―カインの嫉妬と好み―
俺は少し悩みながらも一応伝えておく。
たぶん少しぐらいは知っていた方がいいんじゃないかと思った。
――キャリーってメーベルさんをずっと守ってたから……もしかして自分への好意には鈍いのか……?
カインへの態度を見ているとそんな予感がひしひしとする。
「あー……キャリー……たぶんその男にお前も狙われてたぞ……。だからキャリーの兄がその男を脅したってんなら、キャリーとメーベルさんの二人を守った……のかもしれねぇ……」
俺の言葉にキャリーは目を丸くした。
「ええ?そんなわけないでしょ」
軽く否定したキャリーは一切信じていない。
「俺もそうだと思う……」
「えええ?」
カインまでも同意した事に心底わからないような顔をしている。
そのキャリーを見ながらカインは苦笑した。
「信じらんねぇのもわかるけど」
「ええええ……」
キャリーは全く理解できないような声を上げて胡散臭そうな顔でカインを見ている。
「まあ……本当のとこはわかんねぇけどな……。兄貴と仲良い人とか知らねぇのかよ?仲良い奴ならどういうつもりだったか知ってるかもしれねぇぞ」
キャリーはカインの言葉を聞いて、思い出すように宙に目を彷徨わせた。
「んー、兄貴の仲良い人……?わからないわね……」
首を傾げながらキャリーはそう言う。仲が良いとは言えない兄の交友関係に興味がなかったのだろうし、家にでも来ていなければ知り合う事はないだろう。
「だよな……」
カインが諦めたように笑ったところで、キャリーは思い出したように声を上げた。
「あ、そういえばライズさんが時々兄貴と学園で話してたのは見た事あるわ……!カリナを溺愛してるライズさんがあの兄貴となんでって不思議だったけど……え……まさかそういう事なの……?」
ぐっと眉を寄せて難しい顔したキャリーの話に、カインの表情が抜け落ちた。
「……へえ……」
無感情で出された声は、それだけで面白くないというカインの心を雄弁に語っている。
さっきからカインの様子がおかしいと思っていたが、どうやら幼馴染であるライズさん達に嫉妬していたらしい。
ライズさん達の話の時は話を変えたり不機嫌になったりするなんてわかりやす過ぎる。
――まあ小せえ頃から一緒で仲のいい幼馴染が別でいるとか気が気じゃねぇのか……。
ローリーには幼馴染がいるという話は聞いたことがない。
――それにリックさんが近づくのを許したとも思えねぇし……。
もしもいたとしたって絶対に俺の方がローリーと仲がいい。
――なんてったって俺を好きになってくれるって言うんだからな、ローリー!あー……本当に好きだ!!可愛い!!
アリオン、と涼やかな声で俺の名を呼んで甘えてくるローリーは愛おしくて堪らない。
ちょいちょいと俺の服を軽く引っ張ってはにかむローリーも、俺のことを考えて怒ってくれるローリーも……全部可愛くて愛しくて大好きだ。
心の中で悶えていると、なぜかカインがジト目で見てきた。……どうも俺の浮かれようが漏れていたらしい。
仕切り直すためにこほんとひとつ咳をする。
……ちょっとカインに悪いことをしたな、と少しだけ反省した。
キャリーは眉を顰めて難しい顔をしたまま、唸るように声を出す。
「えええー……でもやっぱりそんな訳ないでしょ……。その時脅したとしても一時の気の迷いに決まってるわよ!」
「ああ……そうかもな」
気の迷いと結論づけたキャリーにカインが同意する。
――さっきまで兄貴と仲良い奴に聞いたわかるかもって言ってた癖に……ライズさんに聞かれんのは嫌なのか、こいつ……。
まあ喧嘩を止めようと思ってキャリーに口説くような言葉を掛けてしまった俺にずっと突っ掛かってきていたカインだ。嫉妬深いのは当たり前な気がする。
――家が隣同士の幼馴染で妹のメーベルさんとキャリーは一番仲がいいんだもんな……。そりゃ自然と家族ぐるみで仲良くなってるに決まってっし……。
この前だって一緒に晩御飯を食べたと言っていたし、それもよくある事なのではないか。
きっとカインもライズさん達と仲のいいキャリーを学園時代にでも見たりしたんだろう。面白くない気持ちはわかる。
「やっぱりそうよね!」
勢いよく言ったキャリーに俺もカインの気持ちを汲んで首を縦に振っておく。
たぶんライズさん達とキャリーはよく話しているとは思うが、わざわざ話題は提供したくないのだろう。
「戻ったー」
そこにちょうどシオンが戻ってきた。
カインに預けていた飲み物を受け取りながら座る。
「ね、ケープ。カインと二人で何話してたの?」
キャリーはそんなシオンに興味津々で問いかけた。
「スカーレット、なんでシオンに聞くんだ!?」
カインは少し傷ついたように叫ぶ。
キャリーはそんなカインをジト目で見る。
「なんかカインが言いそうになかったからよ」
「う……!」
そういえばカインが戻ってきた時、俺とカインの会話を不思議そうにして見ていたが何も聞きはしなかった。
あれはシオンに聞けばいいと考えていたからだったのか。
シオンはニヤッと笑った。
――あ、嫌な予感すんな……。
「カインの好みの女性について話してたぞ!」
「はあ!?お、お前何を言い出すんだ、シオン!?」
顔を赤く染めたカインに、俺は諦観の目を向けた。
……たぶんシオンはキャリーに少しでもカインを意識してもらおうとしているんだろうが……あまりうまくいく気がしない。
キャリーは目をパチパチとさせる。
「……カインの好みの女性って……小柄で可愛くて……それでいて大人の女性って感じの人よね?」
首を傾げながらも確信したように言ったキャリーに、俺もシオンも目を見開いた。
「はああ!?」
カインに至っては目を剥いて仰天した声を上げる。
そんなカインにキャリーはなぜか睨みつけて横に置いていた剣の柄に手を掛けた。
「好みだからってカリナは絶対にあげないわよ、カイン!」
――うわっ、不憫!
キャリーの言葉に思わず心の中で叫ぶ。
なんで好きな子の親友を好みだと誤解されているんだ、こいつは。
「なんでそうなる!?俺の好みそんなんじゃねぇよ!!」
耐え切れないように叫んだカインに、キャリーは剣の柄を握っていた手から力を抜いた。
「……え、違うの?」
信じられないことを聞いたようにキャリーはきょとんとしている。
キャリーはなぜかカインの好みはメーベルさんみたいな女性だと信じ込んでいたらしい。
「違う!!俺の好みは……!!」
そう叫ぶカインは真剣な顔でキャリーを見た。
「好みは?」
キャリーも首を傾げながらじっとカインを見つめ返す。
俺とシオンは顔を見合わせてから二人の様子を見た。
並んで座っている二人は今、見つめあっている。
――はっきり言うのか?キャリーみたいな感じが好みだって……!
はっきり言った方が意識してもらえるようになるのではないかと思うが……。
そう思って期待しながらカインを見る。
「…………………」
カインは口を開いて息を吸い…………そのまま閉じた。
それにキャリーは不思議そうに眉を寄せる。するとカインは視線を泳がせ始めた。
「…………あー……いやぁ……その……お、俺の好みなんて……別に……気にしなくても……いいんじゃねぇか……?」
しまいにはそんな事を言い出したのでシオンと同時に溜め息を吐いた。
――意気地なしめ……。
キャリーもカインを見ながら眉を寄せたままだ。
シオンが一度目を瞑ってふっと息をついてから笑ってカインに話し掛けた。
「好みは背が高くてかっこよくてさっぱりしてる女性だよな、カイン!」
「!!」
シオンの言葉にカインがバッと振り向く。その顔は真っ赤だ。
――おお、流石シオン……。今回ばかりはいい仕事したんじゃねぇか……?
キャリーを見ると、耳まで赤くしているカインを見て目を瞬かせている。
「……背が高くてかっこよくて……さっぱりしてる、女性……」
キャリーがシオンの言った言葉をぽつりと呟いた。
「っ……!!」
その言葉にカインは息を呑んで赤い顔を伏せた。
――これは流石にキャリーも多少気づいたか……!?
「あっ!」
「!?」
キャリーがはっと気づいたように上げた声にカインが肩を跳ねさせた。
「ルーリー副隊長!?」
確信したように言ったキャリーに、一瞬沈黙が落ちる。
「…………は?」
カインの低くて短い疑問の声がその場に響いた。
更新が遅くなってしまって申し訳ないです。
読んで頂きありがとうございます。
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