―理解できないやり取り―
「とりあえず座れるかな、ブライト君」
メーベル医務官が椅子を差し出しながら聞いてくれたので、シオンとカインに助けてもらいながら椅子に座る。
そんな俺を疑問が残る顔でメーベル医務官が見ているので、申し訳なくなりながら医務室に来た理由を言う。
「すみません、治癒魔法をできるだけの魔力が……なくなって、しまって……」
そう言うと、メーベル医務官は更に眉を寄せた。
「魔力が……なくなる……。けれど魔力欠乏症の症状は……ないね」
そう小さく呟いたメーベル医務官は青緑色の目をすっと細めてリックさんを見る。
それにリックさんは『いつものように』朗らかに笑った。
「少し加減を間違ってね」
……リックさんは絶対加減を間違ってなんていない。現に俺が魔力がなくなったと言っても魔力欠乏症の症状は一切出ていない。
――これ、ぜってぇ調整された……。
魔力欠乏症にならず、しかし骨折を治療できないぐらいに魔力を減らされるとかどんな技量と計算をしているのかわからなくてもう純粋に怖い。
恐らくリックさんの事をよくわかっていそうだったメーベル医務官もわかっていると思うんだが……。
メーベル医務官をちらりと見ると、黙ったまま目を伏せた。
――……あれ、なんか今日は……前みたいに言い合い始まらねぇな……。
リックさんがこの前のは怒られていたと言っていたし、いつもあんな感じの言い合いを見せている訳ではないのだろうか。
そんなメーベル医務官にキャリーが声を掛けた。
「ユリアさん、今日当直なのね」
「ああ、今日はそうなんだ。スカーレットちゃんは怪我はない?」
キャリーの声掛けに優しく笑って返すメーベル医務官は……なんだか見慣れない。
――そういえば……メーベル医務官とキャリーは幼馴染、なのか……。
「あ、うん。私は大丈夫」
キャリーもにこりと笑って返す。気安い感じの話し方は幼い頃からの仲だからだろう。
「そうか、よかったよ。とりあえずブライト君の酷い怪我を診ないとね。ブライト君、どこが痛むか言えるかい?」
その流れで俺にも優しい笑みのまま問い掛けるメーベル医務官はなんだか見慣れなくて少し居心地が悪くなった。
「左足の脛骨が折れてます……」
「そうか、わかった」
頷いたメーベル医務官は、すぐ後ろの棚を開けて中を確認している。色んな薬が中に入っているようだ。
そして一つ息を吐くと、キャリーに向かって申し訳なさそうに笑った。
「……スカーレットちゃん、申し訳ないんだけれど薬師局から魔力回復薬をもらってきてもらえるかい?……少し在庫が心許なくて」
その言葉に目を瞬かせる。
――魔力回復薬?もしかしてメーベル医務官、魔力かなり減ってんのか?
そう俺が思ったと同時に気づく。
――な、なんか背中の方から恐ろしく冷たい気配がする……!
これはリックさんだろう。たぶんメーベル医務官に怒っているのではないだろうけど……かなり大切に思っていそうだったし……まぁ、魔力が減っていると聞いて心配しているんだろう。……それなのになぜか怒りを含んでいる気がするけれど……。
――お、抑えてる感じはするけど……気づくと怖え……!
「あ、うん!すぐ持ってくるわ!」
そんな気配は感じなかったのだろうキャリーは勢いよく頷く。
「ごめんね。これと……これを薬師局に持って行ってもらえるかい?そうしたらもらえるから」
メーベル医務官は引き出しから出した書類にさらさらとサインをしてキャリーに渡す。
「はい!」
キャリーは受け取った書類を持って医務室を出ていった。
そういえば今の作戦期間中、当直は二人のはずなのにメーベル医務官しかいない。休憩中なのだろうか。
「ブライト君、ちょっと患部を診せてもらえるかい?」
「はい」
そういったメーベル医務官が俺の足の様子を診る。
「痛いのはここかい?」
「はい」
「……うん、酷い折れ方はしていなさそうだね」
透過魔法も今展開していない。やはりメーベル医務官は魔力が減っているようだ。
――通常は触診して、確認で透過魔法、だもんな……。
触診だけでもある程度わかるのだろうが、他の部分にも何か影響がないかを診る為に透過魔法を使う。
以前のメーベル医務官もそうしていたはずだ。
「悪いね。今……少し魔力が減っているんだ。緊急性のある患者が来る可能性もあるから、魔力回復薬が届くまで治療は待って欲しい」
メーベル医務官は少し眉を下げながら俺にそう頼んでくる。
「はい、大丈夫です」
それにこくりと頷く。別に足が折れているだけなので問題ない。
「ありがとう」
俺の返事に頷いたメーベル医務官は、俺の背後へと鋭い視線を向けた。
「さて、ガールド隊長……貴方は馬鹿なのかな?」
――え!?あの言い合いが始まった!?
さっきまで一切そんな素振りなかったのに……と考えて思い当たる。
――あっ!さっきまでキャリーが居たからか!
メーベル医務官の幼馴染でリックさんにとっては溺愛している妹の友人のキャリー。二人が矛を収めていても不思議はない人物だ。
――あれ、俺やシオンは……?あと一応カインもローリーやメーベルさんと知り合ったのに……?
いや、そういえば今日の事だからメーベル医務官は知らないはずだ。……俺はたぶん二人の事を知っているから別枠なんだろう……。うん……。
そしてメーベル医務官はキャリーには知られたくないみたいだった。リックさんもその意を汲んだから言い合いを始めなかったのだろう。リックさんは嫌いだからと言っても相手の意思を無視したりはしない。……実際は仲がいいんだけど……。混乱するな、これ……。
あとキャリーに仲が悪いとか言っちゃ駄目なのは覚えておこう……。
「……なんだって?」
ちらっと振り返ると、リックさんはピクリと眉を動かしながら首を傾げた。さっき抑えていた冷たく恐ろしい気配を惜しげもなく出す。
シオンとカインがビクリと震えた。
「ブライトくんが治せなくなるまでなんてどんな無茶な訓練をしているんだい?それほど貴方は加減も教えるのもできない馬鹿だったのか?」
メーベル医務官は冷たく思える青緑の目でそんなリックさんに怯む事なく言い切った。
――お、思えばメーベル医務官ってすげぇな……!なんでこの圧受けてそんなに言い返せるんだ……!?
本当は仲が良いからなのだろうか。……いや、俺は何度この圧を感じても慣れないんだが……。
「はは……メーベル医務官に僕の稽古方針について言われる筋合いはないなあ」
乾いた笑みを零しながら返すリックさんに、メーベル医務官は口の端を上げて答えた。
「へえ?今現在私に迷惑をかけている身の上でよく言えるね?」
「君なら問題なく治せるはずだろう?メーベル医務官は一等王宮医務官じゃないか」
「ははは、それは治せるに決まっている。だがガールド隊長、貴方からくる患者は多いと医務室内で話題になっているよ?」
「君は医務室臨時だろう?臨時である君から文句を言われたくはない」
「臨時だって今医務室にいるんだ。文句を言いたくもなる」
――……え、本気で喧嘩してね?これ?大丈夫なのか、これ?
少し心配になりながら二人の様子を見る。……互いに嫌い合っているようにしか見えない。
――いや、わかっちゃ駄目なんだろうけど!見てバレるようじゃ駄目なんだろうけど!
けれど知っているだけに喧嘩をしているんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
冷たく見える目でメーベル医務官を見返すリックさんに、背筋が凍りそうになる。
「臨時でいるはずなのに、なぜ今一人なんだい?」
「もう一人は今休んでいる。私で文句があるのかもしれないが、貴方の相手を部下に任せなくてよかったよ」
「へえ……」
リックさんが口の端を上げたのはもしかして喜んでいるんだろうか。どう聞いても互いにやすりをかけ合ってるような嫌味の応酬にしか思えないけど違うらしいし……。
この笑みも嗜虐心からだと普通は思うだろう。正直知ってても思う。
――リックさんとメーベル医務官の会話は……暗号だな、ほんとに……!
理解しようと考える事自体が無謀なのかもしれないと、そんな事を思った。
読んでくださりありがとうございます。
今回は早めに更新できました。
明日も更新できそうなので、お知らせしておきます。
この調子で毎日更新に戻せるようになったらと思っています。
これからもよろしくお願いします。
 




