ー宣言ー
俺は重傷者が四人程集まっている所に向かう。中央の二人からは見えないように遠回りしながらその集団に近づく。
全員俺と同期の顔見知りだ。どいつも向上心のある奴等だから、副師団長の稽古が受けられると聞いて来ていたのだろう。
近くまで来た俺に気付いた四人は、こちらを向いて戸惑ったように顔を見合わせた。そして小さな声で俺に話しかけてくる。
「アリオン?お前も副師団長の稽古受けに来たのか?やめたほうがいいぞ」
「そうだぜ。稽古っていうより一瞬で終わっちまうし……しかも怪我させられるからな。…………まあアリオンはそれでもいいのか?」
そう言って首を傾げる四人に苦笑する。
――なんか俺、訓練バカみたいに思われてんだよな……。別にそんな見境なくはねぇんだけど……。
流石に一瞬しか稽古してもらえない上に怪我を負わせられるなんて……あまり魅力を感じない。……リックさんの稽古は長えし、一応全部考えて怪我させられてるし……うん。
とりあえず俺も小声で返事をする。
「違う。俺はお前らの怪我を治しに来たんだ。患部見せろ」
そう言うと納得したように頷く。一番重傷だと思われる奴から透過魔法で怪我の具合を見ていく。
そこでカチャリと鞘を鳴らす音が聞こえて、思わず中央を見る。
シュタフェール副師団長が剣に手を掛けていた。
「……お前は、メーベルを嫌っていると思っていたが?」
苛立ちを含む眼光をリックさんに向けたシュタフェール副師団長を、リックさんは落ち着いた様子で見返す。
「それとこの状況を見逃すのとは関係がありません。それに僕は……メーベル医務官を嫌ってなんかいません」
その言葉にシュタフェール副師団長は眉を顰めた。
「なんだと?」
訝し気な声で聞き返したシュタフェール副師団長の問いに息を吞んで……ハッとする。
――しまった。早く治さねぇと……!
思わず見入ってしまったと反省して振り返ると、俺の治療を受けていた四人も中央に見入っていた。俺の治療の手が止まったことも気にしていなさそうだ。しかし気にしていないからといって治療はしておかないといけないので俺は中央を少し気にしながらも治療を再開する。
今や第二訓練場いる全員がリックさんとシュタフェール副師団長の様子に注目している。……総団長とハーフィリズ師団長はどこかに潜んでこの様子を見ているようだ。全然気配がわからない。
――流石総団長とハーフィリズ師団長……!気配消すのも完璧だな……!!
尊敬の気持ちを抱きながらも目の前の治療に集中すると、リックさんの凛とした声が静かになっていた訓練場に響いた。
「僕は嫌いかと聞かれて嫌いだと答えた覚えはないですよ。……僕にとってメーベル医務官は、とても好ましい人です」
息を吞んだのは誰だったのだろうか。俺もちらりとリックさんに目を向ける。
静かな紺碧の瞳には、確かに熱があった。
少し気になってみんなの顔を伺うと、目を瞬かせたり耳を引っ張ったりしている。今見たもの聞いたものが信じられないといった感じの顔だ。
「何……?いつもお前はメーベルに嫌味しか言っていないだろう?」
シュタフェール副師団長も眉を寄せて理解できないような顔をしている。
「メーベル医務官が僕の嫌味に小気味良く返してくれるのが嬉しくてつい言ってしまうだけです。……僕にとっては、それも愛しく感じています」
そう静かに言い返したリックさんに、少しざわざわしていた訓練場が一瞬で静かになった。
俺は治療しながら少し目を泳がせた。
――リックさんあの態度……そう言っちまうのか……。
…………意外とみんな納得しそうだと思ってしまう。いや、そう思われるってわかってるから言ってるんだろうけど……。リックさんって……すごく恐ろしいって認識があるからな……。
「は……?」
思わず漏らしたと言った感じの声がシュタフェール副師団長から聞こえる。静まり返っていた訓練場にその声はよく通った。
「僕はメーベル医務官を好いています。だから彼女に迷惑をかける行為を見逃せません。そういった私情もあり、シュタフェール副師団長には今すぐ稽古をやめていただきます」
リックさんはシュタフェール副師団長に向かってはっきりとそう告げた。
治療していた目の前の同僚達から驚いたような変な声が漏れた。にわかに訓練場がざわつきはじめる。
そしてリックさんは剣に手を掛けた。それは、武力行使も厭わないという意思表示だ。
途端、シュタフェール副師団長が顔を歪めて怒りを露わにする。
「ガールド……!貴様、シュタフェール侯爵家に歯向かうことになってもいいと言うのか!?メーベルなどの為に!」
「はい。……メーベル医務官に僕自身が嫌われていようと、愛しい人を守りたい気持ちは変わりません」
殺気を纏わせながら言ったシュタフェール副師団長に、あくまでも冷静にリックさんは答えた。その二人の気迫に空気が一気に張り詰める。
「貴様……!!いいだろう、相手をしてやる!その生意気な口を二度と叩けなくしてやろう!!」
激昂したシュタフェール副師団長が剣を抜き放とうとするのを見て息を詰めた時。
「そこまで!!」
総団長の朗々たる声が訓練場に響き渡った。
「ウィースデン総団長......?」
「......なぜここに......」
リックさんとシュタフェール副師団長はいきなり現れた総団長に驚いた声を出す。
「虫の知らせがしてな。急ぎ王城から戻ってきたのだ。それで......」
総団長はそんな二人に近づきながら剣を鞘ごと手に持つ。
そのまま地面に思い切り剣を鞘ごと突き立てた。ビリビリとした気迫が、俺達にまで伝わる。
「何をしている?」
金の瞳に鋭い銀を宿した目がリックさんとシュタフェール副師団長を射抜く。
総団長にリックさんが軽く頭を下げながら報告する。
「……シュタフェール副師団長が見習い騎士に稽古を。怪我人が多く、医務室に負担がかかっていたので進言しに参りました」
リックさんの報告にシュタフェール副師団長が不服そうに鼻を鳴らした。
「ガールドは進言というより私に敵意を向けてきたが?……少し稽古に力が入り過ぎたのは認めます。医務官の技量も考えずにしたのは失策でした」
シュタフェール副師団長も総団長に報告するが、なんとも嫌味な言い方だ。まるで対応できない医務官が悪いとでも言っているような物言いに、リックさんの眉がピクリと少し動いたのがわかった。
そんなシュタフェール副師団長に目を向けた総団長は厳しい声で言った。
「シュタフェール、今は緊急事態だ。訓練の仕方を考えろ。医務室のこともだ。上に立つ者ならば、細部にまで気を配れ」
「……は」
眉を寄せながらも軽く頭を下げて頷くシュタフェール副師団長は、流石に公爵家嫡男の総団長とやり合うつもりはないのだろう。
「キルジェント、お前もこの場に居たのだろう。怪我人が増えて来た時点で止めるべきだとは思わなかったのか?」
総団長はシュタフェール副師団長の後ろに控えていたキルジェント隊長にも厳しい声を向ける。
今まで黙っていたキルジェント隊長は暗めの緑の目を気まずそうに伏せる。
「……申し訳ありません……」
明るい金髪の頭を下げたキルジェント隊長を総団長は一瞥すると、もう一度シュタフェール副師団長に向き直った。
「もう一つ聞くぞ、シュタフェール。先程のガールドへの言葉……王宮規範を理解していての発言か?」
先程よりも低い声で問い質すのは、平民であるリックさんに貴族の権力を振りかざすような言葉をかけた事だろう。王宮規範でそういった行為は禁止されている。国王陛下の名の下に出されている規範、それを破るのは許されることではない。
「は、理解しております……。先程の発言は怒りに身を任せた発言でした。以後気をつけます」
流石にシュタフェール副師団長も少し顔を青くしながら頭を下げる。
「一臣下として王宮規範を守らないということは、国王陛下への反逆に等しい。よく覚えておけ」
「……は」
国王陛下への反逆という言葉に息を呑む。厳しい言葉だが、それぐらいの心持ちでいろということだろう。
「……今回は厳重注意に留めておく。だが次はない」
「……わかりました」
冷徹な声で告げた総団長は、キルジェント隊長にも釘を刺す。
「キルジェント、すぐ傍にいたのに止めなかったお前もだ。貴族の責務を履き違えるな」
「は、はい……」
顔を青褪めさせて項垂れるように頭を下げたキルジェント隊長を見た総団長は、次はリックさんに目を向けた。
「ガールド」
「はい」
すぐに応えるリックさんに厳しい声のまま総団長は告げる。
「愛しい者のためとはいえ、先に報告に来い」
「はい。申し訳ありませんでした」
……なんだか信じられない感じのやり取りを聞いている気がする。同僚達も不思議でいっぱいの顔をしていた。
気持ちはものすごく分かる。
ーーなんで総団長、普通に受け入れて普通に言ってんだろう……。
わかっていても少し動じてしまった俺はまだまだリックさん達には遠いなと心の中で呟いた。
読んでくださりありがとうございます。
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なるべく早めに更新できるよう頑張ります。
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