―兄の真意?―
俺のジトッとした目に気づいたカインはバツが悪そうな顔をしている。
こいつも反省はしているようだ。
「……なんだよ……」
少し不貞腐れた様子で言ってきたので、溜め息を吐いてから首を振る。
「いや、なんでもねぇ……。……そういやお前って……商会の一人息子なのに成績そこまでよくなかったのか……」
「はあ!?」
なんとなく思った事を言うと、カインは睨むように俺を見てくる。
「あー……そういえば遊び回ってばかりで困ってるってカインのお父さんが言ってたことがあるわね……」
キャリーまでそう言うと、流石にカインは肩を跳ねさせて拗ねたような顔をする。
「う、うるせぇ!俺は騎士になりたいって幼い頃から言ってたからいいんだよ!親父もお前に商会を任せるのは心配過ぎるから継ぐことは考えなくていいって言ってたし!」
カインのその言葉に眉を寄せる。
「それは諦められただけじゃねぇか……?」
「そうよね……」
俺とキャリー、二人からの糾弾にカインは一瞬ぐっと押し黙った。
「あ、頭使うのは苦手だったんだよ!」
そっぽを向きながらそんな言葉を返してくるので、俺は同じく小さい商会の一人息子だった元クラスメイトを思い浮かべた。
「俺達のクラスにも小さい商会の一人息子がいたけど、すっげぇしっかりした奴だったのに……」
そいつは物腰柔らかく成績も優秀で、将来は商会を継げるように勉学に励んでいると言っていたとてもしっかりした奴だった。
……何気にローリーと話が合っててよく話していたので俺はそわそわしていた。あの頃はローリーが心配だったからだと思っていたが……今思うとローリーと話が合っていて羨ましかったのだろう。
だってそいつはローリーと話す時は決まって俺を呼んでいたのだ。……あいつは人を見る目がある奴だったから、恐らく俺の気持ちなんてお見通しだったと思われる。
そしてローリーと俺のわからないような商会の仕入れの商品の話なんかをしながらも、その会話に俺もきちんと加えるのだ。だから多少は何もわからない、ということが減っていった。ローリーも俺にそういう話をしてもきちんと聞くとわかったからか、よくあれがどうとかを言ってくれるようになったのだ。
正直ずっと先の未来まで見据えていそうな末恐ろしい奴だった。
俺の『商会の一人息子』のイメージはそんな感じなので、カインを見るとその違いに思わず口から疑問が出てしまったのだ。
「あ、私達のクラスにもいたわよ、一人娘が。やっぱり成績よくてしっかりした子だったわ」
キャリーも同意すると、カインは耐えきれなかったように叫んだ。
「う、うっせぇ!そ、それより怒ってたのはどうしてだったんだよ?」
「話変えたな……」
「変えたわね……」
明らかに話を変えたカインにキャリーと顔を見合わせると、カインはギッと睨んできた。
「うるせぇ!さっさと教えろよ!」
カインの悪態に肩を竦めてから口を開く。
「へいへい。あー……学園時代にローリーにいらねぇ事を吹き込んだ野郎共と吹き込む原因になった最低クソ野郎の話をしててな、ついカッとなったんだよ」
「最低クソ野郎は嬲り殺したいくらいね」
キャリーの言葉に深く頷く。
「……スカーレット、それ犯罪だぞ……」
カインは口端を引き攣らせながらキャリーに忠告するけれど、俺もキャリーの言葉に賛成である。
「だってねぇ……」
「死んでもいい類の輩だよな」
「そうよね」
キャリーに振られたので俺もそう発言すると、カインは眉を寄せた。
「……そいつ何やったんだ?」
目に鋭さを宿して歯を鳴らす。
「ローリーをわざと転ばせた挙げ句、助けるふりして胸を触ろうとしたんだよ、あの最低クソ野郎……!」
ギリッと拳に力を入れる。何年も経っているが、正直最低クソ野郎に今でも会ったらボコボコにしてしまいそうだ。
カインも俺の話に不愉快そうに顔を顰めた。
「ゴミ以下の野郎じゃねぇか。お前よくその野郎殺さなかったな……」
俺の気持ちがわかるのだろう、殺さなかったのが温情に思えたようだ。
俺もあの時は頭に血が昇っていて、連れていっている間は殺す気満々だった。
それを止めたのはあとから追ってきたユーヴェンだ。
「ユーヴェンに俺が犯罪者になったらローリーを自分自身で守れなくなるぞって止められたからな」
あいつが冷静で助かった事は多々ある。
基本的に鈍感で素直過ぎる馬鹿だが、ユーヴェンは普段の態度を崩さないから、あくまで落ち着いて俺をたしなめるのだ。
「なるほど……それは止まるしかないわね……」
キャリーの言葉に息を吐く。
流石に最低クソ野郎だとしても暴力沙汰になったら俺が捕まってしまう。
「まあ今後そんな野郎がまた現れねえって言えねぇからな……」
俺がローリーの傍にいて守る事は一番の優先事項だった。
だからバレない程度に留めたのだ。
それでも。
「……ま、ローリーをユーヴェンが助けて無事だったのも大きいな。たぶん無事じゃなかったらやってた」
そんな場面を見たら場所も考えずに思いっ切り殴っていただろう。そして騒ぎになるのは必至だ。
「そうなるわよね……」
「はあー……最低な輩がいたもんだな……」
「流石にその後先生に報告して問題になって退学したがな。それまでは転んだのを助けたって言い分でのらりくらりと躱してたらしいが、俺がどういうつもりだったか聞き出してな。それが決め手になった」
ローリーには言わなかったが、暫くしてあの先輩は退学になったのだ。だから俺がローリーに言った『そんな話』を聞かなかったのは当然だ。
「まあそんな問題児そうなるわよね」
「退学になんのも当たり前だな……」
二人の頷きに深く首を縦に振る。
退学後は恐らく被害者が訴えていれば捕まっているはずだ。
「…………キャリーの兄って大丈夫だったのか?」
キャリーの話を聞いていると少し心配になって聞くと、キャリーは大きく溜め息を吐いた。
「流石に兄貴も所構わず言ってた訳じゃないのよ……。私とカリナ達だけがいる時に言っていたの……。…………それにね、兄貴……どうもカリナに近づく奴を排除してたみたいで……」
「は?そうなのか?」
その話に目を丸くすると、キャリーが微妙な顔をしながら頷いた。
まさか問題児の兄がそんな事をしていたとは思わなかったのだろう。
「ええ……。ある時カリナにほとんど話したこともないのに馴れ馴れしく話し掛ける奴がいて……いつもガードしてたんだけど、なんか私にも馴れ馴れしくて鬱陶しいぐらいにいくら言っても懲りない奴でね……」
カインがすっと目を細めた。
恐らくそれはキャリーも狙われていたのではないだろうか。メーベルさんを守る事に集中していたキャリーは気づいていなさそうだが。
「そんな奴がある時から急に話しかけなくなってね……。突然そうなったのが怪しくて何か企んでいるんじゃないかと問い質したら……何も企んでなんかいないから近づかないでくれ!お前の兄に殺される!って叫んで逃げたのよ……」
キャリーはなんとも言えない顔をしている。
「正直半信半疑で兄貴にその事を聞いたら……そんな男の話を信じるなんて滑稽だって笑われて大喧嘩になったわ……」
「スカーレット……」
カインが呆れたように名前を呼ぶと、キャリーが苦々しい顔をする。
「兄貴とはまともには話せないのよ!」
まあ喧嘩ばかりの間柄ならそうなってしまうのかもしれないと苦笑した。
「……でも……今考えてみてもあの男の反応が嘘だとは思えないのよね……。一応あの兄貴にも幼馴染を多少守ってやろうという心があったのかしら……」
納得いかなそうな顔で首を傾げるキャリーに、俺とカインは顔を見合わせた。
互いに微妙な顔をしている。
恐らく考えている事は同じだろう。
――なんか……もしかしてキャリーの兄って……色々と問題児ではあるけど……兄心は一応あったのか……?
たぶん本当にその男を脅していたように思える。
キャリーが聞いた時もうやむやにする為に大喧嘩をしたのだろう。
――……もしかしてキャリーやメーベルさんに男の事教えたりしてたのって……危険性を教える為だったりしたのか……?
いや、でも相当怒られているので言い過ぎではあったのだろうが。
そう考えるとキャリーやメーベルさん相手に逃げ回ったりしていた事も、下手をするとキャリーやメーベルさんを強くする為だったのかもしれない。
……少しキャリーから聞いただけでも信じられない憶測だが。
一昨日に更新すると言っていたのに更新が遅くなって申し訳ないです。
今日はこの一話の更新になります。
いつも読んでいただきありがとうございます。
これからも読んでもらえると嬉しいです。




