―頑固な人―
「あまりここに長居していると怪しまれるぞ。ブライト君の怪我も治して魔力も回復したんだし、そろそろ帰れ」
メーベル医務官の言葉にリックさんはジロッとした目を向けた。
「ユリア?僕は公表してもいいって言ったんだけど?」
ムスッとした感じでリックさんはメーベル医務官に反論する。
「それに私は同意していない。私はまだ言うつもりはないよ、リック」
苦く笑って言ったメーベル医務官にリックさんは眉を寄せた。
「それで……僕にもそうしろって?」
鋭く見たリックさんに、メーベル医務官は困ったような顔をしてから目を伏せる。
「…......…私には……まだ……お前みたいな覚悟ができていないんだ。だから……頼む、リック」
「……」
その弱々しい声にリックさんは悩むような顔をしたと思ったら、大きく溜め息を吐いた。
「はあー……!!仕方ないな、わかったよ。まだ言わない」
「ありがとう。助かるよ、リック」
不貞腐れながらメーベル医務官の提案を受け入れたリックさんに、メーベル医務官はにっこりと笑って返した。それにリックさんはピクリと眉を上げる。
――......なんかメーベル医務官......リックさんが自分に弱いのを利用してるよな、これ......。
......この二人のやり取りってやっぱり恐ろしい感じがする......。
「はあ……。ずるいんだから、ユリアは……」
リックさんもその事をもちろんわかっているんだろう。口を曲げている。
「お前の方が私にとってはずるいがな」
「僕にとってはユリアの方がずるいよ」
「ほら、ブライト君が所在なさげにしているから早く出てあげなさい」
「……」
「え!?いや、俺は……!!」
言い合いに突然俺の名前を出されて驚いて思わず声を出す。リックさんを見ると不服そうな顔のままだ。
「はは。私達の会話を聞いているだけだと気まずいだろう」
気まずく思っていたことを当てられて目を少し逸らしてしまった。
「そ、そんなことは……」
それでも否定しようと答えようとしたところでリックさんが遮るように立ち上がった。
「いいよ、アリオンくん。そろそろ行こう。ユリアは僕達の事を言う気がないみたいだし」
不貞腐れながら言ったリックさんは俺を促す。それでもこれでいいのかとリックさんとメーベル医務官の間で交互に目を動かしてしまう。
「そんなに機嫌を悪くするな。リックの気持ちは有り難く思っているよ」
苦笑しながらそう言ったメーベル医務官にリックさんはピタリと止まった。
「……ならいいけど」
口元が緩んでいるので少し機嫌はよくなったらしい。
そのことにほっとしながら俺はメーベル医務官に向き直る。
「ありがとうございました、メーベル医務官」
「今度は遠慮なく医務室に来なさい。リックはわざと怪我をさせないように」
メーベル医務官の言葉に申し訳なく思いながら頷く。ついでにリックさんに小言を言うのが流石だ。
「はいはい」
リックさんは手を振りながら軽く頷いた。そのまま扉の方へ向かっていくので慌ててリックさんに着いていく。
そして扉の前でリックさんは止まるとメーベル医務官の方を向いた。
「ユリア」
「なんだ?」
リックさんに真剣な声で呼ばれたメーベル医務官は不思議そうに返す。そんなメーベル医務官をリックさんは紺碧の目で射抜いた。
「僕は自分の気持ちは言うことにしたから」
「は......?」
リックさんの言葉にメーベル医務官は大きく目を見開いた。
「君に対する僕の気持ちは表明するってことだよ」
「!!」
「なにかあったらすぐに言って。来るから」
優しい声で言って背を向けたリックさんにメーベル医務官は慌てたように音を立てて立ち上がる。
「待てリック……!」
「じゃあね、メーベル医務官」
そう言いながらリックさんは扉を開けた。リックさんとの関係を誰かに知られたくないメーベル医務官は顔を歪めて口を噤む。
リックさんはそれにふっと笑ってから医務室を出た。俺はメーベル医務官に頭を下げてからリックさんに続いて医務室を出る。
パタンと閉まった扉の音を聞いてからリックさんを見た。
――な、なんかすっげえ宣言してから立ち去ったな、リックさん!?
けれどそれに関して聞いてもいいかは判断できない。それでも気になるのでちらちらと視線を向けた。その視線に気づいたリックさんに苦笑されてしまってちょっとバツが悪い。
リックさんは少しだけ医務室へと視線を向けたあと歩き出した。
「……頑固だよね、本当に」
暫く歩いて中庭に差し掛かったところでリックさんは口を開いた。周囲には人の気配はない。
「リックさん……」
呆れたような、少し悲しそうなリックさんの声に胸が詰まる。メーベル医務官の周囲の状況は思っていたよりかなり難しそうだ。
リックさんはギリッと歯を鳴らした。その手は強く握り込められている。
「いくらなんでも緊急事態の最中にこれはない。相手が増長してきているんだ。ユリアをもう一人にさせておけない。今までは僕と仲が良いと示してしまったら…………正直強硬手段に出られる可能性もあったから、ユリアの関係を隠す提案を大人しく受け入れていたんだよ」
「強硬手段……」
その言葉に息を呑む。それは......メーベル医務官に危険があったということだ。
そしてさっきのメーベル医務官が魔力を減らしていた状況......それはわざとなのだとリックさんは言っている。
――リックさんの話からすると副師団長だろ?なんでんな事やるんだ......?
怒りを逃がすように大きく息を吐いたリックさんが続ける。
「…………あいつはまだユリアを諦めてないんだ。孤立させようとしてるのも……そうしたらユリアが屈すると思っているから。だから……恋人がいるとわかったら……むしろユリアが危険だと思った」
「!!」
目を丸くしてしまう。確かにリックさんは振られた腹いせだと言っていたが、まさか諦めていなかったとは。
――孤立させるような嫌がらせしてメーベル医務官を屈させようとしてるとか......めちゃくちゃやべえ奴だな......!
そんな考えの奴相手ではなかなか動きづらいのも納得だ。何をしてくるかわからない。
「孤立させてるのに誰もいなくなったら自分に縋ってくると思っている奴だ。どんな考えをしているかわからないから慎重に行動していたんだよ」
「確かにそうですね……」
「でももう無理だ。黙っていられない。この緊急事態になってユリアがいる時に負傷者が多い?ふざけてる……!魔力がなくなったユリアに何をするつもりだったんだ……!!」
抑えきれない怒りをぶつけるようにリックさんは通路の柱を叩いた。拳には血管が浮き上がっている。
リックさんの怒りは当たり前だろう。
さっきキャリーから聞いた話からするとメーベル医務官もある程度強いとは思う。けれどそれは魔力がある前提の話だ。魔力が減っている時にもしも不測の事態が起こってしまったら......そう考えるとゾッとする。
リックさんにどう声をかけようかと迷っていると、はっと気づく。足音が聞こえる。
「リックさん」
「……わかってる。誰か来たね」
リックさんはそう言うとパッと手を払う。少し短く息を吐くと足音が聞こえる方を向いた。
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