―思い知った慢心―
「……ユーヴェンくんにも言ってたんだ?」
リックさんはタンタンと地面に足をつけて鳴らしながらそう聞く。
――これはユーヴェンも怒られるやつだな……。
……まあ、あいつにはもっとリックさんに言えない事があるからこれぐらいはいいだろう。リックさんにローリーを弟みたいに見てたなんて言ったらとんでもない制裁が待っていそうである。
「は、はい……。ユーヴェンは……基本ゲテモノを頼むので……ローリーがユーヴェンに頼むのは……少なめでしたが……」
「へえー……。他には……ある?」
また一段と低くなった声に、シオンは一瞬目を泳がせた後小さく答えた。
「…………きょ、今日もしてました……」
「今日も……」
リックさんがピクリと反応して俺を胡乱な目で眺める。
「ローリーが眠たかったからか、ブラックコーヒーを入れてきていまして……。それで、ローリーがブラックが苦手だって知ってたアリオンが飲んでました……!」
シオンの続けた言葉に、リックさんはカチャリと剣に手を掛けた。
――……あれ、真剣じゃね?模擬剣じゃねぇよな、あれ……。…………俺……死んだかな……。
いつも稽古で使う模擬剣とは違う剣で、しかも巡回している時に差している剣だ。
なんだか少し諦めがつきはじめた。
長年リックさんに黙ってやっていた事だ。死ぬような目にあうのも当然な気がしてきた。
俺は諦めた心地で目を瞑った。
「よし、わかった。スカーレットさん、カインくん、アリオンくんを離していいよ」
「「はい……」」
パンッと手を叩いたリックさんの言葉にキャリーとカインは大人しく頷いて俺を離す。
俺は囚人の気分になりながらリックさんの前に進み出る。
「シオンくんも教えてくれてありがとう。助かったよ」
「は、はい……」
朗らかにお礼を言うリックさんに申し訳なさそうに返すシオン。俺に向ける目は罪悪感に染まっていた。
そんなシオンに首を振る。元は俺がしていた事だ。
ローリーの兄のリックさんに報告されても文句は言えない。
シオンは今生の別れのようにぐしゃっと顔を歪ませた。
……流石に……死にはしないと、思う……。たぶん。
「さて……じゃあ君達は三人で模擬戦をしておきなさい。あとで軽く模擬戦を見てあげるよ」
「「「!!あ、ありがとうございます!」」」
厳しい訓練は嫌なのだろうが……まあリックさんの訓練は基本ぶっ続けだから仕方ないような気がする……隊長であるリックさんに模擬戦を見てもらえるのは嬉しいだろう。
そうして三人は俺を気の毒そうに見ながら少し離れた場所へと移動していった。
俺は覚悟を決めてリックさんを見る。
リックさんはすらっと剣を抜く。……やはり真剣である。
――……ああ……俺、何されるんだろ……。
なんとなく脳裏にローリーを思い描く。
――今日は可愛いローリーを見れて幸せだったなぁ……。
走馬灯のようにローリーとの思い出を思い出していると、リックさんが剣を構えた。
「さあ……アリオンくん、君にはちょっと僕の八つ当たりに付き合ってもらうよ」
想像とは違うリックさんの言葉に、驚きから目を丸くする。
「え……や、八つ当たり……ですか?」
――制裁じゃなくて……か……?
てっきりリックさんに色々誤魔化していた制裁をされるものだと思っていたのに、何故八つ当たりになるのだろう。
リックさんは剣を俺に向けながら、低い声で言う。
「そう。僕だってわかってるんだよ?アリオンくんがしっかりローリーを守ってくれてたから僕みたいに見てて甘えてたんだろうなってことぐらい……。それで君はローリーに特別甘いからローリーに言われたら強く拒絶できないことも、ね……」
「……す、すみません……」
肩を縮こませながら謝る。
確かにリックさんに言われた通り、俺はローリーに甘過ぎるらしい。
――ローリーも過保護に甘やかす俺をリックさんと重ねてたんだろうな……。
リックさんの紺碧の瞳に、なぜだか少し寂し気な色がのった気がした。
「謝らなくてもいいんだ。ただねえ……ちょっと実際見ると……堪らない気持ちになったんだよねぇ……」
「?実際見る、ですか……?」
リックさんの言葉の意味がわからなくて首を傾げる。
――何を実際に見て……?告白した後の様子はリックさん見てるし……そこからそんなに変わってねぇと思ってたんだが……。
もしかしてデートを経たから少し変わったのだろうか。
――……まあ……確かに今日のローリーはすっげぇ可愛かったけど……。
やはり俺の気のせいではなく、ローリーの態度がリックさんから見ても変わっていたのだろうか。
――くうっ……!ほんっとにローリーはかっわいいな……!!
だから……実際見るという話なのだと思う。……たぶん。それに加えてバレてしまった俺の所業の制裁も含む……八つ当たり……?
そうやって悩みながら考えていると、リックさんはにこりと笑った。
「ああ、気にしないで。やっぱり僕が大切に大事に守ってきた妹をね……誰かに奪われるっていうのは……堪えるなぁ……って話だよ」
「…………」
その言葉にぐっと眉を寄せる。
リックさんの気持ちは痛い程わかってしまう。……まだあんまりわかりたくないんだが。
「君もわかるだろう?だから……」
すっと体勢を低くして構えるリックさんに、俺も剣を抜いて応える。そして抜いた模擬剣に強度付与の魔法をかけた。
それを見たリックさんは口端を上げて、青の目を更に鋭くする。
「僕の鬱憤晴らしに……とことんまで付き合ってもらうよ!」
「は、はい!!」
俺は返事をしながら、言うと同時に走り出したリックさんを必死に目で追った。
「や、やばいな、あれ……」
「真剣……だよな、持ってんの……」
「ガールド隊長本気じゃない……?」
「認めてる感じに見えてたのに違ったのか……?」
「やっぱり久しぶりにローリーに会ったから……アリオンにやるの勿体なくなったり……?」
「なのか?わかんねぇ……」
「…………」
リックさんの猛攻は、俺が治癒魔法を使えなくなるまで続いた。
そうして俺は初めて医務室に運ばれる事になったのだ。
***
医務室に居たのはメーベル医務官だった。
俺がシオンとカインに支えられながら現れた事が珍しいのか、訝しげに眉を寄せている。
「ブライト君が……怪我を負っている、のか……?」
その疑問は最もだ。俺は基本的に自分で治すので医務室に怪我で来たことはない。
けれど今日は俺の自慢みたいなものだった魔力量でも賄いきれなかった。
リックさんの猛攻に怪我の数は数え切れない程。それを動きが阻害されないよう、怪我の度合いを計りながら治癒魔法をかけ、リックさんの剣と魔法を捌く。それがずっとだ。しかもリックさんが真剣だったので模擬剣にずっと強度付与の魔法をしていたのも厳しかった。
それに……俺が普段から雑に魔法を描いてばかりいるからか、最後の方は得意なはずの治癒魔法ですら雑に描いてしまって余計な魔力を使ってしまった。……母に見られたら地獄の特訓を一からやり直されるぐらいに治癒魔法の術式も酷くなっていた。
――やっぱ雑な術式はよくねぇのか……!いや、よくねぇに決まってっけど……!……ローリーやみんなに言われた通りだ……。
正直自慢だった魔力量を治癒魔法を使えなくなる程減らされて、少し……いやかなり落ち込んでいる。
――ローリーの魔法教室……真面目に受けよう……。
まさか俺の魔力量で足りなくなるとは思わなかった。そう思っていた事自体が俺の慢心である。
魔法が下手なカインも魔力量が多いはずの俺の有様に何か思う所があったのか、俺を支える時に「……俺も魔法の練習頑張るから……頑張ろうぜ……」と声を掛けてきた。
シオンとキャリーはそれに神妙な顔で頷いていた。
俺が魔法の練習をすると言った時に浮かべたローリーの満足気な笑みを思い出しながら、痛む足を眺めた。
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