―第二訓練場―
そんな話をしているとだいぶ第二訓練場が近づいてきた。リックさんと別れた場所からも第二訓練場は遠いので、恐らくリックさんが着いてからそこまで時間は経ってないと……思いたい。やはり治療もしたし、師団長室に寄ったからその分時間は経過している。
――まあ……リックさんだし、大丈夫だとは思うけど……。
それでも相手が相手である。心配な気持ちは湧いてしまう。
逸る気持ちを抑えようとしていると、ハーフィリズ師団長が首を傾げた。
「……ん?でもなんでわざわざブライトの魔力を減らして医務室へ……?」
――あ、そこに気づかれちまった……。
……なんだかリックさんの事だから宣言してすぐに言いそうな気もするけれど、とりあえずそうしたであろう一つの理由を言っておこう。
「それは……その……今日の朝、自分が……ガールド隊長と妹さんとの……再会を邪魔してしまったので……」
誤魔化すためと事実とはいえ、言うのは少し気恥ずかしい。
――いや、リックさんには悪かったと思ってんだが......ローリーとの事を上官にわざわざ言うのはちょっと恥ずかしいんだよな......!
「ああー……あいつ、妹のこととなると容赦ないからな……」
ハーフィリズ師団長は納得したようにそう言うので苦笑する。
「しかしブライトはガールドの妹と付き合っているんじゃなかったのか?」
総団長の言葉に目を見開く。
「え!?総団長にまでその噂届いているんですか!?」
信じられなくて思わず叫んでしまう。
――ローリーと付き合ってるっていう噂が総団長にまで知られてるなんて......!
いったい誰がそんな情報を言ったのだろう。つい総団長の顔を凝視していると困ったように総団長が笑った。
「……そういった話が好きな者がいてな。私の耳に色恋沙汰の話はよく届んだ」
「え、そうなん、ですか……」
色恋沙汰の噂をよく知ってるなんて......ちょっとイメージになかった。
――にしても誰が総団長に言ってんだろ......?
「しかしブライトはよくガールドの妹と付き合うことができたな……。あいつ妹の話になると、上官の俺まで脅してくるんだぞ……」
不思議に思っていると、ハーフィリズ師団長が感心したように言うので少し呆けてしまった。
「え……。あっ、いやっ、俺は妹さんとはま、まだ付き合ってません!」
慌ててハーフィリズ師団長の言葉を否定する。この誤解そのままはよろしくない。
「まだ……」
「まだか……」
二人ともに少し強調しながら言われて少し顔が赤くなる。
「……あ……その……告白、して……考えてくれると言ってくれて……だから……今、頑張って、います……」
……なぜ俺の恋愛事の報告をしているのだろう。
――いや、なんか……言わなきゃなんねぇ気がして……!!
微笑ましい感じの空気に耐えられなかったとも言う。
「それはすごいぞ、ブライト。ガールド、昔から『妹に近づく男は滅してやる』って常々言っていたからな。それを思うとすごい進歩だ……。告白した男に真剣で稽古をつけるだけだなんて……」
感慨深そうに言うハーフィリズ師団長に恥ずかしくなってなんとなく首を掻く。
そういえばグランドン隊長もそんな風なことを言っていたと思う。……まあ俺もその気持ちは分かる。
「ほう、そうなのか。好きな者の兄に認めてもらえているのは嬉しいことだな、ブライト」
「は、はい……」
総団長に笑顔で言われてむず痒くなりながら返事をした。……なんか総団長達に色々知られてしまった気がする。
俺を笑顔で見ていた総団長にハーフィリズ師団長が声を掛ける。
「ゼクセンも少しはブライトを見習って素直に」
「そんな話をしていたらもう第二訓練場だぞ」
……総団長がハーフィリズ師団長の言葉をぶった切りながら言った。まあ確かに第二訓練場が目の前なんだけど。
――……さっきのハーフィリズ師団長の言葉は忘れとこう……。
俺が総団長のプライベートを知るのはあまり良くないと思う。聞かなかったことにしておこう。
「……そうだな」
ハーフィリズ師団長は諦めたように頷いた。
そして目の前まで来ていた第二訓練場へと足を踏み入れた。
「ガールド、何故稽古の邪魔をする?」
入った途端聞こえてきたのは苛立ったような冷徹な声だ。
その声が聞こえた方に目を向けると、訓練場の中央に艶のある明るい茶髪に緑がかった銀の目のシュタフェール副師団長がいた。その目の前には鋭くした紺碧の目でシュタフェール副師団長を見据えているリックさんがいる。
第二訓練場内は多くの人がいてざわついていた。いるのは見習い騎士がほとんどで、その視線も中央の二人に注がれている。だからまだ入口近くにいる俺達には誰も気づいていないようだ。
「なぜ、ですか?見てわかる通り騎士の怪我人が多過ぎるからです。副師団長ともあろう御方が、この緊急事態に温存すべき医療を使い倒しているのは如何なものかと」
リックさんが静かだけど通る声でシュタフェール副師団長に言い返す。
ハーフィリズ師団長が険しい顔で足を踏み出そうとしたが、それを総団長が手を出して止めた。
「!!ゼクセン、何故止める?シュタフェールとガールドの対立を止めるために俺達は来たのだろう」
総団長を睨むハーフィリズ師団長に、ごくりと息を呑む。
ハーフィリズ師団長が総団長を睨んだ瞬間張り詰めた空気に、一気に冷や汗が流れた。師団長の気は、リックさんやグランドン隊長よりも鋭い。
それを軽く受け流している総団長は面白そうに口端を上げた。
「少し待て、ハーフィリズ。……ふ、ガールドの口上をきちんとシュタフェールに聞かせてからにしよう」
総団長のその言葉に俺はリックさんに目を向ける。もしかしてシュタフェール師団長の目の前で宣言するつもりなんだろうか。
「?何を?」
ハーフィリズ師団長は怪訝な顔をして総団長を見返した。
総団長はにっとハーフィリズ師団長に向かって笑う。
「お前はもう少し観察力を身に着けろ、ライ」
さっきより砕けた口調でそう言った総団長にハーフィリズ師団長は目を瞬かせていた。
そして次に俺の方を向くと、いつも見る総団長の顔になっている。
「ブライト、君は怪我人の応急処置を頼む。怪我をしているのは12人程、怪我の程度は骨折や擦過傷、打撲が主だ。全員治せそうか?厳しいなら衛生隊に連絡を取る」
そう聞かれて一瞬目を丸くする。
――もう怪我人も把握してるなんて、流石総団長……!
驚きながらも総団長の問いにすぐ応える。
「はい、大丈夫です!その程度の怪我ならあと100人はいけます!」
骨折の程度にもよるけれど、さっきのジミー達くらいの怪我ならそこまで魔力は減らなかったし100人は軽く治せるはずだ。
――今は緊急事態だから急に駆り出された時用の魔力も100人程度なら十分残るし......!よし、返答に間違いはねぇな!
俺が胸の内で確認していると総団長が少し遠い目をした気がした。
「そうか……では頼む」
「はい!」
総団長の指示に強く頷くと、俺自身も訓練場を見回して動く。一番重傷だと思われる騎士から治療していかないといけない。
「100人……やっぱりこの魔力を減らしたガールドの稽古はやばいだろ......」
ぽそりと何かをハーフィリズ師団長が呟いた気がしたけれど、もうその場を離れていた俺には聞き取れなかった。
訓練場の中央にいるリックさんとシュタフェール副師団長には気取られないように注意する。リックさんがここで宣言するつもりなら邪魔しない方がいいだろう。
――リックさん、頑張ってください......!
心の中で激励して、俺は怪我をしている同僚のもとへと向かった。




