そんなになのか!?俺ってそんなに分かりやすかったのか!?
一目見ただけ……しかも遠くから見ただけでわかるとか俺の気持ちはどうなっていたんだろう。……だだ漏れってことか。
――あのすげぇ鈍感なユーヴェンが気づくぐらいだからそんなもんなのか!?そんなもんなのか……!?
狼狽えている俺にハーフィリズ師団長は笑いながら話を続ける。
「それよりもだな、ガールドにいいのか?って聞いたらなんて言ったと思う?」
ハーフィリズ師団長の問いに考える。
――確か……『隊長相手でも』って言ってたな。ハーフィリズ師団長が師団長になったのは……リックさんが隊長になったのと同じ二年前だったし、副師団長の期間も含めると四年ぐらい前の話か?
四年前だと俺達は学園の三年次だ。その頃となると……だいぶローリーと俺達が仲いい事に慣れたのか、俺が騎士になると決めた時から鍛練方法を聞いていたからか、睨まれずに厳しい目で見られるぐらいになっていた。…………ローリーの友人としては多少対応してくれるようになっていたけれど……俺のローリーへの気持ちに対してはどうだろう。
――……リックさんがずっと厳しい目だったのって……俺の気持ちバレバレだったからか……?
「…………俺、殺されててもおかしくないと思いますけど……」
ハーフィリズ師団長にそう答える。よく殺されなかったと思う。
今は信用してくれているようだが、あの頃はまだ信用もされてなかっただろう。
「ふ。それがな『最低限、信用はしてます』って言ったんだよ」
ハーフィリズ師団長の言葉に目を見開く。
「それで、妹も信用してるし、守ってくれているのは確かみたいだし、妹の為に努力していることは少し評価してあげても……って続けてな」
その話に目を見開いたまま固まる。信じられなくてハーフィリズ師団長をじっと見つめてしまった。
ハーフィリズ師団長はふっと笑って続ける。
「ま、自分が言った内容に気づいた途端、今の言葉は忘れてくださいって俺に言ってきたけどな。だが、すごい顰めっ面しながらもそんな事を言っていたんだぞ?あの時点でかなりブライトの事を認めてたって事だろ!」
そう楽しそうに言ったハーフィリズ師団長の話を頭の中で繰り返す。じわじわとその話を噛み締めて、口許が緩みそうになった。
そこではっと気づく。
ハーフィリズ師団長も気づいたのか、先程までの笑いは収めている。
ハーフィリズ師団長の後ろには、怒りに満ちた空気を纏うリックさんが立っていた。
読んで頂きありがとうございます。
少し更新の期間が空いてしまいました……。
なるべく早く更新できるよう頑張ります。
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