―不思議な反応―
地を這うようなカインの声に視線を戻すと、カインのキャリーを見る目は胡乱だ。
その目にキャリーは口を抑えて焦りだす。
「え、まさかユーウィス副師団長とか言わないわよね?それは流石に……残念だけど無理だと思うわ……。いえ、ルーリー副隊長も高嶺の花ではあるけれど……貴族の方でない分、まだ可能性が高いと……」
申し訳なさそうに言ったキャリーにカインの肩が落胆に沈んでいく。
「……カイン、ごめん。俺が悪かったよ……」
シオンがカインに心底申し訳なさそうに謝っている。
まさかこんな事になるとは思っていなかったのだろう。わかる。
「カイン……その……そんなに無理って言ったのショックだった……?ごめんなさい……」
キャリーが眉を下げて更に謝っている。
それにカインは力なく笑った。
「ちげぇよ……そんなんじゃねぇよ……。だから気にすんな、スカーレット……」
「そう……?」
「おう……」
今度は安心させるようにしっかりと笑う。
優しく言ったカインの言葉が悲しい。
――やっぱりカインって不憫だ……。
いや、元は突っ掛かっていたカインが悪いのだろうが……なんかここまで気づかれないとなるとカインへの同情の気持ちが強くなってしまう。
少し流れた沈黙を断ち切ろうと俺は立ち上がりながら言った。
「……そろそろ模擬戦でもやるかー」
「は」
「え」
俺がそう言った途端、カインとキャリーがぐるんとこちらを向いた。
シオンは何故か遠い目をしている。
「なんだよ?」
目を丸くしているカインとキャリーに首を傾げて聞く。
「あれだけやったのに……まだやんのか!?」
「走り込みで終わりじゃなかったの!?」
……なぜ驚くんだ。あんなの準備運動だろう。それに模擬戦をやらないと締まらないと思うのだが。
「カイン、キャリー……これからがアリオンの本番だぞ?」
シオンの神妙な声にカインとキャリーがシオンを見た。
「はあ!?まさかいつもあれやってから模擬戦やってんのか、こいつ!?」
「ま、まさか……これから一人一時間!?」
一人一時間は興味がそそられるが、せっかく人数がいるんだから二対二でやりたいと思っている。
「カイン、キャリー、いいか?どれだけアリオンを削れるか、なんだよ!」
シオンが真剣な顔でそんな事を言っている。
……今日は俺の訓練を教える為だったし、騎士の規定の訓練後だから少ししかやっていないのだがなんでそんなに言われているんだ。
――シオンもカインも俺が休日に一日中訓練やってる事は知ってるはずなのに、なんで大げさな反応するんだ……。
「ガールド隊長との稽古を二時間とかやってる奴相手に!?」
「い、いつ終われるのよ、それ……!」
カインとキャリーがシオンに驚きの声を上げている。
「はっ!え、この前先輩達がこいつが休日一日中訓練してるとか言ってたの……まさか休み休みとかじゃなく……本当に一日中なのか……!?」
「な、なによそれ!?一日中訓練!?」
信じられないような声で言ったカインにキャリーが顔を引き攣らせた。
それに俺は首を傾げる。
「何言ってんだ、カイン。先輩達ほぼぶっ続けって言ってたじゃねえか?聞いてなかったのか?」
「一日中やるってだけでも信じられねぇのに、ぶっ続けとか大げさに言ってるのかと思ったんだよ!パッと聞いただけで信じられるか、んなもん!」
俺は傾げていた首を逆にまた傾げる。
――そんなもんか?
それにカインが引いたような顔をした。
「ちょ、ちょっと待ってよ……。一日中……ぶっ続け……?」
キャリーが頭を抑えながらぽつりと呟く。
「比喩とか例えじゃなく……昼休憩を少し挟んだ朝から夕方まで……下手したらちょっと夜にかかる、文字通り一日中だぞ……。流石に模擬戦しか俺も付き合った事ないから詳しい内容までは知らないけどな……」
シオンが真剣な顔でカインとキャリーに説明している。
俺はその様子を不思議な気分で眺めていた。
――なんでそんな深刻そうに言ってんだ?
「うっそだろ!?」
「嘘でしょ!?」
カインとキャリーが声を揃えて絶叫している。
――……そんなに嫌なのか……。……おっ、そうだ。ローリーに言われてた制裁これにすっか。
こんなに嫌がっているなら一日中付き合わせればまぁまぁの制裁になるのではないか。
それにカインも訓練になるのであれば一石二鳥だろう。
ついでにシオンが内容を気にしていたので声を掛ける。
「シオンも今度付き合うか?」
「なんで今の流れでそうなるんだよ!?嫌だよ!」
思いっきり首を振って否定される。そんなに嫌がらなくてもいいと思うが……。
まあいい。本題をカインに振っておく。
「そうか。あ、カイン、お前は付き合えよ」
訓練場に呼び出した時に逃げられたら堪らないので先に釘を刺しておく。
「はあ!?なんで俺は聞かれる前に決定されてんだ!?」
反論してきたカインににっと笑ってやる。
「ずっとキャリーにお前から突っ掛かってたのは悪い事だろ?」
「……そ、それの……せ、制裁、か……!?」
思い当たったカインは顔を青褪めさせながら身を引いた。
「結構みんなを騒がせてたからなー」
騎士団内では有名どころか上官にまで知れ渡っていたのだ。あまり仲が悪いと同じ隊にならないように配慮されたりするのだが、キャリーとカインは休憩中は喧嘩ばかりだった癖に訓練では息が合っていてなかなか配置が難しい人物達だった。
……本人達が知っているか知らないが。
「そ、それは申し訳ないと……」
流石に身を縮こませて申し訳なさそうにするカイン。キャリーに悪い事をしていただけでなく、周りも騒がせていた事に思い至ったのだろう。
キャリーも俺の言葉に目を伏せた。周りを騒がせていた事には自覚があるようだ。
「別に強くなる為の訓練だし、そこまで重い制裁ではねぇだろ?」
「…………お、おお……」
俺が言った言葉にごくりと息を呑み込みながらカインは頷いた。
「よし。俺からの制裁はそれな」
カインの返事ににかっと笑ってやると眉を寄せられる。
「……『俺からの』?」
「はは」
つい口が滑ったと思いながら笑って誤魔化す。
その誤魔化しに俺が何も言わない事を察したのだろう。微妙な顔で口を噤んだ。
「……ブライトにありがとうって言ってもいいのかしら、これ……?」
「いいと思うけど……たぶんかなり重い制裁だぞ……」
「一日中、だものね……」
「俺は絶対に付き合いたくねぇ……」
「私も……」
キャリーとシオンがそんな会話をしている。……そんなに重い制裁だろうか。
――制裁っぽく重めな内容にしようと思ってんだけど……しなくてもいいのか……?
しかしローリーが結構怒っていたし、別にしても構わない気もする。
――まあ制裁だしな。厳しめにいくか。
俺が一人うんうんと納得しているとカインに嫌そうな顔で見られた。……楽しそうなのがバレたらしい。
キャリーがそんなカインの肩をぽんぽんと叩く。それだけでちょっと回復して嬉しそうにしているカインに少し笑ってしまう。
「カイン……頑張ってね……。ブライト、一応お礼を言っておくわ……」
キャリーの言葉にひらひらと手を振る。
「おう。俺も突っ掛かられたからな、気にすんな」
「お前、それで意外といい思いしといてんな事言うのかよ!?」
カインの突っ込みには目を逸らす。
……まあ確かにローリーが気にして『頭撫でて!』なんて普段はしないお願いをしてきたのは事実だ。
「いい思い……?」
キャリーが胡散臭いような目で見てくるので肩を竦めて答える。
「あー……カインが俺に突っ掛かってるの知ってたから……ローリーがちょっと俺の事を気にしてくれてたんだよ」
「なるほど……」
俺の話に納得したキャリーとは裏腹に、カインは恨みがましく言ってきた。
「俺に惚気まで話してきといて、お前……!!」
「惚気!聞きてえ、カイン!」
カインの言葉に反応したシオンの肩を掴んでにっこり笑ってやる。
「よし、シオンも追加だな!」
「え!?い、いや俺は」
後ずさるシオンに今度はカインが腕を掴んだ。
「シオン、アリオンの惚気を教えてやるから付き合えよ!」
カインの目はギラギラとしていてシオンを道連れにする気満々である。シオンはぶんぶんと首を振った。
「いや、俺はそれなら知りたくねえ!言ってくんなよ、カイン!!」
「逃げるんじゃねえよ、シオン!お前も道連れにしてやる!」
「絶対嫌だ!」
騒ぎながら攻防を続ける二人を見てぽつりと呟く。
「別に慣れればそんなに辛くもねぇけどなー」
最初は俺もリックさんに教えてもらった訓練内容をこなすのはきつかったが、慣れてくればだいぶ平気になってきたし体力もついたし動きもよくなったのだ。
俺のそんな言葉にキャリーが溜め息を吐いた。
「……ブライト、あんたもう少し人に教える時に加減ってものを考えなさいよ……」
キャリーの言葉に首を傾げる。
「ん?今日はだいぶ優しい内容だったろ?」
今日はキャリー達がいるからだいぶ抑えた内容にしたつもりだ。
「…………狂っているわ……」
キャリーが遠い目をして言った言葉に、そんなにだろうかと首をひねった。
読んでくださりありがとうございます。
更新がかなり遅くなってしまって申し訳ありません。
最近仕事が忙しくなってしまい、なかなか更新できませんでした。
それでも小説は書いていたので、また毎日更新は難しいかもしれませんが更新していきます。
更新する為に清書するのがなかなかできなかっただけなので、続きは書いております。
なので続きもまた清書してなるべく早めに更新できるよう頑張ります。
これからも読んで頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。