―嬉しい言葉―
落ち着いたメーベル医務官を優しく見ていたリックさんは、ふと俺の方を向いて思いついたように楽しげに笑った。
「そうだ、アリオンくん。君、ハーヴィーと戦ってみる?」
「え!?」
その言葉に目を見開く。俺の様子を見ながらにっとリックさんは笑った。
「アリオンくん、ハーヴィーを熱くさせてみてよ」
「ええ!?お、俺ができます!?」
狼狽えながらリックさんに返すと、面白そうに紺碧の目を細める。
聞いているとグランドン隊長は強い騎士じゃないと熱くさせられないのではないかと思うのだが……。
「だいぶ強くなってきたし粘り強い奴がハーヴィーは好きだからね。できるかもしれないなぁって」
楽しそうに笑うリックさんにぐっと息を吞む。
それは俺がグランドン隊長を熱くさせる可能性を信じてくれているということだ。リックさんに直接強くなってきていると言われた事に口元が緩みそうになる。
「そう……ですか。……グランドン隊長が……空いてる時があれば……稽古してもらいたい、です……」
なのでリックさんにそう頼む。リックさんは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「おい、リック……。グランドン隊長の加減を間違えるは……かなり酷いんだが……?」
そこにメーベル医務官が心配そうな声で話し掛けてきた。
「え、酷い?」
……もしかしてメーベル医務官が頭を抱えていたのは、頻度ではなくてその怪我の酷さからなんだろうか。
俺の驚きの声を受けてメーベル医務官は目を伏せて話し出す。
「……以前は勢い余ったと言って相対した騎士の腕と肋骨を粉砕骨折させていたな……。された騎士が虚無の目をしていた……。我に返ると謝りたおすんだが……なにぶん被害が大きい……」
「え……」
――粉砕、骨折?でも……確かキャリーがメーベル医務官がキャリーのお兄さんで練習してたって言ってたし……。
大変なのはわかるけれど、かなり酷いと言う程なのだろうか。
「あの文字どおり粉々になった骨を一つずつ繋ぎ合わせていく治療がどれほど大変だったか……!!」
ぐっと顔を歪めるメーベル医務官に理解する。たぶん俺が想像していた粉砕骨折よりも程度がかなり酷い。
――文字どおり粉々……!?どんな力でやったんだ、それ!?
ひくっと口端が引き攣る。
「流石に見習い騎士相手にそこまで…………しないと思うけどなぁ……」
リックさんが俺から目をゆっくりと逸らしながら少し自信なさげに言う。
「目を逸らさないでください、リックさん!」
思わずリックさんに突っ込むけれど、リックさんは相変わらず目を逸らしたままだ。
……そんなに自信がない様子のリックさんは珍しい。
「まあ……グランドン隊長と戦うなら……多少は覚悟しておいた方がいいかもな……」
メーベル医務官までリックさんの言葉を肯定するのに思わず呻く。
「メーベル医務官まで……!そんなに…………我を忘れる感じなんですか……?」
おそるおそる聞くとリックさんは苦く笑った。
「ハーヴィーは何気に色んな逸話を持っているからね……。見た目、常識人面してるのに」
「ははは……。……そうだな……」
「ええ!?」
遠い目をして話す二人に思わず驚きの声が漏れる。
――あの優しげなグランドン隊長がそんな感じなのか!?しかも逸話ってどんなのが......聞きてぇような、聞きたくねぇような......。
難しい顔でそんな事を考えていると、リックさんが面白そうに笑って聞いてくる。
「そんな感じだけど、どうするアリオンくん?ハーヴィーと戦うなら頼んどくけど。今ならやめてもいいよ」
挑戦するような光を宿した紺碧の目が俺を射抜く。その目をしっかりと力を籠めた目で見返して答える。
「やります!やりたいです……!あ、熱くさせることができるのかはわかりませんが……!」
俺の言葉に嬉しそうに口角を上げるリックさんに身が引き締まる思いがする。リックさんの期待に応えたいという気持ちが強くなった。
「……なるべく熱くさせない方がいいと思うが……」
メーベル医務官が苦笑しながら言う。
メーベル医務官が心配してくれてるのはわかっているが、リックさんがグランドン隊長を熱くさせてほしいと期待してくれているのだ。その期待を裏切りたくないから熱くさせるように頑張りたい。
「ははは、流石アリオンくんだね。大丈夫。アリオンくんの仇は僕がとってあげる」
楽しそうに笑って言ったリックさんの言葉にぎょっとする。
「死ぬつもりはないですよ!?」
「はははは」
心底楽しそうに笑うリックさんに頬を掻く。こんなことを言っているけれど俺に期待してくれているからグランドン隊長に頼んでくれるんだろう。それが嬉しい。
「まあ、ほどほどにするようにな」
仕方ないように笑ったメーベル医務官は棚から瓶に入った薬を取り出した。
「ブライト君、魔力回復薬だ。飲むといい。……一応ベッドに腰掛けた方がいいかな。君の場合は……かなり大変だろうから」
「え!?」
苦い顔をしながら言われたことに目を丸くさせる。そこに笑いをおさめたリックさんが口を開く。
「魔力回復薬は一気に魔力を生成させるんだ。だから一時的に魔力器官に負担がかなりかかる。だからかわからないけど魔力回復薬を飲むと目が回るというか……天地がひっくり返るような感覚というか……初めて飲むとかなり堪える、かな。それで魔力が多いと魔力器官で生成させる魔力もかなり多くなるから……そしてその分負担も大きくなる。恐らく君の魔力量だと立っていられなくなるんじゃないかな?」
「そ、そんな感じなんですね……。知りませんでした……」
……今思えば魔力回復薬を飲んで帰ってきた同僚達は確かに疲れた顔をしていたように思う。
「そういう事だ。覚悟はして飲みなさい」
メーベル医務官の言葉に神妙に頷く。
「ただ魔力回復薬を飲む時なんて緊急時が多いから、飲んでも警戒できるようにね」
飲もうと蓋を開けようとしたところでリックさんに鋭く言われる。
「う……は、はい」
正直飲んで大丈夫なのか不安しかなかったけれど、この魔力回復薬を飲むことも稽古の一貫らしい。メーベル医務官にはベッドに腰掛けた方がいいと言われたが、これは緊急時の訓練だ。立ったまま飲む方がいいだろう。
俺が椅子から立ち上がると、メーベル医務官が深い溜め息を吐く。
「初めて飲むブライト君相手にお前は何を言っているんだ……。しかもブライト君の魔力量だと相当きついぞ……」
「でもアリオンくんが魔力切らすことなんてないから。今日だって魔力減らすの結構大変だったんだよ?」
リックさんは少し眉を寄せて疲れたように言う。
......意外と俺の魔力を減らすのは大変だったらしい。終始とてもいい笑顔だったような気がするけれど。
「はあー……。全くお前は……。確かに見習い騎士の内になるべく魔力回復薬を経験させる事が推奨されているが、かなり力技で魔力を切れさせたな……」
再び深く溜め息を吐いたメーベル医務官がそう突っ込むとリックさんが口を尖らせる。
「アリオンくんの魔力量だとこのまま普通に訓練続けて魔力切れる訳ないじゃないか」
その言葉に俺はぽりぽりと頬を掻く。
確かに今の今まで魔力が切れるなんて想像もしてなかった。どれだけ長時間訓練していても切れるような兆しすら現れていなかったのだ。
――リックさんが力技で俺の魔力切れさせるのも当然か……。
魔力回復薬を見習いの内にということなら…………まあ、ギリギリまで削らなくてもよかった気はするけれど……。
「それは……一理あるか……」
メーベル医務官もリックさんの言葉に同意していた。
「えっと……あ、ありがとう、ございます……?」
俺のことを考えて魔力を減らしてくれたからとお礼を言ってみるが少し疑問系になってしまった。......本当に死ぬかと思ったし。
「礼は言わなくていいと思うよ、ブライト君。リックの場合八つ当たりも本当だから」
メーベル医務官にそう言われて苦笑した。
......まあリックさんは八つ当たりだとしてもきちんと稽古をつけながらしてくれるのでとても助かる。かなりきついけれど。
「それは当たり前。ローリーを任せるんだよ?僕の八つ当たりぐらい許容してもらわないとね」
リックさんは腕を組みながらそう言った。その言葉にピクッと反応してしまう。
――それって......お、俺にローリーを任せてくれるってこと......!
いや、応援してくれているのはわかっていたが、こう......はっきり『任せる』と言われると......胸にどうしようもない嬉しさが湧き上がってくる。
そんなリックさんにメーベル医務官は笑みを溢す。
「ははは、そうか。……認めているんだな、ブライト君を」
リックさんはメーベル医務官の言葉に少し眉を寄せて目を逸らした。
「……ふん。アリオンくん、早く飲んだら」
「あ、はい!」
少し素っ気ない感じで言われた言葉に勢いよく頷いて魔力回復薬に視線を戻した。
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