―重荷―
リックさんとメーベル医務官の冷えたやり取りを黙って聞いているとノックが聞こえた。
それと同時に二人の会話が止まる。
「お待たせ、ユリアさん!」
開けたと同時にそう言ったキャリーは、籠にいくつか入った薬をすぐにメーベル医務官に渡した。
「ああ、ありがとう、スカーレットちゃん。助かったよ」
メーベル医務官はお礼を言いながら薬を受け取り、後ろの棚へと整理して入れていく。
そんなメーベル医務官に、キャリーは眉を下げて声を掛けた。
「……ユリアさん、大丈夫?魔力減ってるのよね?……あの……私、魔力変換魔法使えないけど……教えてもらえればできると思うの。もう自主訓練は終わりにするから、これから魔力それ程使わないだろうし……魔力渡そうか?」
心配そうなキャリーにメーベル医務官は視線を落とした。
「……ごめんね、スカーレットちゃん。心配させてしまって……。……暫くしたらもう一人の当直が戻ってくるから大丈夫だよ」
「そう……?」
申し訳なさそうに言ったメーベル医務官の言葉を聞いても、キャリーは心配そうなままだ。
そんなキャリーにメーベル医務官は優しく笑った。
「ああ。心配しないで」
「……わかったわ。無理しないでね、ユリアさん」
まだ眉を下げたままだが、そう頷くキャリーにメーベル医務官はにっこりと笑った。
「ありがとう、スカーレットちゃん」
その二人の会話を見ていたリックさんが小さく息を吐いたのが聞こえた。
「…………キャリー、フューリー、ケープ。ブライトを運んでくれて助かった。あとは僕に任せて先に休め」
キャリー達の方を向いて指示を出したリックさんに、三人共背筋を伸ばした。
「はい、わかりました。お疲れ様です!」
「「はい……わかりました、お疲れ様です……」」
キャリーはビシッと返事をしたが、カインとシオンは不安そうな顔で俺を見た。この雰囲気の中に残していく事を心配してくれているのだろう。
それに苦く笑いながら返す。
――……本当はリックさんとメーベル医務官仲が良いから……別に大丈夫なんだけど……たぶん。……喧嘩はしてないはずだ、うん……。
「スカーレットちゃん、君は無理してない?」
退出する前にメーベル医務官はキャリーにそう声を掛けた。随分と心配そうだ。
キャリーは少し照れくさそうに笑う。
「うん、大丈夫」
「何かあったら来るんだよ」
「わかったわ。ありがとう、ユリアさん」
「ああ、いいよ。またね」
「うん、また」
そうやって話す二人は姉妹のようだ。
キャリーはメーベル医務官に手を振りながら終始にこやかに医務室を出て行った。
「「失礼しました……」」
……男二人はキャリーとは違って青い顔のまま退出していった。なんとも対照的な態度である。
そうして三人が医務室を出て、医務室前から十分離れたと思われる時間が過ぎるとリックさんが動いた。
「ユリア」
その声はさっきの言い合いの時とは違って心配そうな声だ。
「……なんだ」
名を呼んだリックさんを憮然とした表情で見返すメーベル医務官。
「僕が魔力を渡すから、魔力回復薬は飲まなくていい」
「…………」
リックさんの心配そうな顔を見たメーベル医務官は、バツが悪そうに目を逸らした。
「スカーレットさんをあれ以上心配させるつもりか?ユリアだってあの言葉に刺さるものがあったから、すぐに魔力回復薬を飲まなかったんだろう?」
更に言葉を重ねたリックさんがメーベル医務官の手を掴むと、メーベル医務官は観念したように息を吐いた。
「……はあ……わかっているよ……」
そうして差し出したメーベル医務官の手を、リックさんが優しく握った。
初めて見る二人の様子に驚きながらも納得する。この間の話だけでもリックさんがメーベル医務官を大切にしている気持ちが伝わってきた。こうやって見ると、お似合いの二人だと思う。
リックさんは魔力変換術式を描きながらメーベル医務官に問いかけた。
「で?『暫くしたら』戻るもう一人の当直は……具体的にはいつ戻るんだ?」
「……」
リックさんの問いに少し目を伏せるメーベル医務官。
……もしかして、さっき言った『暫くしたら』は……もうすぐ戻ってくるという意味ではなかったのだろうか。
目を伏せたメーベル医務官を呆れた表情で見るリックさんは話しながら魔力変換術式を発動させた。
ほわっとした魔法発動の光が二人が繋いだ手の周りに浮かぶ。
「わかりやすいんだ、ユリアは。どうせあと1、2時間は戻らないんだろう?」
その言葉に眉を寄せるメーベル医務官はまた大きな溜め息を吐いた。
「はあ……あと1時間したら戻ってくる……。だが、最低限休んだだけだ。無理はさせられない」
1時間はかなり長いと思う。メーベル医務官が魔力が減っている状態であるのならば尚更。
――そんで言い方からしてもう一人の当直も魔力減ってんのか……。
確かにこれはリックさんが文句を言いたくなる気持ちもわかる。当直二人の魔力をそこまで減らすなど怪我人が多過ぎだ。
リックさんはメーベル医務官の言葉に眉を顰めて溜め息を吐いた。
「それで自分が無理をするつもりだったんだろう?で?魔力回復薬はどれくらい飲んだんだ?」
「……規定量以上は飲んでいない」
「今、規定量以上飲むつもりだったのか」
メーベル医務官の答えにすかさず突っ込んでいくリックさんは、メーベル医務官の誤魔化しながらも嘘を言わないような言い方に慣れているんだろう。
メーベル医務官は不機嫌そうに眉を寄せた。
「……新たな患者がきたんだから仕方ないだろう」
「僕が渡した魔力で治してくれたらいい。アリオンくんを治した後、使った分の魔力をまた渡すから」
自分の話が出たので思わず口を出す。
「あ、俺は……別に自然回復してから自分で」
「それは駄目だよ。僕が怪我させたし、きちんとした医師であるユリアに治してもらいなさい」
「……はい」
俺の言葉を途中で遮ったリックさんに大人しく頷く。
別に足が折れたぐらいだったので大丈夫だと思ってしまったのは駄目らしい。メーベル医務官の魔力の事もあるしそうした方がいいかと思ったけれど、意外と厳しい声で止められた事に少し驚いてしまった。
――一応……心配、してくれてんのかな……。
リックさんに怪我させられたとはいえ、なんだかむず痒い気分になる。
「心配し過ぎだ、リック。もう魔力を渡してくれるんだから、治した後まで渡さなくても私は大丈夫だ」
メーベル医務官の苦笑しながらの言葉に、リックさんは苦い声を出した。
「……僕が来なくて次に負傷者が来たら魔力回復薬を飲むつもりだったんだろう?それにスカーレットさんに言われなければ素直に僕の魔力も受け取るつもりもなかった」
「それは……」
言い淀んだメーベル医務官にリックさんは鋭い目を向けた。
「それは?」
「…………お前がここに来た後に私の魔力が回復していたらおかしいだろう……。しかも魔力回復薬が減っていない事に気づかれる恐れも」
「誰に?」
鋭いリックさんの声がメーベル医務官の話を遮る。
「今医務室にいる人達は全員信頼できる人達じゃなかったのか?」
その言葉にメーベル医務官は噛み付くように叫んだ。
「それはそうに決まっている!今のボールディン医務室長が以前の医務室を省みながらしっかり選んだ人物ばかりだ!」
「ならなんでだ?」
叫んだメーベル医務官に対しても冷静に切り返すリックさんに、メーベル医務官が怯んだのがわかった。
「……お前の魔力が減っている事を誰かに気づかれたら……」
「僕が気づかせる訳ないだろう」
その言葉に沈黙が落ちる。
……どうやら以前メーベル医務官が言っていた、仲が悪いのを隠しているのは形だけ、といった発言は違うようだ。
メーベル医務官はリックさんとの仲を今も必死に隠そうとしている。思えば今日医務室に来た時も……以前来た時も、突っかかるように話し掛け始めるのはメーベル医務官の方だったように思う。
「……しかし……」
「ユリア、僕は大丈夫だ。だから僕を遠ざけないでくれ」
リックさんのメーベル医務官を見る青い目は、心配そうな色を含んでいた。
「…………」
そんなリックさんにメーベル医務官は戸惑うように目を逸らして伏せる。
「ユリア、もっと僕を頼ってくれていいんだ」
リックさんはメーベル医務官と繋いでいた手に、もう片方の手を重ねて言う。その声音はとても柔らかい。
……もしかしたらリックさんはメーベル医務官の意思を尊重しているだけで、本当は周囲に言ってもいいと考えているのかもしれない。
それはきっと、メーベル医務官の為で……メーベル医務官が『噓』という重荷を下ろすのなら、リックさんにとってそれより優先する事などないのだろう。
メーベル医務官の、ぐっと嚙み締めたような唇が見えた。
読んで頂きありがとうございます。
更新が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
年始が明けたところでまた体調を崩しまして......やっと体調が戻ってきたので今日から更新を再開したいと思います。
これからは毎週木曜日に更新できるように頑張りたいと思います。
もし他の日にも更新ができればしていきたいとは思っていますが、最近体調をよく崩すので無理せずにまずは一週間に一度の更新頻度を保っていきたいと思います。
これからも読んで頂けるととても嬉しいです。
よろしくお願いします。




